75 視察
俺のグラウザーとしての活動内容は、楽園逃走の出演、ある動画投稿者ゲスト、原作ゲームの声優、偶に握手会兼サイン会。今の所は、この4つに留まっている。
現在は楽園逃走の出演準備として、逃走場所の地図の確認と視察。やはり、実際に自分の目で確認するのが、大事だろう。
「ここが今回の逃走場所、東京ドーム3個分の広さ」
「それってどのくらい大きいの? 野球のグラウンド3個分くらいなの?」
「さあ、文字にしても数字にしても分からんからな......何故いる悟君」
「僕は有名な繁華街を回る番組の収録で来たんだ! でも、グラウザーが近くにいるのを感じて、ここまで来た」
やだ、最近のショタ怖い。
「視察?」
「ああ、まずは地図に予めマークをしておいた隠れるのに適した場所と逃走ルートの確認。それが終わったら新たな逃走ルート、隠れ場所の開拓の為に時間を使うつもりだ」
「……そこまでする?」
「……そうだな。例えば、あそこのビルだ」
「うん」
「あのビルの周りをぐるぐる走り続けて、逃げ切ってやろうか?」
「放送事故じゃん!」
「後、もう一つ」
「何?」
「ハンターをずっと目視しながら逃げる」
「うわぁ……」
悟君は思っただろう。人の心を折る所業であることに。
「視察は大事だろ?」
「大事大事、すっごい大事!」
「というか、今すっごい目立ってる。直ぐに春妃さんの元に戻れ」
俺は女装し、サングラス、マスク、ソフト帽子を被っているから顔は見えないだろうが、悟君は隠す様子もなく、いつも通りイケメンショタフェイスを曝け出している。
周りには人は集まるし、俺には嫉妬の念を送るしで大変です。
「うん、じゃあお姉さーん! 道教えてくれてありがとー!!」
「ええ、今日の収録とても楽しみにしてるわー!」
まだ、嫉妬の念を送っているあたり、俺の女装はバレていないだろう。さっさと移動するとしよう。
今回の会場は、最寄りの駅から二つ程度の距離にある。あまり遠くないこと、こんな事に皆を付き合わせるのも気が引けるという理由から、今日1日は、ボディガードを雇い私服で近くに居てもらっている。
さて、行きますか。
全ては勝利の為に。
「はい、午前の収録は終了です。これから1時間ほど休憩を挟みます」
「お母様、お母様! 僕、あそこのレストランでお昼ご飯食べたい!」
「でも、悟。あちらに高級お寿司店の防人屋がありますよ? そちらじゃなくていいのですか?」
「うん、あそこが良い!」
午前の収録が終わり、休憩に入った悟と春妃。
昼食を食べようと、何処かの店に入ろうとするが、悟が何処にでもある普通のファミリーレストランへ行こうと言った。
外出する時は、高級店ばかり寄ろうとする悟が。
春妃は何か違和感を感じながら、悟とレストランへと入る。混んでいる様子はなく、直ぐに店員が来るだろうと思った矢先、悟は店内へ入って行く。
悟を見た他の客、店員は、黄色い悲鳴を上げる、気絶する、スマホを向け写真を撮る様々な反応を見せている。
異常な行動に戸惑い動揺する春妃を他所に、悟は周りの目を気にせずドンドン入って行く。そして、ある一つの席に座る。その対面には、黒の長髪の女性。更に、紺のソフト帽子、黒いサングラスと白いマスクで見るからに怪しい。しかし、肝心の悟は嬉しそうな顔をして、メニューを開いている。
「……グラウザーさん?」
「はい。この姿での返事をお許し下さい春妃さん」
春妃は、言葉を失った。
周りもギョッとした目で、返事をした女性の様な奴を見る。目の前に、超有名な男の中身がもう1人いたのだから。
「お母様、お母様。隣、隣に座って!」
「しかし、悟もよく分かりましたね」
「うん、此処にいるって感じた!」
GPSでも内蔵しているのと一言申したくなる春妃だが、先に奴1人でいる理由を聞く。その手に、メニューを持ちながら。
「ところで、グラウザー」
「何だ?」
「常に特定されてるから、隠れ場所見つけたって意味ないんじゃない?」
「ハンター用だ。ハードの際、そんな便利アイテム使えないからな」
奴は語る。今回も逃走者としての参加だが、運営は基本的に自分の味方はしてくれないので、最終的にハンターもする羽目になるだろう。その時の準備だと。
「でっ、収穫は?」
「地図を見せながら説明しよう。まず、午前中は、隠れ場所、逃走ルートを確認した。で、隠れ場所だが、3箇所は工事中だったから、見ることができなかった。詳しく聞いたところ、前日に終わる予定らしいから、当日に確認することにした。次に逃走ルート、フェンスの高さは何処も10mを超えていた。他が落っこちたら危ないじゃ済まないから、今回フェンスの利用は無し。よって、ただ道のりを進むだけのルートに変わってしまった。新しい逃走ルートの開拓も無駄かもしれん」
「いや、普通道のりを進んで逃げるのが当たり前では?」
「いや、屋根の上とか走ったらカッコいいなと」
「ふふふ、何ですかそれ」
「笑わないで下さい、言ってて恥ずかしくなってきました。屋根の上で寝るだけに留めます」
「屋根から離れなさいな」
「おっ、おまおむおまお待ったせいたしやした!」
会話の途中に、店員さんが料理を運んできた。店員が情緒不安定なのは、3人は気にする様子はない。奴は地図をしまい料理を受け取る。
悟は、懐から大きさトランプ程の白紙のカードとサインペンを取り出し、自分のサインを書いた。
「ほら、グラウザーも」
「ん、おお。ところで店員さん、お名前は?」
「みみみみ、みっミカンですぅ!!」
「良い名前」
悟に流されるように、奴は渡された紙にサインを書く。
「どうぞ」
「ひぇぇえ!! 家宝にします!!」
店員は、一礼の後すぐに席を外した。ヒャッハー! と後ろで世紀末的叫び声が聞こえたが、やはり3人は気にしない。
「手慣れたファンサービスだな」
「えへへ、こういう風に渡された方が嬉しいって聞いたんだ! グラウザーも手慣れてるよね」
「君よりも多少長いからね」
「じゃあ、あと数十枚書こうね!」
「ううぉい」
飯を前にして、奴はサインを書き始める。書き終える頃には、暖かい食事は冷めており、奴は少し気分を落とした。
数日後、
【まさかまさかのオフのグラウザー! その姿、女性変質者そのもの!】
「キレそう」
「にーちゃのバーカ」
「え?」
「誘ってくれても良かったのに! その日空いてたのに! デートできたのにぃぃぃ!! バーカ!」
「いや、その悪かったって。な、機嫌直してくれよぉ」
「人でなし! 女たらし! 博愛主義の八方美人! 愛され上手の独りよがり!」
「ひっでぇ、言われよう」
また、皆から空いていたのになんで誘ってくれなかったの?と文句を言われ、優菜の様に軽い悪口を言われた。そして、しばらく口を聞いてもらえなかった。いつも通り家には来るのに。
今度からは聞いておこう。
俺は、そう思った。




