57 雪と男と女 前
季節は冬。
窓を開けて、外を見れば降り注ぐ雪。
大抵の子供ならそれを見た途端に大はしゃぎで外に行き遊ぶのが普通なのだろうが、俺は降っている雪よりも地面に積もった雪に視線を向けていた。
(チャリで学校に行けない)
徒歩で外に出る事を禁止されている俺にとって死活問題であった。小1の時、歩きたいという欲求を満たすために、何度か徒歩で出かける事もしばしばあったが、危険というわけで自転車に。当然といえば当然の判断。
真夏に車で送ってもらおうにも、雪が積もっているので今日は電車で出勤するらしい。
また、仮病を使う羽目になってしまう事に気分が悪くなる。
担任の先生に連絡したところ、「雪積もってるから来れないんでしょ?」と既に予想されていた。
そして、時間は9時ごろ。真夏は会社、優奈は学校で自分以外に此処は誰も居ない。優奈が帰ってくるまでの数時間、暇な時間を自宅で過ごすのだった。
〇〇〇〇
学校にいる生徒や、教師は気分が優れない。それもそのはず、今日は雪が積もっているせいで木下悠人が学校に来ないからである。
しかも、雪が止んだ後も積もっている雪が溶けなければ、彼が学校に来れない。今日だけでなく数日は彼に会えなくなるのは確定している。
ある一部の人間を除いては、耐えられないものであった。
その中でも最も彼が学校に来ないために、被害を被ったのは、
(私何しようかしら)
公式ストーカーの柳田だった。
ストーカーである彼女の趣味は、彼の行動をまとめ、新聞を書く事。
しかし、その彼が来ないので当然ストーカーも出来ないし、新聞も書けない。
する事といえば、
【ユウユウー、暇です。早く学校に来て下さい】
【俺に言われても困るぞ、ヤナギー】
休み時間に彼と個人でL〇NEしているくらいだった。
【早く来てくれないと私変になっちゃうよ】
【元々だろ】
【異常な貴方に言われたくない】
【あっ?】
【おっ?】
自分相手だと彼はそれなりに口が悪くなる。いくら彼から許可を得たとしても、意図的に彼の気に触るように書いているのだ。それを何度もそうしているうちに、彼はこの様な対応をするようになった。
因みに、マリアもこの対応をされたいと思い、彼をからかうも真に受けてしまい逆に彼の心を抉ってしまう事件が発生した。
【今日、遊びに行っていい?】
【大丈夫だ。それに皆連れてくるんだろ?】
【うん】
(それにしても即答されるなんて)
既読ついた数秒でOKの返信がされる。
それを見てしまうと、本当に自分は異性として認識されているのだろうかと、疑問に思ってしまう。しかし、下手に意識されて一緒にいる時間を減らしたくないし、家に遊びに行けるので、結果オーライと気楽に考える彼女であった。
所変わって、鮫島明日香は、
【今日の味噌汁に、なめこ、豆腐、わかめを入れようと思うんだがどう思う?】
【いいと思う。それに私は全部好きよ】
【そう? なら今日はそれに決定だな】
夕飯の相談をされていた。
夕飯を共にする事に最初は緊張をしていた彼女であるが、その回数が3桁に到達するくらいになった今では、毎日の癒しとなっていた。
何気に1番美味しいポジションにいる彼女。学校のクラスメイト達と違って、確実に彼と過ごせる且つ手料理を食べることが可能。
彼女にいじめが発生する場合、決定的理由の1つになるだろう。
閑話休題
だからといって、彼女が内心デレデレなことは彼は知ることはない。なので、彼も鮫島明日香とはいつも静かでクールな人というイメージで固まっている。
女子会では、木村里奈と同じくらいのテンションで彼のことを話すというのに。
なにせ、彼女が毎日夕飯をお世話になる事に迷惑ではないかと聞いたところ、
『いや、別に迷惑じゃない。食卓は人が多い方がいいしな。それに、俺にはもう家族みた……とりあえず、迷惑じゃないから毎日来てくれ!』
もう家族みたいなもの、とボロを出しかけた。彼女がそれに気づかない程難聴ではない。だが、彼女はそれを聞いた後でも、
『そう、ありがとう』
と真顔で返せるくらいなのだから、もう折り紙つきである。
食卓を囲むようになってからは彼女は学校で彼と話すことをしない。下手に会話をして、周りにそのことを知られることを避けている。
(早く夕飯の時間にならないかな〜♪)
周りの空気が目に見えて暗くなっている中、独りでに上機嫌になっている彼女を周りのクラスメイトは不審がった。
〇〇〇〇
(んん〜、今日は何をして悠人君を潰そうかなぁ〜)
物騒な事を考えている木村里奈。だが、今日の対戦ゲームを何にするかで悩んでいるので何ら問題はない。
最近ではゲームの大会まで参加するようになり、優勝しては彼に自慢するようになった。
そんな彼女に、ただのエンジョイ勢の彼が勝つことなどは不可能。数年前からずっと彼女は彼に黒星だけを付けてきたのである。
単に彼が負けた時の反応が普通に面白く、様々なアニメのネタをブッ込んでちょっかいをかけてくるから、それが心地いいのもある。
だが、一番の理由は、
『俺と里奈は接待し合うような関係じゃないだろ。俺は全力の里奈とゲームを楽しみたい』
の一言が彼女の容赦を無くした。
『ちょっ……ちょっとだけ、手加減してもらえます?』
と震え声の彼に対して、
『い・や♪』
と笑顔で返事をしたのはいい思い出である。
しかし、負け続けている間にも少しずつ洗練されており、最初は里奈のパーフェクトゲームだったのだが、今ではHPバーの3割を削れる程に。
(うーん、今日もスマ〇ラかなぁ〜)
彼女は、ドクターマリア使い。
因みにストック制なので、彼は1度も彼女のドクマを撃墜させた事がない。
【悠人君、今日スマ〇ラしよ?】
【おう、ぶっ潰してやる】
因みに、彼はリトルマ〇ク使い。
復帰阻止すると、めっちゃ怒られる。
そして、橘マリアは、
(今日は習い事もありませんし、悠人様の自宅に遊びに行きましょう)
特に何も悩むこともなく、今日の予定を考えていた。
彼が婚約者という噂は既に耳に入っており、否定しようが信用してもらえないので半分諦めている。また、パーティにて公衆の面前で抱きついたこともあり、もうどうしようない状態になっている。
だが、その噂のおかげで面倒なお見合いをしてくる男性が居なくなったのは好都合だった。
因みに、彼が坂田ルナに噂話を聞いたのは、橘マリアからのお願いでもあった。自分から噂話を切り出すのは恥ずかしい。なので、坂田ルナに頼みその反応を聞きたいと思っていた。だが、彼女が聞いたのは、噂について否定しただけで特に気にする様子がなかったとだけ。
最悪拒絶されるのかもと不安に思っていた彼女。
しかし、それを聞いて彼女は自分は少なからず彼に見合う女性なのだと楽観的になる。噂話について否定しただけで、婚約者にされているということに嫌悪感を抱いていなかったということなのだから。
だが、少しは狼狽えたり、赤面して欲しいと思ってしまう彼女。しかも、その後その噂話について触れてこない。出来るだけ彼から切り出して欲しいのだが、その対応を見ると、聞いた通り本当に気にしていないのだろう。
なので、今度さり気なく噂話についてどう思っているのか自分から切り出さないといけない。
このままずっと放置してしまうと、世間体的に婚約せざるを得なくなり、気まずい。彼女としては全く、全然、何の問題なく、逆にやったぜなのだが、彼の意思が何よりも大事なので無視はできない。
(なんて聞けばいいのでしょうか……)
彼女自身の悩みの種が増えたのであった。
〇〇〇〇
「あっ、にーちゃが珍しく呟いてる」
「ほんとだ、珍しいね」
給食が終わって昼休み。優奈と隣に座る早苗と2人で話していた。
自宅警備中の彼が珍しくT〇itterで、
【昼飯、自分だけだと途端に作る気起きんのよね。だから、カップ麺。……最近カップ麺ばかりな希ガス】
と主夫あるあるを話すと同時に、これから食べるであろうシーフードヌードルの写真を載っけていた。
【もっと栄養のある食べ物食べて下さい】
【気持ちは分かるけど、体調を考えて】
【ええ、それは......】
【もっと自分を大事にして】
特に何気ない、自分でもよくある呟き。しかし、彼は希少な男性、且つ皆のアイドル、そしてテレビで話題が絶えないグラウザーの中身である。
この3要素を含んでいる彼がまさかこんな不摂生な食事を取るのかと。
いいねよりもフォロワーからの体調の心配する返信が多いという事態になっていた。
中には、
【悠人君、私は悠人君という男の子を知り得てから私の人生は変わりました。悠人君を知ってから私の毎日の生活に活気がつきました。何気無い事にも一生懸命で、人の好意を無下にせず、誰にでも優しく、そして分け隔てなく接する。でも、偶におっちょこちょいな所もあってかっこいいだけでなく、可愛い部分もある魅力的な男の子、それが悠人君です。日頃頑張っている悠人君が不摂生な食事を取っているせいで、倒れてしまうなんて私は考えただけ】
Tw〇tterの文字数を超えて返信するような者まで。しかも、まだ続いているという始末。
「これって炎上してるのかな?」
「うーん、でも良い方の炎上だと思う。お兄さん、自分を犠牲にすることに躊躇いがないし、何より自分自身大事にしてないから。これは良い薬になるんじゃないかな?」
「まぁ、ママに怒られるのは確実だしね」
「……甘えられる時間が減っちゃうね」
「私には関係ないけどねっ!」
「ムキャァっ!!」
その後、学校終わりに彼女の自宅へ遊びに行く早苗であった。
そして、全員が木下悠人の自宅に集う。
それで、自宅に集った彼女達が目の当たりにしたのは、
「悠君、本当に反省してる?」
正座させられた木下悠人と、それを叱っている木下真夏であった。
「あっ、いらっしゃい。ちょっと待っててね」
そしてこちらに気づいたのか、挨拶をして説教に戻る真夏。
この件に関しては完全に彼の自業自得であるので、放置して待つ間にテレビの電源をつけてゲームを始める彼女達。
堂々と横で説教を見るというわけにもいかない。なので、彼女達はゲームをしているふりをしながら聞き耳を立てる。
「私悲しいな。悠君が嘘ついてたんだーて知って」
「うっ」
「ちゃんと栄養考えてるって電話で言ってたよね? 何あのシーフードヌードル。もしかして、青汁飲んでるからノーカンとか思ってないよね?」
「それは、えっと、……思ってました」
「……そう、じゃあ明日からちゃんとおかず作っていくからそれ食べてね?」
「!」
「分かった?」
「分かった」
「じゃあ、もう崩していいよ。大丈夫? 痛くない?」
「座布団の上だったから平気。ただ、足が痺れただけ」
「もう……支えてあげる」
「ありがとう」
悠人の背中に手を当てて、倒れないように支える真夏。
そうしてやって来た2人を見て、
(何、あの熟年の夫婦の様なやりとり)
全員がそう思った。
そんなことを思っている彼女達を他所に、悠人は窓を見て驚いていた。
「うわっ、急に猛吹雪が来やがった。皆、今日は泊まっていけ」
その発言を聞いて、歓喜した少女達であった。




