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121 歯形

 


「痛っ!?」


 ある日、真夏は唐突な痛みで目が覚めた。

 痛みが発生した場所に咄嗟に手を伸ばすも、何が大きな物で遮られた。


「……悠君?」

「……」

「まいったなぁ」


 抱き枕代わりにしている愛する息子が首筋辺りに噛み付いていた。それもかなり強く、痛みで目が覚めてしまう程。これは完全に跡が残ってしまうのではないかと思ったが、特に見られても困るといった事は実際ない。


 とりあえず、未だ噛み付いている息子を何とか剥がして、もう一度眠りについた。





「真夏、朝だ」

「……ん」


 二度寝から悠人に起こしてもらい目覚める真夏。

 そういえば、噛まれていたなと首筋をさする。そして、手を見ると乾いた血が付いており、枕を確認すると血が滲んでいた。


(まぁ、痛みで目が覚めるくらいだし血も出てるよね)


「真夏?」

「大丈夫、何ともない」

「そうか、って首血付いてるぞ? 平気か?」

「大丈夫、大丈夫」


 そもそも寝ぼけてしてしまっている時点で、注意するというのも難しい。今までも自身が息子を抱き枕にして眠る事なんてほぼ毎日している事なのだから、今回は運が無かったと思う事にした。


 とりあえず、未だ付いているであろう血を拭くために、洗面所に向かい、ティッシュを水に湿らせる。


(だいぶ、歯形がしっかりと付いちゃってる)


 今日一日中は、このままだろう。

 でも、何故か心が満たされる様な感覚に陥っていた。


 愛する息子の付けた歯形。

 わざわざ他人に見れる所に付いている時点で、自分の所有物と見せつける様な、マーキングされた様なもの。


 普段の息子なら、その様な行為は絶対にしないであろう。しかし、それを偶然でありながら体験してしまった。


 無意識なのか、付けられた歯形をただ触れていた。それが事実であると確認する様に、何度も何度も指でなぞった。


「真夏、血は落ちたかい?」

「えっ!? うん、落ちたよ!?」

「……ごめんな」

「大丈夫、こういう日もあるよ」


 血を綺麗に拭き取った事で、歯形が悠人にも確認出来た。勘の良い悠人は、それを自分が付けてしまったものだと理解した。


 真夏にとっては、ある意味嬉しい誤算とも言えるが、悠人にとってはただ傷を付けたもの同然なのだから謝るのは当然。


 綺麗な肌を傷つけておいて、何も思わない人間ではないのだ。しかも、隠そうとしないと目立ってしまう位置に傷があるだから尚更。


「はい、絆創膏」

「え、何で?」

「傷跡残るのは駄目でしょ」


 準備の良い悠人に、絆創膏を貼られてしまった。

 別に要らないよとは言えず、されるがままではあるものの、絆創膏では歯形の半分程度しか隠せていない。


「傷口は大丈夫だな。でも、歯形が少し見えるな」

「明日には消えるでしょ、ほっときましょ」

「まぁ、そうだな」

「ママー、にーちゃ、おはよぅ……!?」

「「おはよう」」


 寝ぼけた優菜は、目撃し、そして思った。


(……あの首筋の歯形。私が考えるに、ママもいつもにーちゃを通り抱き枕にして寝ている。恐らく、寝ぼけたにーちゃがうっかり付けてしまったもので意図的にではない。でも、やっぱりマーキングされているみたいで羨ましい。お願いしたら付けてくれるかな? いや、にーちゃでもあんなに傷がついてしまうくらい強く噛むのは寝ぼけてない状態でなければ絶対に躊躇う。そもそもお願いするだけで甘噛みもしてくれるかどうかも怪しい。ならばっ!!)


 この間、0.5秒弱。


 そして、なんと優菜は悠人にダイブした。


 いきなり飛びかかられた悠人ではあるものの、鍛え抜かれた体は伊達ではない。難なく抱き止めた。しかし、優菜はボディタッチを狙ったのではない。優菜は、悠人の首筋にカプリと噛み付いた。


「マイラブリーリトルシスターエンジェルユウナ?」


 悠人は、優菜の一連の行動に質問を投げ掛けても、優菜は一向に返事も無く、首筋から離れようとしない。逆に、返事をする代わりに噛まれている部分に力が加わった。


 1分にも至らない時間ではあったが、優菜は急に離れた。


「ぷはぁ! へへへ、にーちゃ、ママと同じ〜」

「えぇ? あっ!」


 悠人は、振り返り鏡を見ると真夏に付けた歯形の位置とほぼ同じに付けられていることがすぐに気づいた。


「ねぇねぇ、にーちゃ! 私もお揃いにしてよ!!」

「……」


 そう言って首筋を差し出す優菜に悠人はどうすれば良いか分からなかった。真夏に一瞬視線を向けると、困った顔してはいるものの、微笑ましいものを見る目をしていた。そして、優菜に視線を戻すと悠人に対して期待の眼差しでこちらを見つめている。


 これは、やらねばならない感じになっている。


 噛む以外の選択はなかった。


 良くない事であることは理解していても、今この場では諭したとしても納得しないのがこの妹。

 この悪戯娘とため息をはきながら、妹の首筋に歯を立てた。


 その様子を、真夏は羨ましそうに見ていた。


「これで満足かい、お姫様?」

「薄い!」

「我慢しろ、これ以上は肌を傷つける」

「見てよにーちゃ! ママは結構深く指沈むのに、私全然だよ、全然!」

「優菜、くすぐったいわよ」

「でも、俺は優菜くらいしか沈まないぞ?」

「むむっ!」

「まぁ、そうよね」

「うぅーん」


 納得していないも風を装う優菜。

 しかし、右腕の人差し指はしっかりと歯形をなぞっていた。


 既に、目的は達したのだ。

 これ以上求めるのは駄目だと。


「てか、優菜。今日、早苗ちゃんと出かけるんじゃなかったか?」

「あっ」

「さっさと着替えて、遅れないようにするんだぞ」

「はーい」

「朝ごはんは作る?」

「んー、出掛けた先で食べるから大丈夫!」


 素早く支度を済ませた優菜は、家を出た。

 そして、それを見送った、悠人と真夏。悠人は何も気にしていなかったが、真夏は重大な事に気がつく。


(あの子、歯形隠してない)





「優菜っ!! 今日に限っても許さないんだから!! 毎回、毎回私を除け者にしてぇ!!」

「いや、本当にごめん、今回は本当に違う」

「どうにかして、私も傷モノにしてもらうんだから!」

「それ意味合い違くない?」

「うるさい! さっさと買い物終えて、家にいくよ!!」

「あいあいさー」

「お兄さん待っていて下さい、今、貴女の早苗が参ります!」

「……隠しておけば良かった」


 優菜は、今日出かけるべきではなかったと少し後悔した。




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