120 骸骨、握る
「ゆ、グラウザー何やってんの?」
「いや、美雨さん。此処で準備して待っててと頼まれましてね」
「仮面外してくれてたなら、私としては嬉しいんだけど」
「悪いが自宅の時にしてくれ。折角だから、なんか握るか?」
「カリフォルニアロールをもらおうかしら」
「ねぇよ、馬鹿たれ」
テレビスタジオのとある場所にて、美雨は奴と出会う。しかし、奴の姿がいつもと違う。
それもそのはず、会話の通り現在奴は、板前の格好をしており、それに合わせた調理場、席が用意されていた。しかし、肝心のゲストはおらず、奴が一人ポツンと待機している状態。
番組に出演している息子たちの我儘に付き合っているのだろうと美雨は思った。これからゲストとして誰かが席に座って談笑するのだろうが、誰も来る気配がなかった。
奴も暇だったので、美雨を席に座るように誘導した。
「じゃあ、海老」
「あいよ。最近、男性アイドルデビューが多いじゃねぇか。美雨も誰か担当持ってんのか?」
「いや、今は男性アイドルの担当を降りたから別にって感じ。でも、逆指名される事があるのよー」
「あー」
「けど、面倒なのは目に見えるからやってない」
「なんか、悪いな。出来たぞ」
「ん、美味しっ。かっぱ巻き貰える?」
「おう」
身内の強い希望で、寿司を握れるように独学した奴。結構好評だったこともあり、週に1回は夕飯を刺身にしていたのが、寿司を握るようになった。
因みに、その日は身内が全員揃う。
つまり、美雨は寿司の味や寿司を握る姿を何度も見ているので、わざわざ撮影する事もない。普段通り作業している姿を見ながら話しかけ続ける。
それがどれだけ贅沢な行為か美雨は忘れてる。
「あっ、鮫Pにグラウザー!? 何してるってか、何で板前!? 普通に握ってる?」
「お、未来さん。久しぶりですね、よければ握りますよ」
「えっ、いやでも」
「ほら、せっかくだから座って。こんな機会いつ訪れるか分からないわ」
「……サーモン下さい」
「はい、後粗茶ですがどうぞ」
「あ、ありがとう」
「美雨、出来たぞ」
「ありがと」
「ねぇ、もうちょっと大事に食べないの?」
「ちゃんと味わってるわ、次マグロ」
「あいよ。未来さん、サーモンです」
「うわぁー!! 写真撮っても良い?」
「別に良いですが、撮るほどのものではないかと」
「男の人の手料理って初めてなの。記念にね!」
推しが自分の為にお茶を注ぎ、寿司を握ってくれるなんて一生にあるかないかといえば、無いことが普通。それに男の手料理を初めて口にするのだ、興奮するのも当たり前。
時未来。
写真を撮影して、直ぐに寿司を味わった。
脂がのっていて、とろけるような食感が口内に広がる。
推しが握った寿司は、美味しい。
そんな普段以上に何倍も味わって食している未来の隣で、頼んだマグロを躊躇いもなく口に運んで、次のネタを頼んでいるプロデューサーに少し不満を持った。
「未来さん、次は何が良いですか? お好きなのをどうぞ」
「じゃあ、つぶ貝で」
「はい、直ぐ握るんで」
「私、イカ」
「あいよ」
「遠慮! 少し、遠慮して!?」
「大丈夫ですよ、いつもの事なので。というか、ゲスト誰なんだ?」
「いつもの2人じゃない? 今日、ここのスタジオで撮影するって言ってたし」
「んじゃあ、あれだな。あそこにあるカメラで今モニタリングしてるとかそんな感じか」
「それ言い方悪いけど盗撮じゃ?」
「時さん、拉致される時点で盗撮なんて小さいもんですよ」
「いや、犯罪に大きいも小さいもないんだよっ!?」
元々男性としての人権を息子達に散々無視されて数年経ち、小学生時代はストーカーに写真を撮られ続けてきた男である。今更、モニタリングされた所で気にする事ではない。しかし、そんな奴に対して常識を説く時未来。
が、無駄である。
「慣れって怖いよなぁ」
「えぇ、そうねぇ」
「私おかしくないよね」
「未来さん。貴女はそのままで良いんです」
「えぇ?」
時未来。
動揺を隠せない。何処か諦めた様子を見せる奴に対して、何も言葉を掛けてやれなかった。
「とーちゃん!」
暫くして、収録が終わったのか息子が警護官と共に姿を現した。
「遅えぞ」
「ちょっと長引いちゃって! 美雨さん、未来さん、こんにちわ!」
「こんにちわ、じゃあグラウザー私はもう行くわ」
「こんにちわ、悟君。私もこの後用事があるから失礼するね。グラウザーありがとう、美味しかったよ!」
「おう、また」
美雨と未来2人は悟と知り合いであるものの関わりは少ない。もう少し奴の握る寿司を楽しみたかったが、変に同席して悟にストレスを与える訳にもいかない為、直ぐに席を外した。
「とーちゃん、マグロ頂戴!」
「あいよ、てかアグリウスは来ないのか?」
「いや、僕だけ。だから、出来るだけ早めにその機会を作るつもりだからよろしくね」
奴の脳内のアグリウスが、「ずるい」と言っているのが容易に想像出来た。これは、早々にスケジュールを確認しなければならなくなったと奴は思った。
「てか、寿司屋行けば良いんじゃないか?」
「僕思ったんだよ、とーちゃんと僕の好みは似てるって」
「俺あんま甘党じゃないんだけど」
「だから、僕好みのお寿司握れるんじゃないかと思ったんだ」
「息子よ、無視は良くない」
「その機会を作ったって訳!」
「ここでやる意味は?」
「昔のバラエティでやってたって、聞いたから真似してみたかった」
「そうか」
その後、奴の寿司を握る姿は、悟によって全国に配信された。




