109 友人、母と会う
「そういえば悠人、最近髪伸ばしてるけどどうしたの?」
「あぁ、七夕に必要だからな」
「ごめん、ちょっと何言ってるか分からない」
休み時間。
陸奥は、悠人に何気ない質問を投げかけた。
入学当時は、短く切っていたはずの髪の毛が今では肩まで伸びていたのだから。陸奥は知らないが早苗から髪を伸ばさないで欲しいと言われていたのにも関わらず伸ばしているのだ。
そして、帰ってきた返答に陸奥は更に頭をバグらせた。
「七夕と言えば、笹の節句だろ?」
「そうだね」
「天の神が寄り付くということで願い事を笹に飾るだろ?」
「うん」
「その神よりも俺に願いたいんだと」
「つまり?」
「俺の髪の毛に願い事の書いた短冊を飾る」
「馬鹿でしょ、悠人」
「これ去年の写真」
「何これ、すっごぉ! 後で、写真頂戴」
やっぱり頭がおかしい奴だと認識したが、悠人の黒い髪の毛が見えなくなるまでに色とりどりの短冊に飾られている写真を見せられて驚嘆の声を上げた。
「最初妹が俺の髪の毛に飾ったんだ。居るかどうかすら怪しい神様なんかより、俺の方が叶えてくれるだろうってな」
「なるほど、ある程度は分かった」
「それを周りに見られてな、他の子達も納得したのか笹に飾った自分の短冊外して、俺の髪の毛に付け始めた」
「ナチュラルにセクハラされてる!?」
「んで、毎年恒例行事になったのよ」
「へぇ、凄いねぇ」
陸奥は考えるのを辞めた。
理解した事は1つだけ、狂気は伝染する。
そんな狂っている話をしている悠人が一言入れてそれを辞めた。悠人は、スマホのバイブ音と着信に反応し、すぐに電話に出た。
「もしもし、どうした真夏? えっ、マジ?」
驚いた反応をした後、急いでロッカーに置いてあるバックの中身を確認した。
「ごめん、本当に忘れてた。もう来てる? 今すぐ行く、待ってて」
通話を終えた悠人に、陸奥が誰?と聞くと、母親と簡潔に答えた。弁当を忘れてしまったから、届けに来てくれたとのこと。
普通なら子供を出汁にして他の男と関係を持とうとワンチャン狙おうとしていると思う筈なのに、それが一切感じられないのは何故?
周りはそう思った。
「折角だから挨拶しても良い?」
「別に良いが、待たせちゃ悪いからさっさと行くぞ」
急かすように言い、小走りで昇降口へと向かっていく。
(女性に会う為に、走るなんて初めてな気がする)
陸奥は、そう思った。
「悠く〜ん、忘れてたよ〜」
「ありがとう〜」
「うっかりさーん」
有休消化で平日休みだった真夏。
折角なので、悠人と優菜にお弁当を作っていた。しかし、うっかりテーブルの上に弁当を忘れてしまった悠人の為に、学校へと訪れた。
車で学校に着くと連絡を取り、真夏のいる校門の前まで悠人を来させた。
大きくなったとはいえ中学生。まだまだ子供であるから頭を撫でても良いはずと、悠人の頭を軽く撫でる。その悠人は、少し恥ずかしいのか頬を少し染め、顔を背けた。
しかし、その手を振り払う事はなく、受け入れている。
「学校は楽しい?」
「それ前にも聞いてた気がするけど、まぁまぁ楽しいかな」
「そう、つまらなかったら、家に居てくれても良いのよ」
「過ごしにくくなったら、専業主夫でもしますよ」
こんな会話を何回したか分からないくらいしているが、それでも悠人の話す様子を見て、楽しく青春しているんだなと思う真夏。
「今日の夜は、何が食べたい?」
「煮物」
「毎回、それしか聞かない気がするんだけど?」
「真夏の作る煮物は、俺の好みなんだよ」
「そう、沢山作ってあげるからね」
「おお、頼む」
用が済んだ事で直ぐに帰ろうとする真夏に、声を掛ける男が1人。
「悠人のお母様ですよね。僕は、金城陸奥と言います。悠人にはいつもお世話になっております」
「ご丁寧にありがとう。木下真夏です。悠君の事、よろしくね」
「……悠君て」
「……お前、今心の中で笑ったな?」
「ちょっと何言ってんのか分かんない。増してや、そのような事を、考えるはずがございません」
普通に考えて、自分よりもガタイが大きい人間が母親から君付けされているのを見ると、可笑しく感じるもの。一度は、聞き間違いかと思ったが、二度も聞けばそれは現実、嘘じゃない。
しかし、陸奥があまりに早口で返答するので、軽く頭にチョップをいれる。
「別に来なくても良かったろ?」
「悠人のお母様でしょ? 気になるもん」
実を言えば、2人が会話をしている校門から離れた校舎の入り口にて、隠れるように様子を見ているクラスメイト達がいた。
「ごめんね、普通の40近いおばさんです」
(いや、普通じゃない)
陸奥も自身の美形を理解していた。
初対面の相手、当然一般人の女性ならば頬を染めるのは確実で挙動不審になるのも珍しくないが、真夏に関してはそれが一切ない。ましてや、冗談を言えるくらいの余裕がある。
視線は自身の目に向けて、品定めする事もない。
それに、身内以外で自然な笑顔を向けられたのは初めてだった。
やはりこの息子にして親も異常だった。
「絶対おかしい!」
「初対面ぞ、陸奥」
「いや、悠人だってお婆様に失礼だったでしょ?」
「……悠君?」
「いや、あれは、違うんです。扶桑さんがとても綺麗で美人過ぎたんだ」
「お婆様に言っとくね」
「会った時、恥ずかしくなるからやめろ」
「悠君がここまで褒めるのも珍しいね」
「めっちゃ綺麗だった。人って美しさをあそこまで保てるもんなんだなって思った」
悠人の思い出している様子を見て、尚更お婆様に今日の事伝えようと心に決めた陸奥。
「まぁ、これ以上居ると警備員を呼ばれそうだし、もう帰るね」
「分かった」
「はい、また機会があれば会いましょう」
「じゃあね、陸奥君。悠君も今日の夕飯、楽しみにしててね」
「おう」
そう言って、悠人の頭を数回軽く叩いた後、名残惜しい素振りも見せずに車に乗り込み、発進させる真夏。その車の姿が見えなくなるまで手を挙げて見送っている悠人。会えて嬉しいのか、未だに頬を綻ばせている様子を横目に見ている陸奥。
女性の姿が見えなくなるまで、見送ったその行為自体に、悠人が母親である真夏を大切にしているかある程度理解できた。
「大切なんだね、真夏さんの事」
「あぁ、大事だ」
「……そっか」
恥ずかしがりもせず、堂々とした態度で、断言されてしまった。少しは動揺してくれても良いと思った陸奥。
「悠人って、恋した事ある?」
「……正直、分からん」
「そうなの?」
「過ごしていくうちに大事だと、幸せになって欲しい、そう思った。いつからとか考えた事はないな」
「……恥ずかしい事言わないでよ」
「お前が言わせたんだろうが」
「堂々とし過ぎている」
「別に隠したい事じゃないからな」
どうして隠す必要があるのかと頭を傾げる悠人。
話せば話す程、惚気話が出てきそうな雰囲気を出している。身内以外を除けば、エリナ、マリア、栞、花香、夜々の面々は、悠人の言う幸せになって欲しい人達というのは、陸奥には容易に想像出来た。
「もう戻るぞ。休み時間ギリギリだ」
「そうだね。後で、聞かせてくれる?」
「何処にでもいる仲の良い普通の家族だけど良いのか?」
「全然良いよ」
陸奥は思った。
狂人の家族が、何処にでも居てたまるか。




