105 狂人でも風邪は引く
「すごい熱ね。お粥作っておくからお昼にレンジで温めて食べて」
「分かった、ありがとう」
「今日は早めに帰ってくるから。後しっかり風邪薬飲んで寝る事。OK?」
「OK!」
「……やっぱり会社休んだ方が良い?」
「そこまで重症じゃないから」
「にーちゃ、本当に大丈夫?」
「ただの風邪だ。そこまでしてもらわなくても平気だよ。優菜、皆勤賞を逃すと優等生が泣くぞ」
「危なくなったら、直ぐに連絡してね。授業抜け出してくるから!」
「ありがとう、気持ちはとても嬉しい」
木下家、長男である木下悠人。
珍しく熱を出していた。
家に常備している熱冷ましのシートを額に貼り付けて、布団に入ったまま会話を続ける悠人。心配して今日は欠勤、仮病で休もうとする心優しき身内に心配させないよう微笑みを浮かべていた。
「行ってきます」
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい」
2人が出て行った後、静かになった自宅。悠人は一度布団から出て、台所へと向かう。そして、2ℓのペットボトルに水を入れ、布団へと戻り、枕元近くにそれを置いて、眠り始めた。
病人がする事は、たった一つ、寝ること。
「珍しいね、悠人君が風邪だなんて。明日香、どうしたの?」
「本当は看病したいけど、そこまでじゃないって。それにうつすと悪いから今日は家に来ないでくれと言われちゃった」
「まぁ、当然ね。悠人君の姿を見れないのは暇ね」
「……」
「花香様、真っ直ぐ、家にお帰り下さいね」
「まだ、何も言ってませんわ!」
「私は知っていますよ。先日、お勧めした小説にそういうお話がございましたからね」
「マリア様、背中を拭きに行ってまいります」
せめて、看病すると言って欲しいものであるが、彼女と悠人の間柄それは許される。
ここ数年熱で体調を崩すことなど全くなかった悠人。
看病したい気持ちは大変大きいが、何人も行く必要は全くなく、先ほど【絶対に来るな】と柳田に返信されている以上行ったら怒られることは確実。特に柳田。
自宅に行って看病をするという、ラブコメにとってお決まりと言ってもいい程のイベントを自らぶった斬るとは、悠人も堅物である。
「というか、悠人君今起きてるんだ」
「既読したらすぐ返信してくれるから、布団中で見てるはずよ」
柳田のトーク画面を皆に見せると、【ちょっとの風邪くらいで過保護過ぎると思うぞ?】と何とも自分の立場を分かっていない返信をしている愚かな男。
「悠人様ぁ……」と呆れた顔をしているマリアと花香。
普通なら病院に連れて行き、検査の後入院させるほどこの世界の母親は過保護である。
しかし、真夏は作り置きをして、市販の薬を飲ませて自宅で休養させるというごく一般的な扱い。
周りからすれば、「えぇ、それは」と思われるそれ。しかし、悠人だしと納得してしまうのは、悠人の影響を大きく受けてしまっている証拠。
【寝ます、おやふみ】
「あっ誤字った」
【おやすみ】
「伝わってるのに、誤字直すの可愛いと思う」
彼女達は、悠人が熱を出した話題をそっちのけで会話を続けた。
「にーちゃ、大丈夫?」
「大丈夫よ〜」
「でも、今日ハグしてない」
「いや、来るでない」
「風邪は引いても、毎日のルーティンは大切」
「スキンシップをログインボーナス扱いかい」
「それにこの姿を見て、その抵抗はナンセンス」
薬と1日中寝ていたおかげで、比較的体調は良くなった悠人。しかし、病原菌が体から抜けた訳ではないので、じりじり近づいてくる優菜を牽制。
しかし、優菜の姿もどこから手に入れてきたのか、というか自宅にあったのか隔離病棟で作業する隔離服に身を包み、マスクをつけて、アイガードまでしている。
これを前に強く言い出せない悠人。てか、その後ろに同じ様な格好をしている母親もいる始末。
そこまでして自身とスキンシップを取りたいと思われる事に喜べば良いのか少し複雑な気分になっている。
「悠君」
「なーに?」
「ちょっとだけだから」
嘘だぞ絶対長いぞ、と思いつつ、こういうのは男からするべきと、襲うかの様に優菜抱きつく。
「うぎゃあ! うつるー!」
「そうなったら1日中看病してやる」
「あっ、それなら良いよ!」
「良いのかよ」
「悠君〜」
「OK、……あ?」
「まだ、あげません!」
訂正、妹も長かった。




