103 友達んちに行こう
「どうしたの?」
「家でっけえなぁって」
「そう、普通じゃない?」
仲良くなった友達の家に行くという行為は、前世でもよくある事である。その友達が、実は良い所の坊ちゃんだったという事だけを除けば。
「さあさあ上がって!」
「お邪魔しまーす」
「邪魔するなら帰って」
「ぶっ飛ばす」
「悠人、こわーい」
悠人の目前に現れたのは、召使いの方々のお出迎えであった。
『ようこそいらっしゃいませ! 木下悠人様!!!』
玄関全体を響き渡る大声に、悠人は萎縮した。未だにVIP対応に慣れていない情けない男。汗を吸ってくれる運動着上下スタイルの人間相手に恐ろしい程の丁寧で丁寧な出迎えである。うっかりスポーツバックを落として、体が出口の方へと向いた。
そのまま体が進まなかったのは、陸奥が裾を掴んでいたから。
「悠人は、そういうの苦手って言ったのに!」
「ですが、坊ちゃん。悠人様は、初めてのお友達でございましょう。失礼のないようにと大奥様から言われております」
「でも、悠人が困ってるじゃん!」
「だ、大丈夫よ、陸奥」
「駄目じゃん!」
「あらあら、ごめんなさいね。陸奥が初めて連れてきたお友達だもの。かえって迷惑だったかしら?」
そう言って現れたのは、和服に身を包んだ清楚で綺麗な婦人。長く艶やかな黒髪、皺一つない肌、そして動き一つ一つに気品が感じられた。
「すみません、出迎えられるのは慣れていなくて。初めまして、陸奥のお母さん。木下悠人と申します。陸奥には、いつもお世話になっております」
「あらあら、お口がうまいこと」
「悠人、違う。僕のお婆様」
「え、えっ?」
「金城扶桑と申します。陸奥からお話はかねがね聞いておりました。因みに、年は今年で、65ですよ?」
「65でその若さ!?」と口に出さない悠人であったが、残念ながら表情には出てしまっており、扶桑にはそれが面白く微笑を浮かべた。
「どうか、もう一つのご自宅と思って寛いで下さいね」
「はい、お言葉に甘えます」
「では、ごゆっくり」
「じゃあ、悠人。バスケコートはこっち!」
バスケの為に悠人は自宅まで来た。
前に話していた兄の1人や2人、そして母親がいるかと思っていたが、先程挨拶した扶桑以外に身内はいなかった。
「お前のお兄さんとお母さんは?」
「お兄様達は、強化合宿に行ってる。お母様も保護者として一緒に行ってる」
「何の?」
「対グラウザー」
「……へぇ、それで勝てる見込みはあるのか?」
「さぁ?」
はっきり言って、兄達が悠人に勝つよりも自分が勝つ方がよっぽど重要だった。なので、自ずと手の内を明かしてくれる悠人には感謝しかない。しかし、それを見る度に、兄達が勝てるとは到底思えなかった。
「じゃあ、負けねぇように俺も成長しねぇとなぁ」
「これ以上目指して何をするの?」
「まずは、……内緒」
「……ふーん、分かった」
うっかり春妃さんにリベンジすると言いそうになった悠人。流石に、その発言をしてすれば、自分はグラウザーですと言っているようなもの。まだ、陸奥に正体を明かしていないし、暴かれてもいない。ならば、黙っているのが吉。
「んじゃ、やろっか!」
陸奥もそれを察してか、何も言わずに悠人にボールを渡した。
陸奥が膝を抱えるまで数十分前の出来事である。
「陸奥、調子はどうですか?」
「僕は、まだ弱い!」
「教えてたったの数週間で負けたらこっちの立場が無くなるわ」
暫くして、様子を見に来た扶桑。
そこには息を切らしながら、地に手をついて、苦しい表情を浮かべている孫と息も切らさず、人差し指でボールを回しながら余裕の表情で返答する悠人の姿。
「ちょっと休むね」
「んじゃ、俺はシュート練してるわ」
「悠人さん、私も少し見学してもよろしいですか?」
「大丈夫です。あと、さん付けもいらないです」
「そうですか、ではそのようにします」
悠人はコートに入ってシュートを撃ち始めた。
「凄いですね、あの歳でここまでとは」
「本当に同年齢とは思えないもん」
「でも、陸奥も前より動きは良くなってますよ」
「そう?」
「彼を常に相手しているから、気づけないだけです」
「背も高いのに、3ポイントシュート撃ってくるとかインチキ過ぎると思う」
「それは、思いますね」
今も目の前で悠人は、3ポイントシュートを放っている。
圧倒的な身長差から放たれるそのシュートを防ぐ手段は、陸奥は持っていない。
「目の前にラスボスがいて、今もまだ成長してるとかどんな悪夢だろ?」
「折角、近くにいるのだから利用しなさい。強敵と相手する方が早く成長します」
「……強すぎるんだよねぇ」
「あらあら」
休憩ながら話し込んでいる2人。ふとコートへと視線を向けると、心愛が悠人の相手をしていた。
いや何してんの!?とツッコみたい2人だったが、確かストリートバスケが心愛の趣味だったことを思い出した。
「恐ろしいですね、男というのも疑いそうになります」
「心愛さんにそう言われるとは嬉しいですね」
身長は殆ど変わらない。だからだろうか、センタープレイが多い。女性である心愛がポストからゴールの真下まで背中で押されていた。
「やっぱり、お兄様達では勝てないよ」
「心が折れるのが先でしょうね」
改めて、奴の身体能力を目の前にして心配になる2人であった。
「良い汗掻かせてもらいました」
「心愛と相手している時間が長かったと思うんだけど」
「だろうね、陸奥体力まだ無いし。心愛さん、また相手してもらえ、ふぐぅ!」
「……」
「私の首が飛びそうなので、偶に相手して下さい」
「うっす」
陸奥に殴られた腹部をさすりながら、返事をする悠人。
7:3 の割合で悠人は負けたが、晴れやかな顔をしていた。やはり強者との試合は楽しいと感じている。
その隣で陸奥はとても不服そうな顔をしている。
勝ちたいと思っていた悠人が、相手が女性とはいえ普通に負けているのだから複雑にもなる。
「あっ、でも、次は勝つんでよろしく」
「子供がほざけないで下さい」
「心愛さん、口わっる」
それでも闘争心が全く薄れない悠人。
それが強さの一つなのかもしれないと陸奥は思った。
「悠人」
「何だよ?」
「勝ちたいよ、悠人に」
「じゃあお前が諦めるまで付き合うさ」
自身の身体が小さい為か、頭を軽く数回叩かれる。
「容赦はしない」
「望むところ!」
(あらあら、若いって良いわねぇ)
友人でありながら、ライバルという何とも青春をしている2人を見て、楽しそうに笑う扶桑。
「そうそう、お湯を張ってありますから先に入って下さい。その後、ご夕食も如何ですか?」
「では、ご馳走になります」
「んじゃ、行こっか」
「おいーす」
その後、
「でっけぇ!!!」
「うっせぇぞ、しめじぃ!!」
外まで聞こえた2人の大声に、聞いた者は赤面したという。




