82 ただ、膝の枕で眠るだけ
「木下君」
「んー?」
「寝なさい」
休日の早朝、悠人の自宅。
明日香は、リビングにて出会い頭に悠人の異常を把握。目の下にはクマができており、まともな睡眠をとっていないこと。その原因が、あのゲーム廃人の馬鹿里奈のせいである事は、手に持っていたゲームの端末を見て、容易に理解できた。
悠人君のことだ。いつもの負けず嫌いが発動して、眠い目を擦りながらずっとしていたに違いない。そして、結局勝てずに朝を迎えてしまったんだろう、と。
「そだねー、悪い。せっかく来てるのに」
「気にしないで。悪いのは、里奈ちゃんなんだから」
「少し寝かせてもらうよ」
「じゃあ、はい」
「え、膝枕してくれんの?」
「ええ、そうよ。嫌かしら?」
「せっかくだから、ご好意に甘えます」
「どうぞ」
(やった!)
明日香は座布団の上に正座して、膝を数回叩く。いつもの悠人なら遠慮しそうだが、しなかった。それは、この姿を見られる人も限られているし、見られても問題になる事はない。
故に、悠人はそれを受け入れた。
受け入れられた明日香は内心喜びの舞をしている。しかし、それが表情や行動に出る事はない。出るとするなら、微笑みが限界である。
相変わらず好いている者が近くに居ると、自分の顔は途端にコントロールを失う悲しい体質。
「あっ、すぐに寝れそう」
「いつもお世話になってるもの。これくらい別にいいわ」
「おぅ、ありがとぅ……」
悠人は、あまりの気持ち良さに直ぐに眠りについた。
明日香は、しばらく様子を見てから、その気持ち良さそうに寝ている男の頭を、頬を起こさないよう丁寧に優しく触れていた。
(こんなに近くに居ても寝るって事は、そういう事だよね?)
明日香は、自然と頬が緩んでいた。
前に、恋愛雑誌を読んだことがある。睡眠とは、人間が1番無防備になる状態を指す。当然、その姿を女の前で晒した場合、どんな事をされるか分かったものではない。故に、男は女の前では絶対に眠らない。だが、もし寝た場合、男にとってその女は、特別な感情を抱いていることだろう、と。
そして、悠人は明日香の目の前で寝た。
自然と鼓動が早くなり、体には熱を帯びていく。やはり
目の前の愛しい人に、そこまで思われていると実感できるのは嬉しいものだった。
(あーあ、携帯置いてきちゃったな)
しかし、一つ誤算があるとするならば、携帯を忘れてしまったことだろう。この2人っきりでの寝顔だ。しかも、上から見下ろすというベストポジション。是非とも、自分の携帯のホーム画面にしたかった。
無いのなら脳内保管にするしかない。それだけが、残念だった。
明日香は、悠人の髪の毛を分けて、額を曝け出す。今の自宅には、明日香と悠人以外誰も居ないが一応周りを確認。入念に確認した後、素早く悠人の額に唇を落とす。
(好き、大好き。これからもずっと一緒にいたいよ、悠人君)
そう、これはおまじないだ。ずっと彼と一緒に居られるためのおまじない。決して、やましいことではない。
しかし、抜け駆けしたような気分になり、隠すように髪の毛を元に戻した。だが、直ぐに頬を好き放題に触り始める。
「んー?」
「あら、お早いお目覚めね」
ただ触り過ぎて、悠人を起こしてしまった。
「でも、1時間は寝たっしょ」
「残念、30分」
「マジか、寝足りないからまた寝直してもいい?」
申し訳なさそうに言う悠人だが、明日香は内心汗を流していた。好き勝手に触れていたせいで、起こしてしまったのだから、罪悪感を感じていた。
(いや、寝てもらわないと困るんだよね)
明日香は、迷うことなく受け入れた。しかし、寝ようとした悠人を止める。そういえば何もかけないで寝ていたなと思い、毛布を取りに行った。
「はい、何も無しだと風邪引くわよ?」
「すまん、ありがとう」
「ええ、ごゆっくり」
今度は、触らないようにしよう。明日香はそう思いながら、悠人が眠る姿をじっと見つめていた。
「……」
しかし、我慢出来ずに、つい頭を撫でてしまう。今度は、起こさないように。
「起きてないわよね?」
「いや、まだ起きてる」
「あら」
「でも、嫌じゃないからそのままで」
「なら、いくらでも」
「……そうか」
許可を得た明日香は、嬉しそうに止まっていた手を動かし始める。そこに、先程感じていた罪悪感は無くなっている。
悠人は、されるがままその心地よさに体を委ねて、夢の世界へと誘われた。
(……その時が来なくても、今を幸せに出来る様に一緒にいるからな)




