53:バーテンダー
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ドアを開ける。取り付けの鈴がカランコロンと軽やかに音を立てる。
店の中にはカウンター席とテーブル席があった。四つあるテーブル席は全て他の客で埋まっているが、カウンター席は三人並んで座れるほどの空きがあった。
クレアたちの来店に気づいたバーテンダーの男が「いらっしゃい」と言う。
男がクレアの方を向く。クレアは彼と目が合った。その瞬間、両者は同時に「あっ」と声を上げるのだった。
そのバーテンダーはクレアがよく知る人物だった。
「ガウス。なぜお前がここにいる?」
自称『魔石ハンティングマスター』ことガウス・ワトソン。
クレアを魔石ハンティングに誘った男である。
「なぜって、ここは俺の店だからさ」
彼は知らぬ間に転職していたらしい。
魔石ハンターを引退したということは風の便りで聞いていたが、よりにもよって酒場で働いているとは思いもしなかった。
タキシード姿は意外と様になっており、着慣れている印象を与える。
魔石ハンティングに出かける時は「戦闘服」と称して古びた服を着ていたガウス。清潔感がなく、だらしがない恰好ばかりだったので、正装で働く姿は新鮮に見えた。
「お久しぶりです、ガウス様。お元気そうで何よりです」
ノーラが挨拶する。
「いやぁ、どうもご無沙汰です。相変わらずお美しい……!」
にやけるガウス。
彼はノーラにぞっこんだった。
「そっちのお嬢さんはクレアちゃんのお友達かい?」
ガウスはアメリアの方へ目線を向ける。
「帝都議会議員のアメリア・ランメルツと申します。新人です」
アメリアが名乗る。身分もしっかりと明かしつつ。
「ってことは、クレアちゃんの同期か」
「まぁ、そういうことになる。厳密には彼女の方が三カ月先輩だがな」
ウィリアムの辞任後、欠員補充という形で選挙が行われた。クレアはそこで当選して議員になった。一方、アメリアが議員に選ばれたのはそれよりも前に行われた本選挙でのことだった。そのため、着任してからの日数はアメリアの方が長い。
「どうして酒場で働く気になったのだ?」
クレアはガウスがバーテンダーになった経緯を尋ねる。
「元々ここは親父が経営していたバーなんだ。俺も度々、店を手伝ってはいたんだが、親父の腰痛が悪化して、とうとう店に立つことができなくなっちまった。で、最近この俺が後を継いでマスターになったってわけよ」
「そうだったのか。それは大変だな」
「この仕事も嫌いじゃないが、やっぱり魔石ハンティングの方が俺には合ってる気がするよ。ま、つべこべ言ってもしょうがないけどな。……ああ、三名様だよね。カウンター席でいいかい?」
ガウスに案内され、カウンター席に腰掛けるクレアたち。
ちょうど三人分のスペースが開いていた。クレアの左隣にアメリア、右隣にノーラが座る形となった。
「はい、これがメニュー表ね」
ガウスから品書きを手渡されるクレア。
中身を開くと、そこには酒や料理の名前がずらりと記載されていた。
ウィスキーやカクテルなど様々な種類の酒が揃っているようだが、どれもクレアには馴染みがないものばかりだった。
「私はビールにします」
アメリアが言う。少し意外だった。
童顔だが、これでも彼女は成人だ。酒くらい飲んでもおかしくはない。
クレアはビールを飲んだことがなかった。それもそのはずだ。彼女はまだ未成年なのだから。
だが、それはあくまで日本にいた頃の話だった。この世界では十六歳から成人扱いとなるため、クレアも立派な大人なのである。つまり、彼女も酒を飲むことは法律上許されている。
とはいえ、無理に飲む必要はどこにもないので、今回はジンジャーエールを注文することにした。
「もしよければ、俺特製のカクテルをご用意しますよ。ノーラさん」
ガウスが決め顔で言った。
彼はノーラにサービスがしたくてウズウズしているようだ。
「では、お願いします」
「はい! 少々お待ちを」
張り切って準備を始めるガウス。
「お前、酒なんて飲めるのか?」
クレアが小声でノーラに問う。
魔人である彼女は人の食べ物を口にしないと言っていた。
魔人が食らうのは人間の感情だ。それなのに酒を飲んでも大丈夫なのだろうか。
「我々魔人はどんなものでも体内に取り込むことができます。たとえ硫酸やマグマを飲み込んだとしても、死ぬことはありませんよ」
「お、おう……」
とりあえず問題はないらしい。
もしかして魔人は不死身なのだろうか、とクレアは思った。
「クレアさんはどうされます?」
「私はジンジャーエールを……」
「えぇー。お酒飲まないんですか? 飲みましょうよ、せっかくですし」
「いや、でも……」
飲んだことがない、とは言えなかった。
「もしかして、飲めないんですか?」
少し馬鹿にされているような気がした。
「そんなことはないぞ。私も大人だ。大人なのだからな」
思わず見栄を張ってしまうクレア。
変なところでプライドの高さが露呈するのだった。
「じゃあ、ビールでいいですか?」
「う、うむ。私もビールにしようではないか!」
「クレア様。本当によろしいのですか?」
「問題ない。おい、ガウス。私とアメリアはビールだ」
「はいよ」
こうして、クレアは人生初のビールに挑戦することになった。
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