52:誘い
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夕方になり、ようやく会議が終わった。クレアの反政府的な発言により、議会は一時騒然となったが、議長のブランケンハイムによって場は丸く収められた。
ブランケンハイム曰く、この件について女王への報告はしないでおくとのことだった。
部屋を出る直前、彼はクレアの元へ歩み寄ると「今後は過激な言動を慎みたまえ。これは忠告だ」と言い残し、その場を後にした。
ケルンも「議長のおっしゃる通りだ。余計なことをするんじゃないよ」と念を押してから立ち去った。
――やはり腰抜けは腰抜けのままか。ここは自分の命が惜しくて何もできない連中ばかりだな。
さっきは彼らを奮い立たせるつもりで熱弁を振るったクレアだったが、それも無意味だったというわけだ。
議会がお開きになると、議員たちはそそくさと退散してしまった。会議室にはクレアとアメリアの二人が取り残された。
「クレアさん……」
消え入りそうなか細い声で話しかけてくるアメリア。
「何だ。お前まで私にお説教か?」
「いいえ」
すると、アメリアは右手の親指を立てながら、
「さっきはよく言ってくれました。グッジョブです!」
と言ってウィンクをするのであった。
それを見てクレアは笑った。
話のわかる人間がいてくれてよかったと思った。
「お前もよく勇気を出してくれた。おかしいことにはおかしいと言う。それがどれほど大切か、他の奴らにも伝わっただろう」
アメリアは議員たちによる貧民への差別的な発言に異議を唱えた。彼女の一声は繰り返される偏見と悪口に歯止めをかける役割を果たしたといえる。
「だって、悔しいですから。私のような人間は他にもたくさんいるのに、それを否定するなんて許せません。言われっぱなしではモヤモヤします」
「その意気だ。これからも言いたいことがあれば臆さずに言えばいい。私も援護する。あの頭の固い連中の目を覚ましてやるのだ。このまま奴らのペースに流されるわけにはいかんからな」
二人は揃って議事堂を出た。
出口の前にはノーラが立っていた。オレンジ色の夕日が彼女の銀髪を黄金色に染めている。ノーラは今朝からずっと、その場から一歩も動くことなく主人の帰りを待っていたらしい。その様はまさに忠犬のようである。
「クレア様、お勤めご苦労様です」
ノーラはクレアに労いの言葉を投げかける。
「うむ」
「えっと、クレアさん。その方は……」
「メイドのノーラだ」
「お初にお目にかかります。ノーラと申します」
「あっ、はい。はじめまして。私はアメリアです」
綺麗にお辞儀するノーラを見て、慌てて深々と頭を下げるアメリア。
人見知りな性格なのか、初対面の相手に緊張しているようだ。
「アメリア様。主人がいつもお世話になっております」
「い、いえ……。私の方こそ」
アメリアはたじろいだ。顔が少し赤いが、これは夕日のせいではないだろう。
「綺麗な人……」
ノーラに見とれるアメリアは、気づかぬうちに心の声をこぼしていた。
「この後、何か予定はあるか?」
ここでクレアがアメリアに問う。
「予定ですか? 特にないですけど……」
「夕飯まで少し時間がある。どこか店に入って少し話そうではないか。お前には色々と聞きたいことがある」
珍しくクレアは自分から他人を誘うのだった。
彼女とは仲良くなれる気がしていた。親睦を深めておくのも悪くないと思った。
「わかりました。では……」
「あそこの店なんてどうだ?」
クレアは道路を挟んだ向かい側の店を指差した。
「クレア様。あまり食べ過ぎてしまわれると、お夕飯が入らなくなりますよ」
「わかっている。少し飲むだけだ」
「あのお店ですか? いいですね。行きましょう」
ノーラとアメリアを連れて、クレアは店の前にやって来た。
看板には「WATSON's Bar」と記されている。どうやらここは酒場であるらしい。
クレアは酒を飲まないが、彼女でも飲めるものが置いてあるだろうと踏んでいた。
「なかなかよさそうではないか」
店の外観は落ち着いており、クレアは気に入っていた。
きっと中の雰囲気も良いことだろう。
そして、三人は店に入る。
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