51:諸悪の根源
感想をお待ちしております。
アメリアの主張に反論できる者はいなかった。彼女の言っていることが正しいと認めざるを得なかったからだ。
貧民の収容と監視を提案した張本人のケルンは「それもそうだな」と呟き、彼女の考えに同調する姿勢を見せた。
他の議員たちは押し黙った。偏見に満ちた自らの発言を恥じている様子だった。
彼らには悪気があったわけではないのだろう。日頃の不満や行き先の不安を受け、つい罵りに近い言葉を口走ってしまったに過ぎないと思われる。
根っこからの差別主義者が集まっているわけではなさそうだ、とクレアは感じていた。
「我々は少し冷静になるべきだ。アメリア君の言う通り、すべての貧民を犯罪者とみなすのは間違っている。抑圧ではなく他の手法を採ることが望ましい」
ブランケンハイムが落ち着きのある声で言った。いつも無表情で何を考えているのかよくわからない男だが、場の空気や感情に流されないところが彼の良さでもある。
「そもそもの話だが、なぜ帝都には貧民が溢れかえっているのだ?」
ここでクレアが口を開いた。
先ほどまで静観していた彼女だったが、煮え切らない議論にしびれを切らし、言いたいことを言うことにした。
「不況のせいだ。そんなこともわからんのか」
一人の議員が答えた。
「ふむ。ならば、不況の原因はどこにある? どうしてこの国の経済はこんなにも停滞している? なぜ労働者は馬鹿みたいに安い賃金で働かねばならんのだ?」
帝都に人が多くやって来るのはなぜか。それは金を稼ぐためである。
しかし、稼ぎの良い仕事は少ない。多くの者がわずかな給料を工面して暮らしている。生活が貧窮するのは当然だ。
この世界に来た時、クレアは仕事を探すために職業案内施設を訪れた。ところが、その時に提示された求人内容は酷いものばかりだった。給料がとにかく安い。安すぎる。これではロクに生活できない。そう思った。
魔石ハンティングに手を出したが、それも運に左右される職業だった。つまり、この帝都では運と才能が無い者は生き残れないのである。
そんな状況を作り出したものは一体何か。
それをここにいる者たちに問う。
「不況の原因など一目瞭然。税金が高いからだ。我々経営者は多額の法人税を国に納めている。コストカットは苦肉の策だ。だから人件費も安く抑える必要がある。まさか君は、貧乏人が増えているのは我々の責任だとでも言いたいのかね?」
眉をひそめる男議員。
彼は腹を立てているようだ。
「まぁ、それもある。が、元凶はさらに深い部分にあるだろう」
クレアは男議員の顔を見ずに言った。
「……どういうことだね?」
前からずっと思っていたことがあった。だが、それを口にすることは許されない風潮があった。きっと本当は他の者たちもクレアと同じことを考えているはずだ。皆とっくに気づいているに違いない。ただ誰も言い出す勇気が持てないだけなのだろう。
このまま黙っていては話が進まない。事態は一向に改善されないのだ。
だから、誰かが言うしかない。世の中を変えるためには動きというものが必要だ。
初動をもたらすのは、もう自分しかいない。
クレアは「触れてはならない事実」に踏み込むことを決意した。
「――諸悪の根源は帝国の政策だ」
言ってやった。包み隠さず堂々と明言した。
そうだ。これが真実だ。誰もが見て見ぬふりをしてきたタブーというものだ。
政府批判。この国で最も厳しく禁じられている行為。
だが、そんなものに惑わされてはならない。
クレアは恐れ知らずの態度を見せる。
「な、な、何を言う……」
動揺する議員たち。口を開けたまま、目を見開いている。
クレアには彼らのマヌケな顔が面白おかしく見えた。
ああ、わかる。彼らの気持ちも十分に理解できる。ここで頷きでもすれば、自分も反逆者扱いされる恐れがあることを気にしているのだろう。
しかし、クレアは自重しない。
「政府が余計なことに金を使うから、税金が高くなっているのだ」
防衛費の拡張。帝都を囲う巨大な壁の建設。用途不明の要塞や城壁の補強ばかりに金が使われている。そんなに守りを固めて、何がしたいのだろうか。
「政府の動きは明らかにおかしい。貴様たちはそんな簡単なことにも気づいていなかったのか?」
フッと鼻で笑うクレア。
彼女以外の人間は顔が青ざめていく。
やはりビビっているようだな。
クレアは確信した。この国では政府……女王に逆らえるものはいないということを。
どいつもこいつも自分が可愛くて仕方がないようだ。
きっと、彼らは最後まで言いたいことも言わずに死んでいくのだろう。
そんな情けない者たちに対し、クレアは哀れみと軽蔑の念を抱いた。
だから、はっきりと言ってやる。
「聞け、腰抜け共」
静まり返る会議室にクレアの声が響く。
「貴様らは何のためにここにいる? 何が目的で政治家になった? 地位と名誉のためか?」
答える者は誰もいない。
これも想定通りの反応だった。クレアは続けて言うことにした。
「このままでは、この国は終わる。貴様らが不甲斐ないせいでな。名声欲しさに政治家になっただけの貴様らには何もできないだろう。帝国が滅ぶ瞬間まで、せいぜい女王に媚びていろ。そして女王と共に朽ち果てるがいい」
「クレア君……! いい加減にしたまえ! こんなことが陛下のお耳に届いたら、君はどうなるかわからないぞ」
ケルンがクレアの口を塞ごうとする。
彼は血相を変えていた。本気で彼女の身を案じているようだった。
「離れろ。最後まで聞け」
「ぐぐ……。命が惜しくないのか、君は!」
彼女は一度、死んでいる。
死んだことがある。その経験があれば、死が怖くなくなるというわけではない。
やはり何度死んでも死は恐ろしいのだろう。
死を恐れることは生物の本能としては正しいのかもしれない。
だが、死を恐れて何もしないことは絶対に間違っている。
人はいずれ死ぬのだ。
何もせずに死ぬか、何かを成し遂げて死ぬか。
選ぶべき答えはいつも同じだ。
「私はお断りだ。愚かな女王の言いなりなどごめんだ」
クレアは叫んだ。
これは帝国に対する宣戦布告である。
お読みいただきありがとうございます。
感想をお待ちしております。




