49:貧困と犯罪
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「本日の議題は、前にも言った通りだ。治安の悪化とその対策についてである。近頃、我が帝都では強盗や殺人、人身売買といった犯罪が急増しているわけだが、考えられる原因について諸君らに意見を求めたい」
議長のブランケンハイムは鋭い眼差しで議員たちの顔を見渡す。
何か言え、という無言の圧力を感じさせる。
意見を持たぬ議員たちは目を伏せた。
「はい、議長」
するとここで、ケルンが右手を高々と挙げて、発言の許可を求めるのだった。
ブランケンハイムは彼の方を向く。
「ケルン君。述べたまえ」
指名を受けたケルンは太った体を重く感じているのか、ゆっくりと立ち上がった。
それから、コホンと一つ咳払いをして言った。
「治安悪化の原因。それはズバリ貧民の増加です。街は今、貧困に苦しむ者たちで溢れかえっております。彼らは明日を生きるためにやむを得ず略奪や殺人といった手段に走るのです。帝都には多くの人間が仕事を求めて地方からやって来ますが、皆が皆、安定した職に就けるわけではありません。また、景気の悪化に伴い、失業者の数も増えております。このような状況を改善しない限り、帝都の犯罪は増える一方であります」
「うむ。一理ある。君の言う通り、民の貧困化は深刻な社会問題だ。逮捕者の多くは低所得者あるいは無職というデータも存在している。犯罪件数の増加に貧困が関係しているのは確かだろう」
顎の髭を撫でながらブランケンハイムはケルンの見解を総括した。
続いて、彼にこう問いかける。
「では、貧困を解消するにはどうすればよいかね?」
難しい質問だった。それができるなら、とっくに問題は解決しているはずだ。
だが、ケルンは悩む素振りも見せずに即答した。
「貧困そのものを無くすことは不可能に近いといえましょう。資本主義の世の中では、富の格差が必ず生じます。搾取する者と搾取される者。この構図を取り払うには社会そのものを変えなければならず、大きな労力と時間が必要であります。混乱を避けるためにも、少しずつ変化を遂げていくしかありません。ですが、我々はそんな悠長なことを言っている暇はないのです。そこで私は、貧困に喘ぐ者たちを犯罪から遠ざけることが重要だと考えます」
独自の案を述べるケルン。
ブランケンハイムは関心を示した。
「……ほう。では、具体的に何をするのかね?」
「貧民を社会から隔離するのです。彼らが犯罪に手を染める前に、あらかじめ身柄を拘束し、特定の施設にて収容と監視を行うのであります」
横暴だ。人権を完全に無視している。そんなものが通るわけがない。
隣に座るクレアは呆れながら、ケルンの言葉に耳を傾けていた。
貧乏イコール犯罪者、という思考がいかにも差別的で短絡的だと思った。たとえ貧しくても、まっとうに生きている者はたくさんいる。
ただ貧乏であるという理由だけで、罪を犯したわけでもない人間を監獄のような場所に入れてしまうのは、あまりにも酷ではないだろうか。そんなやり方では誰も納得できないはずだ。
クレア自身も貧困に苦しんだ過去を持つ。父の死と使用人たちが財産を持ち逃げしたことにより、それまでの豪華な暮らしが質素な生活に急転した。
地獄のような日々。満足できず、鬱憤が溜まってゆく。己の不幸を恨み、そして嘆いた。
だが、彼女は一度もめげなかった。ひたすら上を向いていた。もちろん、それは今も同じだ。
どんな状況であっても、他人を困らせて生き延びようという発想には至らなかった。
誰かを蹴落とすのではなく、自らが這い上がる。そういったやり方で、クレアという人間は生きてきたのである。
「貧乏だから犯罪者になる」と決めつけるのは間違いだ。貧民を問答無用で拘束するよりも、彼らが健全な道を歩めるように支援することが先なのではないか。
クレアはケルンの意見に賛同しかねるのであった。
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