48:生きる世界
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「クレアさんは意地悪です。いつも私のことを揶揄ってばかり」
頬を膨らませるアメリア。クレアの嘘に弄ばれた彼女は拗ねていた。
「すまない。私の知り合いにとてもおっちょこちょいな奴がいてな。以前、私はソイツをおもちゃにして遊んでいたのだが、お前を見ていると彼女のことを思い出して、ついイタズラをしてしまうのだ」
昔の記憶を懐かしみながらクレアは言った。
かつて彼女が暮らす屋敷で働いていた一つ年下のメイド。
何をやってもダメダメで、あわてんぼうで、マヌケな少女だった。
クレアはいつもそのメイドを振り回してばかりであった。無理難題ともいえる要求を押し付けるなどして反応を楽しんでいたものだ。少々やり過ぎてしまうこともあったが、妹のような存在として可愛がっていたのも事実だ。
「へぇー、クレアさんの知り合いに私と似た人が……。どんな方なのか気になりますね。是非一度会ってみたいです。その方は今はどちらに?」
興味を示すアメリア。
だが、クレアの表情は影を落としていた。
「それは叶わぬ話だ。彼女はこの世界にはいない」
「あ……。えっと、すみません。軽率でした」
何かを察した様子のアメリアは申し訳なさそうに謝った。
どうやら彼女は勘違いをしているようだ。その知り合いが故人だと思い込んでいるらしい。
クレアは紛らわしい言い方をしてしまったと思った。だが、嘘は言っていない。
自分と彼女は生きる世界が違う。ただそれだけのことだ。
彼女は今も、クレアがかつていた世界で暮らしていることだろう。
クレアの父が亡くなると、そのドジっ子メイドも他の使用人たちと一緒に屋敷から逃げてしまったわけだが、彼女はその後どうなったのだろうか。ちゃんと次の働き口を見つけたのか。元気にやっているといいが……。
今さら身を案じても意味はない。彼女とはもう二度と会うことはないのだから。永遠の別れというものだ。
自分は一度死んでしまったが、女神の気まぐれでこの世界に転生することができた。しかし、クレアのように同じ容姿と人格を持ち、前世の記憶を保持したまま転生するケースは稀であると女神は言っていた。だから、仮にあのメイドがこの世界に転生してきたとしても、姿や性格は別人になっており、彼女だと気づくことはできないだろう。
「なぁに、謝ることではない。気にするな」
クレアは気まずそうな顔をするアメリアをフォローした。
もう忘れてしまおう。あのメイドはクレアから逃れて、自由の身になったのだ。
呪縛から解き放たれたはずの無垢な少女を記憶の中で再び縛り付ける必要はない。
クレアも彼女も今は新しい人生を歩んでいる。
昔のことは、もう振り返らない。振り返るべきではない。
数分後、会議室に議長が現れた。
いつも定刻ピッタリである。
「おはよう、諸君。これより定例会議を始める」
帝都議会第十一代議長、アードルフ・ブランケンハイムは議長席に着くと、威厳のある低い声で宣言した。
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