47:立場
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議事堂の会議室に入ると、すでに大半の議員が席に着いていた。
彼らは一斉にクレアの方を見る。
注目を浴びるクレア。彼女はいい意味ではなく、悪い意味で目立っていた。
定刻の十分前に来たというのに、まるで遅刻したかのような扱いだった。
他の議員たちはクレアに対して「新人のくせに随分とゆっくりじゃないか」とでも言いたげな表情で、冷ややかな視線を送っていた。ひそひそと話し声も聞こえてくる。おそらく彼女への嫌味を垂れる声だろう。
そんなものは一切無視して、何食わぬ顔で会議室の中を進んでいくクレア。さっさと席に着くことにした。
肝が据わっている。ワガママで奔放な性格の彼女は、前世でも他人に嫌われてばかりだった。だから、こういうことには慣れている。この程度で気を病んだり怖気づくことはない。
議員の座席は議長席を囲む形で扇状に設置されているのだが、クレアの席は議長席の真正面に位置する最前列の場所にあった。
ここはかつて、ウィリアムが座っていた場所である。欠員補充で議員になったクレアは、彼の席をそのまま与えられたのだった。現在、その席には彼女の名が記されたネームプレートが取り付けられている。
「おはよう、クレア君。昨日の夜はあまり眠れなかったのかな? 目の下にクマができているよ。それとも、遅くまでお友達と歌って踊って楽しんでいたのかい? いやぁ、若い子は体力があって羨ましいねぇ」
右隣の席に座る男が話しかけてきた。
禿げた頭と丸々太った体。口元にはちょび髭が生えている。
エアハルト・ケルン伯爵。名門貴族・ケルン家の三代目当主だ。
祖父の代に設立された『帝都第一銀行』を経営する傍ら、帝都議会議員を務める敏腕ビジネスマンである。ウィリアムとは旧知の仲であり、帝都第一銀行はウィリアムが経営していた会社とも取引があった。
「夜遊びは程ほどにしようね。ちゃんと寝ないと背が伸びないよ?」
小馬鹿にされている。クレアは背が低いことを気にしていたので、内心イラっとした。
だが、挑発には乗らない。ここは適当にあしらっておく。
「残念ながら私には夜遊びをする友人などいない。昨夜は魔族を狩っていたのだ。私は魔族からこの街の平和を守る正義の味方なのだからな」
街の平和を守る。そんなものは建前に過ぎなかった。クレアが魔族を狩る理由は、あくまで金稼ぎである。魔族から魔石を奪い、それを売って儲ける。そのためにノーラを連れて夜の森や山に入っているのだ。
「ははは、これは失敬。いつもご苦労だね。夜に我々が安心して眠ることができるのは君のおかげだ。どうもありがとう」
感情の籠っていない声でケルンは礼の言葉を述べた。
どうにも彼はクレアをよく思っていないようだ。
それもそのはず。クレアは帝都に突然現れ、トントン拍子で議員になった。ずっと無名の存在だった小娘が、いとも簡単に当選してしまったのだ。ケルンが彼女を好くことができないのは当然ともいえる。
クレアのことが気に食わないのはケルンだけではない。議員の多くが彼女を疎ましく感じているはずだ。
世間知らずのガキが大人たちを相手に威張り散らしている。彼らの目にはクレアがそんな風に映っているのだろう。
自分は嫌われている。あまり歓迎されていない。クレアはそのことに薄々気づいていた。
だからといって、それを気に留めるつもりはまったくなかった。他人からどう思われようが関係ない。たとえ目の敵にされても、彼女の意志が揺らぐことはないのだ。
「すみません! 遅くなりましたっ!」
勢いよく部屋のドアを開けて会議室に飛び込んでくる者がいた。
スーツ姿の若い女だ。走ってきたのか息を切らせている。
左胸にはキラリと光る議員バッジがついており、彼女もまた正真正銘の帝都議会議員であることを示しているのであった。
「今日はギリギリセーフだね」
「また道に迷ったのかい? いい加減、家から議事堂までの道くらい覚えなよ」
「おっちょこちょいだなぁ、アメリア君は」
笑い声が巻き起こる。
「ち、違います! 議事堂までの道はもう覚えました! 今朝はカナリア市場で迷子の女の子がいたんです!」
赤面しながら反論する女議員。
苦し紛れの言い訳なのか、本当のことを言っているのかわからないが、クレアにとってはどちらでもよかった。
「へぇ、迷子ねぇ」
「どうせ、その子の親を探しているうちに君も迷子になっちゃったってオチだろ?」
議員たちから指摘が入る。
「うっ……」
どうやら図星だったらしい。
若手の女議員は目を伏せながら、身を縮こまらせた。
「まぁ、とにかく座りなさい。そろそろ議長が来るよ」
「はい……」
そう言って、彼女は申し訳なさそうな顔をしてクレアの左隣の席に着いた。
「おはようございます……」
「うむ」
挨拶をされたので、クレアは軽く会釈をした。
この議員の名は、アメリア・ランメルツ。二十三歳。
彼女は遅刻の常習犯だが、若くて可愛らしい見た目のおかげで、議会では人気者の立場を得ている。天然でおっちょこちょいなアイドル的存在。周りからは舐められていると言ってもいい。
生意気なクレアとは違って、他の議員から嫌われることはないだろう。しかし、何もできない小娘だと馬鹿にされている点は同じだった。
「あの、クレアさん……」
アメリアが小声でクレアに話しかける。
「何だ?」
「その……。私、汗臭くないでしょうか? ここまで全力疾走してきたので……」
アメリアの顔には汗がにじんでいた。身にまとった紺色のスーツも所々濡れて変色している。それは彼女が大量の汗をかいていることを物語っていた。
「ああ、そうだな。さっきから何やら臭うと思っていたのだが、発生源はお前だったというわけか」
「やっぱり臭ってますか?! ど、どうしよう……!」
クンクンと自らの腕や腋の匂いを嗅ぐアメリア。酷く焦っている様子だ。
「ふっ。冗談だ。別に臭くないから心配するな」
「えっ? ……もう! ビックリさせないでください!」
そう言ってクレアの左肩をポカポカと叩いてくるのだった。
彼女だけは、この議会の中でクレアと「対等」な立場で接してくる。
クレアもアメリアのことは嫌いではなかった。
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