45:起床の時間
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帝都議会議員の朝は早い。
美術館爆破事件の責任を取り、辞職したウィリアム・クラークの後任として先日議員になったばかりのクレアは、まだその生活に慣れていないのだった。
寝室のベッドでスヤスヤと眠るクレア。
彼女は朝の訪れに気づいていない。
今日も早くから議会が開かれる。帝都の治安悪化について対策が話し合われることになっていた。
対策。そんなものを話し合ったところで意味はあるのだろうか。帝都の治安は悪化の一途を辿るばかりだ。議会は今まで何をしてきたのか。
どうせ今回も中身のない話を延々と繰り返すだけだろう。
クレアは今日の話し合いに大きな意義があるとは思えないのだった。
メイドのノーラがクレアの寝室に入ってきた。早起きが苦手な主人を起こしに来たようだ。
「おはようございます。クレア様」
「むぅ……」
ノーラの呼び声を無視して、ベッドの枕に顔を埋めるクレア。まだ眠りたいという意思表示だった。
瞼が重くて目を開くことができない。横たわる体を起こす気には到底なれなかった。
「起きてください。朝ですよ」
「知らん。朝など来なければよいのだ……」
永遠に夜が続けばいいのに。太陽などいらない。
クレアは真面目にそう思っていた。
ノーラがカーテンを開ける。部屋の中に光が差し込む。
「んー……。眩しい。閉めろ」
「閉めません。いつまで寝ているのですか。新人議員が遅刻するわけにはいきませんよ」
「……早起きするくらいなら、私は議員を辞める」
「それでクレア様の気が済むというのでしたら、私は構いませんが」
半分冗談で半分本気だった。クレアにとって睡眠時間の確保は重要な問題なのである。
早寝早起きが理想的な習慣だということは理解している。だが、魔族狩りに出かけるクレアは夜も忙しく、就寝時間が遅くなりがちだった。だから、せめて朝はゆっくりと寝ていたいというのが本音であった。
睡眠不足に苦しむか、政界を引退するか。彼女の心は揺れていた。
「起きないとイタズラしちゃいますよ?」
「やめろ……」
今すぐ起きなければ、ノーラに襲われる。クレアは身の危機を感じていた。
しかし、それでもまだ眠りたいという欲求は消えなかった。
シーツにしがみつくクレア。この場を離れたくなかった。
「今日は一日中眠っていたい。明日から頑張る。だから許してほしい」
もちろん、そんな言い分など通用するはずもなく……。
「えいっ!」
ノーラがベッドに飛び乗り、中へと潜り込んできた。
それから、クレアの身体に腕を巻き付けるのだった。
主人を抱き枕のように扱うノーラ。
「はぁぁぁぁ……。クレア様の匂い。甘くていい香りです。ずっとこうして嗅いでいたいですねぇ」
「離れろ変態」
「いつまでも起きないクレア様が悪いんですよ? すぅーはぁー、すぅーはぁー……」
普段であれば、抱き着こうとすると拒絶されてしまうのだが、今のクレアは抵抗してこない。主が眠りに執着しているのをいいことに、ノーラは思う存分に楽しんでいる。
「ほっぺもぷにぷにしてて可愛いです。それに、柔らかそうな唇……。これはもうキスしてくれと言っているようなものでしょう」
「言ってない」
「言ってますよぉ」
ベッドの上でじゃれ合う二人。
誰にも邪魔されない幸福な時間をノーラは堪能している。
「アンタたち何してんのよ……」
部屋のドアを開けた状態でエリーが立っていた。
朝食の用意はできているのに、いつまでも食堂に現れないクレアたちの様子を見に来たのだった。
「エリーさん。空気読んでください」
不満顔でエリーを見つめるノーラ。
「私の睡眠を妨害をするな」
クレアも不機嫌になっていた。
「いやいや、何であたしが悪いみたいな空気になってるの?! いい加減起きなさいよ。ノーラさんも自分の役割を放棄してる場合じゃないでしょ」
「それとこれとは別です。抵抗しないクレア様にあんなことやこんなことをする絶好のチャンスだったのですから」
「知らないわよ、そんなの……」
呆れるエリー。
クレアはすっかり目が冴えていた。そろそろ起きるしかないと思った。
「ベッドから降りろ。私はもう起きる」
「それは残念です」
「当初の目的を完全に忘れちゃってるわね、この人」
こうして、今日もクレアの朝が始まった。
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