37:凍結
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クレアはハナにいくつかの質問をすることにした。彼女を殺す前に聞いておきたいことを全部聞き出しておこうと思った。
「まずは一つ目の質問だ。クラーク邸に届いた爆破予告は、貴様が書いたものなのか?」
これはウィリアムから聞いた話だった。爆破された日の朝、予告状が届いていたという。
「はい」
ハナは肯定した。
彼女は自らが書いた爆破予告をウィリアムに直接手渡したのだった。彼には「ポストに手紙が入っていた」という嘘の説明をした。それが爆破予告であることが判明したのは、ウィリアムが手紙を開いて中身を読んだ後だった。彼はまさかハナがそれを書いた人物だとは思いもしなかっただろう。
「予告状の送り主として私の名前を使っていたようだが、それはなぜだ?」
爆破予告の差出人はクレアからとなっていた。それでも、ウィリアムが彼女を疑うことはなかった。そんなことをする人物ではないと理解していたからだ。彼は他の誰かが成りすましているものだと考えた。
勝手に自分の名前が使われたクレアも当然愉快ではない。何のためにこんなことをしたのか、真犯人に問い詰めてやりたいと思っていた。
理由を尋ねられたハナは、次のように答えるのだった。
「あなたをおびき出すためです。他人事ではないと判断したあなたが、きっと事件に首を突っ込んでくるだろうと思い、お名前を拝借することにしました」
彼女の予想通り、無視できない案件だと判断したクレアは爆破事件に噛みついてきた。ウィリアムからの要請もあり、事件解決に向けて動き始めることになった。
「貴様は予告状を使って私の気を引いた。そして、美術館を爆破して現場におびき寄せ、私が一人になる瞬間を狙った。そういう解釈で間違いないか?」
トイレに行ったクレアはノーラと離れ離れになった。ハナはクレアが一人になったタイミングで襲い掛かってきたのだ。
「いえ、少し違います。あなたが自らノーラさんのそばを離れたのは想定外でした。当初の予定では、美術館の爆破後に三つ目の爆弾を炸裂させ、混乱に乗じてあなたを連れ去るつもりだったのですが……」
だが、爆弾は炸裂しなかった。ノーラが回路を凍結してしまったためである。
「迂闊だった。私は敵に襲われる隙を作ってしまったというわけか。単独行動は慎まなくてはならないようだな……」
自らの頭をコツンと叩くクレア。軽率な行動だったと反省する。
この世界の治安はお世辞にもいいとは言えない。いつ、どこで、誰に襲撃されるかわからない。武器を持たない無防備なクレアは標的にされやすいといえる。したがって、ノーラと離れてしまう時間をできるだけ作らないようにすべきだろう。
「……となると、やはり私は四六時中、クレア様のおそばにいた方がいいみたいですね。これからは、お手洗いやお風呂、お休みになられる時もずーっとお供させていただきます!」
「それは却下だ」
クレアにべったりとついて回るための口実を作ろうとしたが、すぐに拒否されてしまった。ノーラは度々、クレアが入浴中の浴場に乱入したり、夜になると彼女が眠るベッドに潜り込んできりする。このような変質者的行為にクレアは辟易しているのだった。
「最後の質問だ。貴様はこれから二度目の死を迎える。次の行き先はどんな世界だと思う?」
ハナは前世では日本人、犬神華世として生きてきた。では、来世はどうなるのだろうか。
「来世でもテロリストを続けるつもりか?」
「……難しい質問ですね。来世があるかどうかもわからないというのに。まぁ、もし仮に別の世界に生まれ変わることがあるのだとしたら、私はそこでもメイドをしているでしょう」
彼女はテロリストである前に、一人のメイドであった。これが自分の天職なのかもしれないと彼女は感じていた。何だかんだで、この仕事が好きなのだった。
「あわよくば、カトリンや日葵様に会えることを願っています」
「そうか。言い残すことがあれば言え。聞いてやろう」
遺言を預かる。それがクレアなりの情けだった。
「そうですね……。では、ウィリアム様にお伝えください。ご迷惑をおかけして申し訳ございません……と」
ハナが最期に残した言葉。それは主人に対する謝罪の気持ちであった。
「わかった。伝えておく」
クレアは約束した。
そして、ついにその時はやって来た。
「ノーラ」
「はい」
「この女を殺せ」
「かしこまりました」
これから死ぬというにもかかわらず、ハナは穏やかな表情を浮かべているのだった。
肩の荷が下りたような、そんな気分になっていた。憑き物が取れたともいえる。
では、彼女は何を背負っていたのだろうか。
メイドとしての責任。テロリストとしての執念。あるいは、一人の人間としての使命なのか。
おそらく、これらのすべてだろう。そして、今はもう彼女に未練はない。
「破壊」に人生を捧げた女は、静かに死を待つのであった。
クレアの命令を受け、ノーラはハナを葬ることになった。
ハナは爆弾を身に着けている。それを起爆させることがないよう、刺激を与えずに殺さなくてはならない。
ノーラが取った手段は凍結であった。
「では、おやすみなさい。いい夢を」
次の瞬間、ハナの全身は氷に覆われた。
ノーラはあらゆるものを瞬時に凍らせる魔法を使ったのだった。
魔人は万能だ。人の殺し方も選り取り見取りである。
ハナは死んだ。これで敵はすべて消えた。
クレアの勝利である。
「ノーラよ」
「何でしょう、クレア様」
「鹵獲という言葉を知っているか?」
ニヤリと笑うクレア。
彼女にはまだするべきことが残っていた。
クズお嬢様は、ただ敵を倒して満足するような人間ではないのだ。
「この剣、私にも使えそうだな」
カトリンの死体の横に転がっている<ファルシオン>を拾い上げるクレア。
持ってみると、意外と軽かった。転生時に女神が用意した<最強の剣>は重くて持ち上げるだけで精一杯だったが、これなら持ち運びもしやすそうだ。
「とてもお似合いですよ」
「そうだろう。私も武器を持った方がいいと思うのだ。今回のように、私がお前のそばを離れてしまうことが、この先もあるだろう。一人になった時、自分で危険から身を守るための手段を備えておく必要がある。よって、私は自己防衛のために武装することにした」
クレアは戦闘向きではない。何か特別なスキルを持っているわけでもない。ただの人間だ。しかも非力で体力もない。
だが、敵はそんなことなどお構いなしに襲い掛かってくる。そういう時のために、武器を持っておく。無抵抗のまま殺されることがないように。
「私がこれを使うのは、最悪の場合のみだ。それ以外の時はお前が私を守れ。何があっても必ずだ」
「誓います。私はクレア様を必ずお守りいたします」
そう言って、ノーラはクレアの前で跪く。
主の願いを叶えるためにすべてを捧げる。それが魔人の使命だ。
「それはさておき、今日は助けに来るのが遅かったな。その分については、私がお仕置きしてやろう」
「はぁぁんっ! クレア様直々のお仕置き……! 未だかつてないご褒美ですっ!」
「喜ぶな!」
困ったメイドだ。クレアは今までメイドにお仕置きをしたことが何度もあるが、喜ぶ者は一人もいなかった。ノーラは変わった性癖を持っている。
お仕置きは屋敷に戻ってからだ。その前にウィリアムへ事件について報告を行う必要がある。
彼にとって最悪の結果を知らせなくてはならない。クレアは心苦しさを感じていた。
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