36:生と死
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もう後がなくなったハナ。奥の手を使ってカトリンを武装させたが、彼女はノーラに太刀打ちできぬまま喉元を刺されて息絶えた。それはまさに瞬殺だった。人間はたとえ強力な武器を使ったとしても、力勝負では魔人に勝てないことが証明された。
舞台はカトリンの血で真っ赤になっている。ステージの上に赤い血の海が出来上がった。
クレアは横たわる彼女の死体から目を逸らした。やはり何度見ても屍は好きになれない。むしろ大嫌いだ。
さっきまで元気に動き回っていたカトリン。だが、今はもう一言も発さない。どんな者も一瞬で無口に変えてしまう。それが死というものだった。
敵であれ味方であれ、誰かが目の前で死ぬのはいい気分ではない。一度死を味わっているクレアは、その恐ろしさを人一倍理解していた。だからこそ、彼女は誰よりも死を忌み嫌うのであった。
人が死ぬ瞬間を目撃するのは、これが三度目である。一回目は魔石ハンティングで仲間が魔族に食われた時。あれはクレアのトラウマだった。何度も夢にも出てくるほどの恐怖体験となった。
二回目はレーネを看取った時である。拷問を受けて衰弱していた彼女は、エリーの言葉を聞いて安心したのか、眠るように息を引き取った。
どのような形であれ、死は必ず訪れる。問題はそれがいつなのか、ということだ。
この殺伐とした世界を生きるクレアは、いつも死と隣り合わせの状況に置かれている。今日もノーラが来てくれなければ、ハナに殺されていたかもしれない。
死から逃れるには、相手を死に追いやるしかないという事実に気づいてしまったクレア。
殺すか殺されるかの世界。殺した数だけ生き延びることができる。彼女の未来は誰かの死によって成り立つのだ。
「無駄な抵抗はやめて、今度こそ降参してはどうだ? 命が惜しいと思わないか?」
「ふふ……。命ですか。そんなもの、惜しくも何ともありません。すぐにでも、あなたに差し上げましょう」
「おかしなヤツだ。とうとう狂ってしまったのか? ……いや、貴様は元から変だったな。残念だが、きっとそれは死んでも治らないだろう」
クレアは呆れるしかなかった。せっかく命だけは見逃してやろうと思ったのに、この女はそれを拒んだのだ。生きることに対する執着心が極端に薄いといえる。
「なぜ貴様は、命をあっさりと放棄するのだ? この世に未練はないのか?」
この女の思考回路は理解できない。どんなことがあっても生にしがみつき、死に抗おうとするクレアとは正反対の思考をハナは持っている。
「果たすべき目的があるからこそ、人は生きる意味を持つのです。夢や目標を失った人間に残されているのは絶望だけです。絶望に染まった私には、もう生きる理由などないのですよ」
ハナが目指しているのは世界の滅亡だった。そのために今までコツコツと計画を立て、命を燃やし続けてきた。しかし、それを邪魔する存在が現れ、計画は頓挫した。彼女が望む結末は、クレアとノーラによって阻止される。この二人を倒さなければ、ゴールには永遠にたどり着けない。そして、二人を倒すことは不可能だということを知ってしまった。よって、彼女の夢は完全に断たれてしまったのである。
「……さぁ、早く殺してください。私は逃げも隠れもいたしません。思い切りやってください。もし、あなたたちが何もしないというのなら、私はここで自爆します」
ハナはメイド服の下に爆弾を装着している。ここで起爆スイッチを押せば、クレアとノーラも吹き飛んでしまうだろう。そうならないためにも、今すぐ彼女を仕留める必要がある。
「クレア様」
ノーラはクレアにハナを殺害する許可を求める。
「ああ……。わかっている。だが、少し待ってくれ」
生きる意志の無い者を生かす必要はない。
……が、その前に。クレアはまだハナに聞きたいことがあるのだった。
彼女を葬るのは、その後でいいだろう。
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