35:奥の手
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「はぁー。ビックリしましたぁ~。お空からノーラさんが降ってきましたよ、ハナさん」
腰を抜かし、ステージの上で座り込むカトリンだったが、彼女はどこか楽しそうでもあった。スリルに興奮を覚えるタイプらしい。
「クレア様、お迎えにあがりました」
ハナとカトリンを無視して、ノーラはクレアに声をかける。
クレアは電気椅子による拷問を受け、すっかり疲弊していた。ぐったりした様子で椅子の背もたれに体を預け、空虚を見つめている。主人の哀れな姿を目にしたノーラは、「まぁ、酷い」と嘆くのであった。
もう少し早く到着していれば、クレアはこのような目に遭わずに済んだだろう。苦しい思いをさせてしまい、ノーラは責任を感じていた。
「申し訳ございません、クレア様。遅くなってしまいました。どうかこの失態をお許しください。何でもいたしますから……」
ノーラは跪きながら、クレアに許しを請うのであった。
「ぐっ……。ああ、まったくだ……。この私を待たせるとは、いい度胸をしているな、ノーラ……。これはお仕置きが必要だ。後であんなことやこんなことまでさせてやるから、覚悟しておけ」
「はい……」
ノーラは震えた。一体どんなお仕置きが待っているのだろう。
クレアが与える罰ならば、もはやどんなものでもご褒美になってしまうのだった。むしろそれが楽しみで、自らお仕置きを望んでいるようなものだった。
「はぁ、はぁ……。ゾクゾクしてきました……」
体を震わせるノーラ。想像するだけで快感を覚えてしまっている。
このメイド、何も反省していないようだ。
「どうしてここがわかったのです?」
ハナは珍しく焦っていた。動揺していることが見て取れる。ノーラがクレアの居場所をこんなにも簡単に突き止めてしまうとは思っていなかったからだ。
ノーラはハナの方に振り返る。ニコリと笑みを浮かべ、こう答えるのだった。
「匂い、ですよ。クレア様の匂いを辿れば、ここだとすぐにわかりました」
「ふざけたことを……。人間の嗅覚で居場所を探知するなど不可能です」
「ええ、そうでしょうね。人間の嗅覚なら……」
まだハナは知らない。目の前で笑うメイドが人間ではないということを。
彼女は魔人だ。魔人は人間の能力を凌駕する。人間にはできないことを可能にしてしまうのだ。
「ノーラさん。あなたは本当におかしな人です。常識がまるで通用しません」
「それはあなたもですよ、ハナさん。普通の人間があれほど高性能な爆弾を作ってしまうとは驚きです。特に地面に埋められていた時限爆弾は回路がとても複雑で、凍結するのに少々時間を要してしまいました」
「あの爆弾に気づいたというのですか……? では、三回目の爆発は……」
「起こっておりません。現場の皆さんは無事です。今も元気に消火活動をされていますよ」
ハナの計画は大いに狂ってしまった。当初の予定では、美術館の爆破から十五分後に、現場近くに埋めておいた時限爆弾が炸裂して、もっと騒ぎが大きくなるはずだった。この爆発で大勢の警察や消防、野次馬、さらにはウィリアムも一緒に始末するつもりだったのだが、それはノーラによって阻止された。
「なぜ地中に爆弾があるとわかったのです? これも匂いでわかったというのですか?」
「いいえ、違いますよ。私は電磁波にとても敏感なのです。磁場の強さが一か所だけ違っていたので、そこを掘ってみたら、たまたま爆弾が出てきた。それだけです」
ノーラは犬並みの嗅覚だけでなく、磁場を探知する能力まで有しているのだった。
何者なんだ、このメイドは。
ハナはますます混乱した。
「もちろん、あなたが服の下に爆弾を隠していることもわかっていますよ。いざとなれば、自爆されるおつもりなのですか?」
「……ふ、そこまでお見通しだったとは。驚きを通り越して恐怖すら感じます。心底気持ち悪い人ですね」
苦笑いをするしかなかった。ハナは追い詰められていた。
このメイドさえいなければ。このメイドがただの人間だったならば……。
彼女のテロ計画は失敗に終わった。ノーラというイレギュラーな存在を計算に入れていなかったことが原因だった。
何事も誤算はつきものである。すべてが計画通りに行くことは、滅多にない。しかし、ここまで逸脱した結果になるなんて、ハナは想像もしていなかった。
「これでチェックメイトだ。大人しく投降してもらおうか」
ノーラに電気椅子からの拘束を解いてもらったクレアは、ハナとカトリンに敗北を認めるように促した。
「ハナさん、どうしますかぁ?」
相談を持ち掛けるカトリン。彼女はハナの指示や助言がなければ、決断を下すことができないのだった。
「そうですね……。作戦は失敗に終わりました。ノーラさんはすべてお見通しのようです。敗色濃厚……といったところでしょうか。でも、まだ奥の手は残っています。こうなったら、最後までとことん戦うべきでしょう」
再びいつもの冷静な表情に戻るハナ。
彼女は諦めていなかった。まだ反撃の手段を隠し持っているらしい。
「じゃあ、やっぱりアレを使うんですね!」
目を輝かせるカトリン。ハナの意図を理解している様子だ。
「今からでも問題ありませんか?」
「大丈夫です! いつでもできますよ!」
「貴様ら、何を話しているのだ?」
クレアは二人の会話に割り込んだ。
ここから何をするつもりなのか。この状況で彼女たちに勝ち目などあるはずが……。
「すみませんが、私たちは投降するつもりはございません。ここでお二人に死んでいただくことにしました」
そう言って、ハナはカトリンの胸元に右手を当てる。すると、手のひらから魔法陣が現れた。
魔法陣は青い光を放ち、カトリンを覆う。
「武装術式、起動。鋼鉄の鎧を構築せよ――」
頑丈な鉄がカトリンの胴体を包み込む。彼女は鎧を纏った姿に変身した。
「武装術式、展開。ファルシオン、顕現せよ――」
一本の剣が生成される。包丁のような形をした銀の刃が光を放つ。
カトリンは武装状態となった。ハナの<機構創造>で鎧と剣を構築したのである。
「さぁ、カトリン。好きなだけ暴れていいですよ。そのファルシオンで二人を真っ二つにするのです」
「はい、ハナさん!」
ファルシオン。あらゆるものを断ち切る破壊力を持つ剣だ。力強く振り下ろせば、硬い岩や敵の鎧すらも打ち砕いてしまう。
カトリンはまずクレアを狙った。華奢な体をした彼女を頭から叩き切り、右半身と左半身にバッサリと分離させることにした。
「クレアちゃんの中身はどんな風になってるのかな?」
素早い動きで剣を振り下ろすカトリン。クレアは避けることもできず、ただ目を瞑るだけであった。
ガキィン!
金属どうしがぶつかる音が鳴り響く。
クレアが目を開けると、目の前にはノーラがいた。彼女はカトリンの攻撃を防いでいる。
ノーラの右手の甲からは刃が生えていた。これも魔人の力なのだろう。彼女は一瞬で武装することができるみたいだ。
「邪魔……しないでくださいよぉ」
「すみません。体が勝手に動いてしまうのです」
カトリンの剣を振り払うノーラ。彼女はファルシオンからクレアを守りつつ、敵の息の根を止める必要がある。
だが、ノーラにとってカトリンは脅威ではなかった。殺そうと思えばすぐに殺せる相手だった。
勝負を引き延ばす理由も特になかったので、ノーラはカトリンを死の世界へ招待することにした。
「終わりです」
ノーラはカトリンの喉元を刃で突く。
「ああっ……! ごふっ! かはっ、かはっ……」
声にならない声を出すカトリン。彼女の口と首から勢いよく血が噴き出す。
所詮は人間だ。魔人に勝てるはずもない。
血溜まりに倒れこんだカトリンは、喉元を抑えたまま絶命するのだった。
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