33:ハナの前世
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ハナの口から明かされた衝撃の事実。
彼女はクレアと同じく、異世界からやって来た存在であった。
「初めてお会いした時、あなたは制服を着ていましたよね。日本の学校の制服です。この世界の原住民で、あのような格好をしている人はいないので、あなたが学生で私と同じ転生者なのだとすぐに気づきました。この世界に転生するクズが自分以外にもいるということは、女神からあらかじめ聞いておりました。まさか、あのような形で『同胞』に遭遇するとは思いもしませんでしたが……」
クレアがハナと出会ったのは、彼女が転生したばかりの頃だった。荷馬車に乗せて帝都まで連れてきてくれた親切なおじいさんとウィリアム邸にタンスの納入に訪れた時だ。
あのタンスも爆破による火事で焼失してしまったのだろうか。だとしたら、とても切ない気持ちになる。何より、あのおじいさんが可哀想だ。自分が作った家具をウィリアムに褒められた彼は、とても嬉しそうな顔をしていたのだから。
「もしかして、貴様も日本人なのか……?」
「はい。私は日本生まれの日本育ちです。本名は犬神華世といいます」
劇場のステージに立つ犬神華世は、遠い目をしながら観客席を眺める。そして、自身の過去について語り始めた。
「私がこの世界にやって来たのは二年前のことです。それまではずっと、日本で暮らし、日本で働いていました」
彼女は前世でも今と同じような仕事に就いていたという。とある大企業の社長が所有する豪邸で炊事や洗濯を行うメイドとして働いていたのだった。
その家には、社長とその息子夫婦、それから孫娘の日葵という五歳の少女が一緒に暮らしていた。日葵の世話係であったハナは、よく彼女のためにお菓子を作った。日葵はハナの作ったお菓子が大好きだった。
ある日、ハナが庭で遊ぶ日葵を見守っていた時のことだ。
日葵は笑顔でハナのもとへ駆け寄ってきた。
「華世さん。これあげる」
「あら、それは何でしょう」
「いつも美味しいお菓子作ってくれるから、お礼だよ!」
渡されたのはタンポポの花だった。鮮やかな黄色に咲いている。
ハナはタンポポが好きだった。そのことを以前、日葵に話したことがあった。彼女はそれを覚えていてくれたようだ。
「ありがとうございます。お部屋に飾らせていただきますね」
日葵の頭を撫でるハナ。
彼女にとって、日葵は癒しの存在だった。お菓子作りに精を出すようになったのは、日葵がきっかけだった。日葵をもっと喜ばせたい。その想いから、さらに美味しいお菓子が作れるようになりたいと思い、練習を重ねたのだった。
「華世さん、大好き」
「私もですよ、日葵様」
幸せだった。心のオアシスに巡り会えたような気分だった。
あまり社交的ではなく、人との会話が苦手だったハナ。学生の頃は、まわりから「根暗女」と揶揄されていた。そのため、基本的に人間を信用することができない性格であった。でも、日葵だけは違った。この子は自分を受け入れてくれる。根暗でも無表情でも、それを悪く言ったりはしない。それどころか、いつも自分を肯定してくれるのだ。
これからも、この子のために頑張ろう。彼女はそう思った。
しかし、事件は起こってしまった。それはハナを狂わせる出来事であった。
日葵が何者かに誘拐されたのである。
しばらくして、社長の元に犯人から身代金を要求する手紙が届いた。
ハナは青ざめた。大切なものを奪われる苦しみと怒りが、胸の奥から込み上げた。
社長は愛する孫娘を取り返すため、即座に身代金を用意した。ハナは犯人が指定する場所までそれを運ぶことになった。
約束の時間になると、一人の男が日葵を連れて現れた。男は身代金が入ったアタッシュケースを受け取ると、日葵をハナに引き渡した。
「日葵様……!」
日葵は無事だった。怪我もなく、至って健康な状態であった。
大切な存在を失わずに済んだ。本当によかった。
ハナは神に感謝した。
それから、彼女は日葵と共に社長の元へ戻り、その役割を果たした。
「おお、日葵! よくぞ帰ってきてくれた。怖い思いをさせてすまなかった」
社長は日葵を強く抱きしめる。日葵の両親やハナを含む使用人たちは、その様子を涙ぐみながら見ていた。
「……おや? それは何だい、日葵」
ここで彼は彼女の首にリングのようなものが装着されていることに気づいた。
それは銀色の首輪だった。首輪にはタイマーが設置されており、デジタル数字で表示された時間がすでにカウントダウンを始めていた。
「おじさんが付けてくれたの。プレゼントだって」
その場にいる全員が戦慄した。
おじさんとは、つまり誘拐犯のことだ。
首輪は犯人が付けたもの。ただのプレゼントであるとは思えない。
謎のタイマー。近づくタイムリミット。
もし、それが時限爆弾だとしたら……。
「そうだ、日葵。今からお風呂に入りなさい。邪魔だからその首輪も外そうね」
嫌な予感がした社長は、すぐに首輪を取り外そうとした。だが、どうやってもそれが外れる気配はなかった。
「痛い……。やめてよ、おじいちゃん」
「何か切断できる道具を持ってきてくれ! もう時間がない!」
「は、はいっ……!」
ハナたち使用人は部屋を飛び出し、ペンチや鋸などの工具を取りに向かった。
「ああっ……日葵ぃ……」
日葵の母親はその場で泣き崩れた。
父親も狼狽えるばかりだった。
ハナが部屋を出た頃には、タイマーは残り三分を切っていた。それまでに首輪を外し、どこかへ投げ捨てなくてはならない。あれが本当に爆弾であるとしたら、日葵の命が危ない。
ハナは倉庫から工具セットを持ち出すと、全力疾走で日葵たちがいる部屋へ向かった。
「工具を持って参りました!」
これで何とか首輪を……。
そう思いながら、部屋に踏み入った瞬間。
ピピピピピーーーー!
首輪から大音量のアラーム音が鳴り響いた。
すでにタイムリミットを迎えてしまっていたのである。
「お、おじいちゃん……」
「日葵っ……!」
バァン!
首輪が爆発した。
日葵の頭はスイカのように割れて吹き飛んだ。
肉片が飛び散り、部屋中が血に染まる。
彼女の近くにいた社長も巻き添えになった。彼は顔面を負傷し、血まみれになっていた。
「うわああああああああああ! 日葵ぃぃぃぃぃぃぃ!」
胸元から上が無くなった日葵の亡骸を抱え、叫ぶ社長。
阿鼻叫喚の両親。部屋は地獄絵図と化した。
足腰の力が抜け、その場にへたり込むハナ。メイド服の純白なエプロンは血で真っ赤になっていた。
なぜだ……。なぜ彼女がこんな目に遭わなくてはならないのか。
彼女が何をした? 何もしていないではないか。それなのに、どうして……。
理不尽だ。意味がわからない。こんなのおかしい。
ハナは運命を呪った。
「この世に神などいない。だからこそ、こんなにも理不尽で残酷な運命が許されるのだと、あの時、私はそう思いました。もし神が実在し、それが慈悲深い存在であるならば、日葵様があのような形で亡くなることはなかったはずです」
冷めた目で語るハナ。またしても彼女は無表情であったが、その言葉には悲しみや怒りの感情が込められている。
「そうだな……。惨たらしい結末を迎える。そんな運命も確かにあるものだ。仮に神がいたとしても、ソイツはどこまでも無慈悲な神なのだろう。私たち人間の事情など、どうでもいいのかもしれん」
クレアもまた、理不尽で残酷な運命に翻弄された人間の一人だった。だからこそ、ハナの言いたいことは理解できる。おおむね同感だ。
「……だが、この私も貴様の事情などどうでもいい。貴様がどんな過去を抱えていようが、私が知ったことではない。私が生きているのは、この世界における今という瞬間だ。そして、現世でも前世でも、私はずっと私のままなのだ。貴様の都合に私を巻き込むな。そもそも、なぜ貴様は爆弾など作ったのだ? 爆破の目的は何だ?」
世界は理不尽。その点に関しては、クレアも同じ考えだった。
とはいえ、爆発によって命を奪われた人間がいるという事実を見過ごすわけにはいかない。彼らはハナの無慈悲な行為によって、強制的にその人生を終わらされたのだ。
理不尽な運命を呪うはずの彼女が、理不尽をもたらす側に回ってしまったのはなぜなのか。
「神無き世界に価値はない。理不尽な目に遭わされるくらいなら、自らの手で世界を終わらせようと思ったからですよ。それがきっかけとなり、前世の私はメイドからテロリストに転身したのです」
破壊する。理不尽な世界を自分の手で……。
そう考えた彼女は、奇しくも日葵を亡き者とした爆弾に惹かれていったのである。
すべてを吹き飛ばす。世界を丸ごと破壊する。それを可能とするのが爆弾だった。
ハナは爆弾作りに没頭した。何度も実験を重ねた。やがて、爆弾が炸裂する瞬間に快感を覚えるようになった。
見てみたい。世界が私の爆弾によって崩壊してゆく様を……。
テロリストと化した犬神華世は、破壊活動に人生のすべてを捧げた。
「ですが、私はテロ作戦に失敗し、命を落としました。それから女神に声を掛けられ、この世界にやって来たのです」
「破壊を続けるために……か?」
「そういうことです。たとえ舞台が変わっても、私の破壊衝動が消えることはありません」
やはり身勝手だ。こんなことを許すわけにはいかない。
「龍ヶ崎クレア。あなたは私にとって邪魔な存在です。今すぐ殺してしまいたいと思っています。ですが、あなたにはまだ利用価値があります。死にたくなければ、金づるとして私のテロ活動を支えると誓ってください」
馬鹿げた要求だ。誰がそんなものに従うものか。
クレアが望むこと。それは支配である。この世のすべてを自らの手で支配し、思うがままの人生を手に入れる。これが彼女の野望だった。
この女のバックアップになる気など一切ない。
「断る。貴様の都合に私を巻き込むなと、さっきも言ったはずだ」
「そうですか。まぁ、そう言うと思っていましたよ。あなたが簡単に私の要求に従うはずがない。ですが、こちらにも考えがあります。本当の交渉はここからですよ」
ハナはそう言うと、ポケットからとある装置を取り出した。
それは通信機だった。この世界に携帯電話は存在しない。したがって、彼女は遠く離れた人間と会話をするためにトランシーバーのような道具を開発したのである。
なぜそんなことができるのか?
爆弾や通信機。かなりの技術を必要とするオブジェクトをハナは作っている。
材料や知識がなければ、これらの製造は不可能だ。
この女は何者なのか。
「言い忘れていました。私は転生の際、女神からスキルを授かったのです」
「スキル……?」
転生前にクレアは女神からチートアイテムを受け取った。ノーラを呼び出す勾玉だ。
一方、ハナはチートアイテムの代わりにスキルを与えられたのだった。
「<機構創造>……。それが私のスキルです」
彼女がこの世界で爆弾と通信機を作ることができたのは、スキルのおかげだったのだ。
「この通信機は私の部下と繋がっています。その部下は今、あなたのメイド……ノーラさんのところにいます」
「何?」
「私がこれを使って彼らに指示を出し、その場でノーラさんを殺害させることもできるのですよ?」
ハナは笑った。初めて見せた笑顔だった。
それは邪悪な笑みであった。
「ノーラさんの命はこの私が握っているのです。そして、あなたの選択が彼女の運命を左右します。さぁ、どうか賢明なご判断を」
クレアはそれを聞くと、フッと笑った。
「それが脅しのつもりか……?」
「はい……?」
この女はノーラを甘く見ている。何もわかっていない。
ただの人間に魔人を殺すことなど、できるわけがないのだから……。
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