32:隠れテロリスト
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クレアは目を覚ますと、自分が今、廃墟となった劇場のステージにいることに気づいた。テープで口を塞がれ、両手首と両足首はロープで縛られている。声を上げることも身動きを取ることもできない。つまり、彼女は監禁状態にあった。
トイレから出ようとしたら、何者かに強襲されたのを覚えている。相手の顔を見る間もなく、彼女は腹を殴られ、そのまま気絶したのだった。
「ふぬっ……! むぐぐっ……!」
力ずくでロープを引きちぎろうとするが、びくともしない。頑丈な素材でできており、しかも固く結ばれている。困ったものだ。
しばらくクレアが一人で悪戦苦闘していると、舞台袖の奥から靴音が聞こえてきた。
誰かがこちらへ歩いてくる。
カツン、カツン……という足音と共に現れた一人の女。
彼女は黒いオカッパ頭で眼鏡をかけており、メイド服を着ている。
「おはようございます。ご気分はいかがです?」
ハナだった。ウィリアムに仕えるあのメイドだ。
彼女がなぜ、こんなところにいるのか。
「もごもご……! むぐぅー!」
必死に叫ぼうとするクレア。しかし、何を言っているのかわからない。
「はいはい。今剥がして差し上げます」
ハナはクレアの口元を塞いでいたテープをベリッと剥がす。
すると、クレアは息を思いきり吸い込み、強い口調でこう言った。
「貴様っ! これは何の真似だ? どういうつもりなのだ!」
「うるさいですね……。そんな大声で言わずとも、ちゃんと聞こえております」
いつもと同じくクールな表情で話すハナ。変わった様子は特にない。
相変わらず何を考えているのかさっぱりわからない。不気味な女だとつくづく感じさせられる。
「早く私を解放しろ。こんなことをして、タダでは済まさんぞ。貴様の主人に言いつけてやる」
「はぁ。そうですか……。ではそうなさってください。私は構いません」
「あまり舐めたことを言うでないぞ。貴様は私を怒らせた。後から命乞いをしても無駄だ」
もう謝っても遅い。主人の知り合いであるクレアに乱暴な行為をはたらいたのだ。そのことをウィリアムが知れば、この女はどうなってしまうことか。きっとクビは免れないだろう。
「目的は何だ? 答えろ」
なぜハナはクレアを拉致し、監禁することにしたのか。その理由を尋ねる。
すると、ハナは静かにこう答えた。
「あなたと交渉するためです。邪魔が入ると厄介ですので、誰もいない場所へあなたを連れ出す必要がありました」
「ほう。よくもまぁ、あんな手荒い真似をしてくれたものだな。で、貴様は私に何を要求するつもりだ?」
ウィリアムではなく、彼のメイドと取引を行うことになるとは思いもしなかった。
「龍ヶ崎クレア。今すぐ五千万用意してください」
「五千万だと……? 貴様は金が欲しいのか? この私から金を脅し取ることが目的なのか?」
「はい。その通りです。新しい爆弾を作る費用と今後の活動資金を集めるために今すぐ大金が必要なのです」
爆弾を作る。
この女は今、確かにそう言った。
「おかしいな……。私の聞き間違いか? 爆弾が何だって?」
クレアは半笑いになりながら、聞き返すのだった。
「私の趣味は爆弾作りです。自作の爆弾で人や建物を吹き飛ばす。それが楽しくて仕方がないのです」
とんでもないことを真顔で答えるハナ。
表情を変えることはない。冗談で言っているようには見えなかった。
「趣味は菓子作りだと言っていたではないか」
「それは表向きのものです。私は隠れテロリストですので、爆弾趣味はいつも伏せておりました。こんなことを話したのは、あなたとカトリンくらいです」
「相当頭がイカれているようだな、貴様は。隠れテロリスト? まさかとは思うが、ここ最近の爆破事件は貴様が関わっているとでも言うつもりか?」
呆れ顔で尋ねるクレア。
この女の話が一ミリも信じられない。次元が違う。何もかもが狂っている。
「ええ、そうです。お屋敷と美術館を爆破したのは私です。私は自分が作った爆弾の威力を試してみたかったのです」
ハナはまたしても真顔で答えた。
「だが、どうしてよりによって主人の屋敷を爆破したのだ? 何か恨みでもあったのか?」
「いえ、特には。ウィリアム様にはむしろ感謝しています。ですが、実験を行うのにちょうどいい大きさの建物でしたので、お屋敷を爆破することにしたのです」
とても身勝手な理由だった。そんなことで住処を失うことになったウィリアムには同情せざるを得ない。また、その爆発で屋敷の使用人が三人も亡くなっている。このメイドは彼らの命を何だと思っているのか。
「二番目のターゲットに美術館を選んだ理由も同じです。私がこの世界に来て作った二個目の爆弾は大量破壊型でした。美術館のような大きな建物を一瞬で吹き飛ばせる爆弾を作りたかったのですが、結果はイマイチですね。派手に燃えるように油を使ってみましたが、火は予想していたほど強くはありませんでした。もっと改良が必要でしょう」
「おい……。今、『この世界に来て』と言ったな?」
まるで別の世界からやって来たかのような言い回しだ。
クレアはそれを聞き逃さなかった。
「はぁ。もはや隠す必要もありませんね。では、正直にお話しましょう」
ハナはクレアの目を見ながら、こう言った。
「実は私もあなたと同じ『転生者』なのですよ」
「なっ……!」
まさかである。
彼女はなんと、この世界の住人ではなかったのだ。
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