28:爆破事件
感想をお待ちしております。
日曜日の昼下がり。クレアのもとに衝撃的なニュースが飛び込んできた。昨日の夕方、ウィリアム・クラークの屋敷が何者かによって爆破されたのである。
爆発による火事で屋敷は全焼し、焼け跡から三人の遺体が発見された。この屋敷に仕える使用人たちと見られている。なお、仕事のため外出中であったウィリアムと彼に同行していたメイド二人は無事だった。
爆破直前、クラーク邸の周辺で怪しい動きをする人物が近隣の住民によって目撃されている。警察はその人物の行方を捜しているが、今のところ有力な情報は得られていない。
「参ったよ……。まさかこんなことになるなんてね。私は誰かに恨まれているのだろうか」
ソファに腰掛けながら、ガックリとうなだれるウィリアム。
彼はメイド二人と共にクレアの屋敷を訪れた。今は応接室でクレアと二人きりで面談を行っている最中だった。
ノーラが応接室に入ってくる。彼女はクレアとウィリアムに紅茶を差し出すと、すぐにまた部屋を出て行った。
「気の毒だったな。心中を察する」
クレアは見舞いの言葉をかけた。屋敷を失った辛さは彼女にもよくわかる。だが、彼の場合は事情が違った。屋敷そのものが消え失せたのだ。失われたものは二度と戻らない。建物の中にあった家具や財産はすべて吹き飛び、使用人の命まで奪われた。深い悲しみを感じずにはいられないだろう。
気を落とすウィリアム。その姿はいたたまれなかった。何と言って彼を慰めればいいのか、クレアにはわからなかった。
「今日はクレア殿に依頼があって来た。どうか、君の力で実行犯を捕えてほしい。犯人は今も逃走中だ。もしかすると、また同じような事件が帝都で起こるかもしれない。市民の安全を守るためにも、一刻も早くその人物の身柄を確保しなくてはならない」
「警察よりも先に……か?」
「そうだ」
爆破事件。それは彼女にとって無関係ではなかった。次は自分が被害者となる可能性もあるからだ。
だが、クレアはただの一般市民だ。警察に任せておけばいい話なのに、わざわざ彼女に依頼するのはなぜなのか。
「今回もワケありのようだな」
「ああ、そういうことだ。理解が早くて助かるよ」
「具体的にどんなワケがあるというのだ?」
肝心な部分を聞いておきたい。クレアは追及した。
「実は昨日……爆破当日の朝に手紙が届いていたんだ」
「手紙だと……?」
「屋敷の爆破を予告するものだった。あと、私の命を狙っていることも書かれていた。だが、私が気になったのはそこではない。注目すべきは、差出人がクレア殿の名前になっていたということだ」
「私が……? 待て。そんな手紙を書いた覚えはないぞ」
クレアは本当に手紙を書いていない。たとえ冗談でもやっていいことと悪いことがある。そのくらいは理解していた。
「もちろん最初からわかっていたよ。君がこんな真似をするはずがない、と。何者かがクレア殿の名を騙って手紙を書いたに違いない。だが、これは君の名誉に関わる問題だ。この手紙の存在が世間に知れたら、どうなるかわからない。それに、犯人はまたクレア殿の名前を使って、他の誰かに予告状を送り付けるかもしれない。よって、君に疑惑の目が向けられる前に事件を解決しなければならないのだ」
厄介なことになった、とクレアは思った。
どうしてその者は彼女の名前を使って爆破予告をしたのだろうか。
犯人はクレアのことを知っている人物ということになる。だが、クレアはすでに帝都では有名人だ。よって、これだけでは犯人を絞り込むことは難しい。
クレアに個人的な恨みを持っている。だから、彼女を困らせるためにやった。そう考えることもできる。ともかく、その人物を放置しておくわけにはいかないということは確かだった。
「報酬はこの前の三倍支払おう。君の名誉を守るためだと思って引き受けてくれないだろうか」
「いいだろう。全力を挙げ、必ず犯人を捕まえることを約束しよう」
二人は握手を交わした。
これで交渉成立だ。
一方その頃、ノーラとエリーはウィリアムについてきたメイド二人とリビングで談笑していた。テーブルには紅茶とクッキーが並んでおり、それはまるで女子会のような雰囲気だった。
「へぇー、ハナさんってお菓子作りが趣味なんですね」
興味を示すエリー。
「はい。子供の頃からずっと」
淡々と答えるハナというメイド。眼鏡をかけたオカッパ頭の和風美人だ。
彼女はノーラが淹れた紅茶を静かに啜る。
「ハナさんは本当に凄いんですよ! お菓子も上手ですし、もちろんお料理も美味しいです。あと、お洗濯もお掃除もお裁縫も完璧なんです! 私、とても憧れちゃいますぅ!」
そう言ってはベタ褒めするのはハナの後輩メイドに当たるカトリンという少女。
フワフワとした茶色の髪と垂れ目をしており、愛くるしい容姿の持ち主だった。
カトリンはノーラが焼いたクッキーをさっきからずっとパクパク食べている。どうやら、かなり気に入っているようだ。大皿に乗っていたクッキーはほとんど彼女が食べてしまった。
「そういうことなら、うちのノーラさんも負けなてないですよ」
「あらあら、いきなりどうされたのですか? エリーさん」
「だって、ノーラさんって、何でもテキパキやっちゃうから。これがいわゆる完璧超人なんだなぁって……」
「いえいえ。普通ですよ」
ノーラは笑顔で否定した。
彼女は超人ではない。魔人だ。人間ではなく、魔の力を宿す存在だ。
「ハナさんはナンバーワンのメイドです! ハナさんより優秀なメイドなんていません!」
尊敬する先輩を必死で持ち上げるカトリン。
なぜかやたらとノーラに張り合わせようとしてくる。
「大袈裟ですよ、カトリン。私は至って普通です」
「んもー、照れなくてもいいじゃないですかぁ」
「別に照れていませんが」
その言葉の通り、ハナは特に顔を赤らめたり口元を緩ませることもなく、冷静に否定した。
「ところで、ノーラさん。こちらの紅茶は何の茶葉を使っていらっしゃるのですか?」
今度はハナが問う。
彼女は今まで飲んだことがない味の紅茶に関心を持ったようだ。
「カナリア市場で売られていた『クレア』という品種の茶葉を使っております。主人と同じ名前なので、思わず買ってしまいました」
「そうですか……」
茶葉の名前を聞いた瞬間、ハナが不機嫌そうな表情を見せたのをノーラは見逃さなかった。だが、すぐに元の様子に戻ったので、ただの気のせいかもしれない。
「この紅茶、とっても美味しいです。おかわりいただけますかぁー?」
「はい。もちろんです」
「はしたないですよ、カトリン。少しは遠慮しなさい」
ノーラは立ち上がり、ポッドを手に取った。
そして、空になったカトリンのティーカップにゆっくりと紅茶を注ぐ。
湯気と共に甘い香りが広がる。カトリンはそれを吸い込み、「ん~」と声を上げた。
「どうぞ」
「ありがとうございまーす」
ゴクゴクと紅茶を飲むカトリン。
「美味しぃ~」
「それは何よりです」
ノーラは微笑みながら、もう一度カトリンのカップに紅茶を注いだ。
すると、またカトリンはそれを一気に飲み干した。
「もう一杯ください!」
「はい」
どれだけ飲むんだ……と、エリーとハナは思った。
「この紅茶、今度私たちも買いに行きましょう、ハナさん!」
「好きにすればいいじゃないですか」
「ハナさんも一緒に行きましょうよ~」
「どうして私まで……」
カトリンはハナの腕に抱き着いた。それに対し、ハナは面倒くさそうな顔を浮かべていた。
「この二人、仲良いよね」
と、エリーが言う。
「そうですね。まるで私とクレア様のようです」
「え……? あ、うん。そうね……」
和やかな雰囲気でメイド四人による女子会は続いた。
お読みいただきありがとうございます。
感想をお待ちしております。




