27:帝国の女王
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ここは帝都西部にある処刑場。殺人や国家への反逆行為などの罪を犯し、死刑を宣告された者たちが裁きを受ける場所だ。
執行現場は屋外にある。テニスコートほどの広さだが、四方をコンクリートの壁で厳重に囲まれているため、重苦しい空気が漂っている。また、近くの山から吹き降りる風が突き刺さり、地面から時折、枯葉や砂ぼこりが舞う。
どんよりとしたねずみ色の分厚い雲に覆われた空の下で、今から一人の男に対して斬首刑が執行されようとしている。彼は強盗と殺人の容疑で逮捕され、死刑判決を受けたのだった。
この国の処刑方法はこれまで、絞首刑が主流であったが、近頃は斬首や火あぶりなどの残虐な手段が用いられるようになった。帝国政府に逆らった者は特に扱いが酷くなり、拷問の後に処刑される形となっている。
「これより、刑を執行する」
淡々とした声と表情で、処刑人が宣言する。
受刑者の男は目隠しをしながら正座しており、両手首をロープで縛られた状態で背中に回している。
執行直前になり、男は目隠しを外された。
視界を取り戻した彼の眼に飛び込んできたのは、何もないもの寂しい景色だった。
これから自分は殺される。殺されるためにここまで歩かされてやって来た。
思い残すことは……やはりまだある。だが、今さら何を考えても無駄だ。ここで泣きながら懺悔をしても罪は消えない。刑が取り消しになることもない。
すべてを悟った男は無言を貫くのであった。
処刑人は刀を両手で握り、刃の先を受刑者のうなじに軽く当てる。そして、腕を高く上げた。
「ふんっ!」
刀が振り下ろされる。次の瞬間、男の首は地面に落ちた。
コロコロと転がる頭部。残された胴体から流れ出る血。鉄の臭いが漂い始める。
刃に付いた血を水に濡れたタオルで綺麗に拭き取る処刑人。彼はこれまでに何人もの首を斬り落としてきている。
罪人に死をもたらすことが彼の仕事だ。残虐な行為だと思っているが、斬首刑の実施は帝国政府が決定したことなのだから、それを拒否するわけにはいかない。
残虐刑が犯罪の抑止に繋がる、という考えに基づき、このような方針が取られることになったのだが、現在も帝都の治安は悪化の一途を辿るばかりだ。窃盗や殺人などの犯罪件数が急増しており、景気の悪化も相まって、国民の不安はさらに膨れ上がっている。
どうして、この国はこんなことになってしまったのか。昔はもっと平和で穏やかな国だったはずなのに。文明の発展に伴い、人々の生活は劇的に向上した。明るい未来が待っているものと思われた。しかし、今はもうお先真っ暗ともいうべき状況に陥っている。国民は帝国の未来を案じており、すっかり希望が持てなくなっていた。
きっかけは二年前に起きたクーデターだ。
帝国の国王と王妃が暗殺されるという事件が発生したのだ。
それは国王の誕生日を祝うパレードでの出来事であった。
馬車に乗った国王と王妃が祝福に訪れた国民たちに向かって手を振っていた時、剣を持った一人の男がどこからともなく現れ、国王夫妻を切りつけた。
男はその場で取り押さえられた。しかし、この事件は彼による単独犯ではなかったのだ。男はあくまで末端の人間であり、その背後には国家の転覆を企てる組織が存在していた。
そのクーデターに関与していた人間が後から続々と見つかり、彼らは漏れなく死刑となった。だが、すべての関係者が捕まったわけではない。残党勢力は今も帝国内に潜伏しているものと思われる。
国王の死後、娘のティアナ王女が、女王に即位して帝国を治めることになった。しかし、即位時の年齢はわずか十五歳。政治能力はお世辞にも高いとは言えなかった。
ティアナ女王はさらなる反逆を恐れた。よって、取り締まりを強化することになった。弾圧的な政策が次々と実施され始め、国民の暮らしを締め付けるのだった。その結果、帝国に惨状をもたらすこととなった。
「その者は我が帝国の安寧を脅かす極悪人です。よって、死刑を命じます」
女王はためらいもなく死刑を宣告する。
疑わしい者はすべて罰する。帝国政府への反逆者は問答無用で死刑となる。国民への見せしめとして、反逆者の公開処刑を行うようにもなった。
冷酷な女王の暴虐によって大きく揺れる帝国。彼女に対する国民の怒りと不満が募るのは当然のことであった。
だが、女王に批判的な態度を取った者も処刑されるため、誰も文句は言えないのだった。帝国を狂わせた元凶は明らかであるが、それを食い止めることは不可能だ。
現在、女王のティアナは十七歳であり、国の頂点に立つ者としてはまだ若すぎる。それでも、彼女の独裁体制は確固たるものとなっている。彼女に逆らう家臣はいない。皆が忠誠を誓っている。
「この国の未来は我々の手にかかっているのです。女王の名において命じます。すべてを帝国に捧げなさい。逆らう者に明日はありません」
女王は臆することなく振る舞い続ける。
それにはある女の存在が影響していた。
ティアナが即位して間もない頃、その女は突如として現れた。
彼女は女王の側近として活躍しているが、その正体は謎に包まれている。出身地や年齢、国籍さえも不明の人物だ。
そんなどこの馬の骨とも知れぬ存在が、国家の運営を手助けしているわけだが、ティアナは彼女のおかげで、ここまで力を振るい続けることができているといってもいい。公の場ではどんな時も強気の姿勢を崩さないのだった。
しかし、そんな女王も彼女の前では弱みを見せる。
「陛下。今夜はもうお休みになられてはいかがですか」
女王の側近である女が言った。
白銀の髪を肩まで伸ばした執事服姿の女。整った美しい顔立ち、白い肌、透き通るような碧眼。見た目は二十代前半くらいだ。
帝都の中心にそびえ立つ王城にて。
夜も更けた頃、女王ティアナは寝室で物憂げな表情を浮かべながら、窓の外を眺めていた。
腰まで伸びた赤茶色の髪。切れ長の目。細い体。
美少女と呼ぶに相応しい容姿を持っている。今は亡き母、ヴァネッサ王妃譲りの美貌だった。
「眠れないのよ。なんだか心がざわついているわ。とても不安で落ち着かないの。リタ、いつものアレをお願いしてもいいかしら? そうすればきっと、今夜も眠れるはずだから……」
「かしこまりました、陛下」
リタと呼ばれたその執事服姿の女は、ティアナのそばへ歩み寄る。
「では、失礼いたします」
そう言って、彼女は女王の身体をそっと抱きしめた。それから優しく頬を撫で、しばらく見つめ合った後、その唇に自らの唇を重ねる。
ティアナは小さく声を漏らした。だが、リタはそれに構わず唇を重ね続ける。それから、いったん離し、再びくっつける。その繰り返しだった。
二人は何度も何度も唇を重ね合う。ティアナの気が済むまで。
「もう大丈夫……。かなり落ち着いたわ。ありがとう」
ようやく口づけが終わる。
ティアナはベッドで横になった。
「では、お休みなさいませ。明かりを消します」
「待って……」
ティアナがリタの裾を掴む。
「はい」
「もうしばらく、ここにいてほしいの。私がちゃんと眠れるまで、ここで見てて」
「かしこまりました」
リタはベッドに腰掛ける。
目を瞑って眠ろうとするティアナを見守ることになった。
「リタ」
「何でしょう」
「私は……この先、どうすればいいのかしら。どう振る舞っていくべきなのかしら」
「今のままで大丈夫です。陛下は十分立派にやっておられます」
そう言うと、リタはティアナの頭を撫でた。
「とても立派です。頑張っておられます」
「えへへ……」
ティアナの表情が緩む。
他の家臣や国民たちは、これがあの冷酷な女王が見せる顔だとは思わないだろう。きっと想像することもできないはずだ。
リタの目は優しかった。それを見たティアナは安心して眠りに落ちるのだった。
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