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革命のクレア ~魔人と契約したワガママお嬢様は異世界で無双する~  作者: 平井淳
第三章:異世界テロリスト

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26:欲望の味

感想をお待ちしております。

 空き家だった古い屋敷を買い取り、そこを拠点にして活動を始めたクレア。もう一度、大きな家に住みたいという願望を叶えた彼女は、自らの異世界ライフに充実感を覚え始めていた。


 前世では屋敷を手放すことになった苦い思い出がある。だからこそ、今のこの生活に大きな価値があると感じているのだった。

 

 よく晴れた土曜日の午後。クレアはティータイムを迎えていた。せっかくなので、今日は屋外で紅茶を飲むことにしたのだった。


 天然の芝が生い茂る大きな庭に出てきた。そこには木製の白いテーブルとイスが置かれている。おそらく、前の住人が残していったものだろう。クレアはそこに腰掛けながら、ノーラが淹れた紅茶を味わう。


 砂糖がたっぷり入った甘い紅茶に輪切りにしたレモンを浮かべる。これが彼女のいつもの飲み方だった。甘いものが好きなので、紅茶も甘くしている。


 そよ風が気持ちいい。クレアの長い黒髪をファサッと揺らす。たまにはこうして外でお茶をするのも悪くない。これからも晴れた日は定期的に庭でティータイムをしよう、と思った。


 このように、今日もクレアは優雅な一日を過ごしている。前にいた世界よりも文明が劣っているので、不便な部分も多いが、ここでの暮らしには幾分か慣れた。「住めば都」というものだった。


 ネットやテレビがないため、情報の収集が前の世界よりも難しいが、この世界にも新聞はある。ここ最近、クレアは毎朝新聞を読む習慣がついた。彼女は常にアンテナを張り巡らせ、世間の動きに対して敏感に反応するようになった。金儲けに繋がる話がどこかに落ちていないか、素早く察知するためである。


 また一口、紅茶を飲む。レモンの果汁が染み出して、より味わいが濃くなっていた。

 

 それから間もなくして、ノーラがおやつを持って現れた。

 運ばれてきたのは彼女特製のアップルパイだった。焼きたてなので、まだ温かい。


 「何やら甘い香りがすると思ったら、これを焼いていたのか」


 アップルパイはクレアの好物だ。ティラミスの次に好きなお菓子だった。


 「エリーさんが昨日リンゴを買ってきたので、それを使ってみました」


 連続行方不明事件の解決後、エリーという金髪の少女が使用人として新たに仲間に加わった。


 クレアの世話係はノーラがこれまで通りに務めているが、買い物や洗濯、庭の草むしりなどの仕事はエリーに割り振られることになった。


 「冷める前にどうぞ」

 「ふむ。いただこう」


 クレアは小皿に乗った一切れのアップルパイをフォークで一口サイズに裂いて食べた。


 「お味はいかがですか?」

 「うむ。非常にいい。リンゴはそのまま食べても美味いが、こうしてデザートに使うのも悪くないな。これからも頻繁に作ってくれ」

 「それはよかったです。また作らせていただきますね」


 クレアから好評をもらうことができ、ノーラは笑顔になった。

 ご主人様の喜びこそが、しもべである彼女の喜びだった。


 「ところで、エリーは今どこにいるのだ?」

 「裏庭で掃除をされています。お呼びしましょうか?」

 「そうだな。そろそろ休憩時間だ。アイツにもこれを食べさせてやれ。ああ、ついでにお前も食べてみてはどうだ? いつも作るだけ作って、自分では食べていないだろう?」


 ノーラはいつも料理やデザートを作り、クレアに提供している。その味は絶品だ。

 だが、彼女が自分の作った料理を口にしているところをクレアは見たことがなかった。たまには食べればいいのに、と思っていた。

 

 「私は結構です。魔人には人間の食べ物の味などわかりませんから」

 「わからないのに美味いものが作れるとは驚きだな。まさか、途中で味見もしていないというのか?」

 「はい。味見などせずとも、その食べ物が人間にとって美味しいものかどうか、色を見ればわかるのです」

 「色……だと?」


 クレアは興味を示した。

 魔人の感覚は謎だった。人間とは何かが根本的に異なっている、と感じていた。


 「人間が美味しいと感じるものは、特有の色を放っているのです。私はその色に近づけるようにして調理を行います。あとは食べる人の好みに合わせて調味料や香辛料を調整するだけです」

 「わからん……。料理の色など何も見えないぞ」


 やはりクレアにはノーラの感覚は理解不能であった。


 このメイドは人間ではない。人間と似たような姿をしているが、中身は全くの別物だ。

 あいにくクレアは魔人という生き物について詳しく知らない。その生態系は不明だ。だが、きっと人間と共通する部分もあるはずだ。たとえば、魔人も人間同様、快楽を求めたりするのではないだろうか。


 「美味いものも美味いと感じられないなんて、魔人は不幸だな。食は人間にとって一番の快楽だ。お前たち魔人は何を快楽として生きているのだ?」

 「人間と同じですよ。魔人にとっても、食こそが最大の快楽です。ですが、我々が味わうものは人間の『感情』です。私はクレア様から溢れ出る『欲望の蜜』を日々啜りながら生きているのです」

 「欲望の蜜だと……? はっ、そんなものをお前のために絞り出してやった覚えはないのだが」


 そもそも、どうすれば絞り出せるのか。やろうと思ってできるようなことではない気がする。


 「自覚されていないだけですよ。人間からは常に『気』が流れ出ています。それは感情に起因するものです。私はその感情の中でも、欲望を発端とするエネルギーを食らうのです」

 「そういえば、前にもそんなことを言っていたな。それで、その欲望の蜜とやらは、どんな味がするのだ? そんなに美味いのか?」

 「ええ、それはもう……。一度味わえば、二度と忘れられなくなります。私がクレア様に惹かれる理由はたくさんありますが、そのうちの一つは、クレア様から出ている蜜の味が、他の人間よりも極めて濃く、甘く、病みつきになるからです。初めて森でお会いした時、私は衝撃を受けました。これまでにない快感を得たのです。クレア様の欲望はそこらの人間とは比べ物にならないほど、強くて大きいのですよ」


 他の人間よりも欲望が強い。言われてみれば、確かにそうかもしれない。

 クレアは父親のおかげで、昔から何でも自分の望みが叶った。そして、もっともっと多くのことを望むようになっていった。


 だが、父の死により、持つものを捨てることになった。人生で最大の苦痛と屈辱を味わった。

 受け入れることができない現状に不満を抱えていた。そして、是が非でも取り戻したいものがあった。


 そういった経緯から、彼女はさらに貪欲になった。不満の原因を破壊し、あらゆるものを支配したいという欲求が芽生えた。


 この世界にやって来た理由も同じだった。前世の未練をかき消し、失ったものを取り戻し、すべてを自分のものにしたい。そういった感情があったからこそ、クレアは今ここに立っているのだ。


 ノーラという魔人を呼び寄せたのは偶然ではないのかもしれない。クレアとノーラの邂逅は必然だった。定められた運命であったともいえる。


 「ああ、そうだ。私は欲望の塊だ。だから喜べ。私はこれから、この世界で、欲望の限りを尽くす。そして、お前を蜜の海で溺れさせてやろう。存分に舐めろ。一心不乱に、無我夢中に、犬のように這いつくばりながら蜜を舐めるのだ。私はその無様な姿を見て笑ってやる。どうだ、光栄だろう?」


 クレアは笑っていた。

 

 「はい。とても嬉しいです。愛しております、クレア様」


 ノーラも笑った。


 この二人は何かが通じ合っている。利害が一致しているから、というだけではない。

 ワガママな性格のクレアと、どこまでも従順なノーラ。そんな二人だからこそ、相性がいいのかもしれない。


 「……で、お前が私に惹かれる他の理由は何なのだ? 詳しく教えてもらおうか」

 「そんなの……決まってるではありませんか……」


 顔を赤らめ、モジモジとするノーラ。


 「言ってみろ」


 ふん、と鼻で笑いながらクレアはノーラに回答を促した。

 

 「クレア様が可愛いからですよ!」


 そう言って、ノーラはクレアに抱き着くのだった。


 「な、何をする! やめんか!」

 「ん~! 可愛いぃ~! 食べちゃいたいくらい可愛いぃ~!」


 頬っぺたをスリスリさせながら、ノーラはクレアへの愛を露わにした。

 その姿はまるで、主人に尻尾を振りながら甘える犬のようだった。


 「えっと……二人とも何やってるの?」


 裏庭の掃除を終えたエリーがやって来た。

 じゃれ合う二人を見て困惑を隠しきれない様子だった。


 見てはいけないものを見てしまったような気がした。エリーは戸惑っていた。

 この二人って、もしかして……。


 エリーはジト目でクレアとノーラが密着する様を眺めている。


 「おい! その目は何だ! 何を勘違いしているのだ?」

 「その……何というか。クレアとノーラさんって、そういう関係なのかなぁーって……」


 本音を正直に伝えるエリー。

 疑惑を追及したいわけではない。だが、この「何とも言えない」光景を目にしてしまった以上、事実関係をはっきりさせておきたかった。

 

 「ち、違う……! 私たちは断じて……」

 「はい! そうです! 私とクレア様はそういう関係です!」

 「おい! ややこしくするな!」


 ワガママなロリお嬢様とミステリアスな美人メイド。

 その二人は白昼堂々、庭先でイチャイチャしてしまうほどの仲で……。


 とんでもない家に来てしまった。

 エリーは改めてそう思ったのだった。

 



お読みいただきありがとうございます。

感想をお待ちしております。


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