23:新たなる決意
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「いやぁ、本当に見事だったよ。お二人に頼んで正解だった」
ウィリアムは手柄を上げたクレアとノーラを屋敷に招き、称賛の言葉を贈った。
「当然のことだ。また何かあれば、私に言うがよい。どんな依頼でも引き受けよう」
「恐れずに突き進むお姿、感服いたしました。さずがクレア様、見事な采配でしたよ」
ノーラは主の活躍を褒めちぎる。まるで信者のような言動である。
確かにクレアは強気だった。彼女は何も恐れることなく潜入調査に踏み切った。だが、それが可能であったのはノーラの存在があったからである。
クレアは魔人という最強のカードを持っている。何があっても魔人が必ず守ってくれる。それゆえに、彼女は常に攻めの姿勢を貫くことができた。
前世でも同じだった。父・恭一が生きていた頃、クレアは彼の後ろ盾があったおかげで、いつも強気で振る舞うことができた。まさに怖いもの知らずで無敵のお嬢様だった。
そして、今はその時の状態に似ている。暴君お嬢様の復活も近いといえるだろう。
「ローラントは魔石を大量に持っていた。私はそれに目を付けた。駆け出しハンターのアイツが、いつもあれだけ多くの魔石を拾ってくるのは、どう考えてもおかしかった。魔石はそんな簡単に集められるものではない。これにはきっと裏がある。アイツの背後には大量の魔石を用意できる存在がいる、と私は考えたのだ」
クレアは今回の調査について、その概要を語り始めた。
「それで魔族との繋がりを疑ったというのだね?」
「そうだ。魔族が住む森の奥で、危険を冒すことなく、自由に魔石を拾い集めることができる存在……。それは魔族自身だ」
魔族の生活領域の中心部に人間が踏み込むことは滅多にない。凄腕の魔石ハンターですら、近づこうとはしないのだった。たとえそれが昼間であっても。
そんな場所にこそ、たくさんの魔石が誰にも拾われないまま放置されている。だけど、それを拾いに行くにはかなりの勇気がいる。
では、もしそれを代わりに拾ってきてくれる存在がいたとすれば……。
もし、魔族に魔石を拾わせることができたとすれば……。
もちろん、魔族もタダでは言うことを聞いてくれないだろう。よって、相応の対価を用意しなければならない。それが「エサ」となる人間であった。
ローラントはハウスメイドを次々と雇っていた。就職難の帝都で立て続けに求人を行っているのは、帝国主体の建設事業くらいである。にもかかわらず、ローラントは繰り返し、人員の募集を行うのだった。果たして、屋敷にそれほど多くのメイドが必要といえるだろうか。
かつて、屋敷でメイドに囲まれながら生活をしていたクレア。メイドは必要最低限の人数がいればいいと考えていた。そんなにたくさん雇っても仕方がない。暇を持て余すメイドが必ず出てくるからだ。
ましてやローラントは屋敷に一人で住んでいる。主人単独の世話ならば、せいぜい二人のメイドがいれば十分だった。にもかかわらず、彼は新しいメイドを雇い続けた。
そして、彼に雇われたメイドは後から消息を絶っている。一体彼女たちはどこへ消えたのか?
ローラントの屋敷で働いていた少女たちが、魔石と引き換えに魔族のエサにされていると考えれば、すべてのつじつまが合う。したがって、クレアはローラントが少女を魔族に差し出す瞬間を抑えれば、事件の真相解明につながるのではないかと考えたのである。
「魔族の活動時間は夜だ。そして、ローラントが魔族と接触するのも夜である可能性が高い。だから私は、夕方以降のヤツの行動を監視することにしたのだ」
すると、クレアの予想は見事に的中した。ローラントは夜になると、馬車を走らせて森へ向かったのだ。
その馬車には少女も乗っていた。縄で拘束された状態で。
森に到着すると、そこでは魔族が待っていた。その魔族がローラントを襲うことはなかった。
彼らは何やら会話をし始めた。言葉を交わして意思疎通を行っているのだ。
魔石を受け取るローラント。代わりに生贄の少女を差し出した。
……ビンゴだ。これが決定的な証拠となった。
まずは魔族に食われる前に少女を助ける必要があった。
ノーラが魔族の首を斬り落とし、息の根を止める。これで少女の安全は守られた。
そして、クレアはローラントに投降を命じるのだった。
ローラントは抵抗を見せたが、ノーラによってあっけなくボコボコにされてしまった。
「まさかあの森に人がいるとは、アイツも想像していなかっただろうな。あの時の驚いた顔はとてもマヌケで面白かったぞ」
クレアは思い出し笑いをした。
「ローラントは今どうしているのだ? もう死刑は執行されたか?」
「いや、まだ取り調べは続いているよ。警察も彼には聞きたいことがたくさんあるみたいだからね」
連続行方不明事件の黒幕であるローラントは、クレアによって身柄を確保された後、警察に逮捕された。
彼は取り調べを受けることになり、ゲッソリとした表情で事件の真相を洗いざらい供述したのだった。
なお、ノーラに殴られた彼の顔面は、数日経っても腫れたままであったという。
事件の被害者、すなわち、彼の屋敷で雇われた少女は全部で十三名。そのうち、エリーを除く十二名が死亡した。
ローラントに殺害された者が六人。魔族に食われた者が五人。そして、衰弱死したレーネの一人。
彼女たちは命を弄ばれ、苦しみを味わいながら最期を遂げた。これは人間の尊厳を踏みにじった凶悪な事件として、後世に語り継がれることになるだろう。
ローラントは取り調べにて、自らが殺害した少女たちの遺体を屋敷の裏庭に埋めたと説明した。
その後の調査で彼の供述通り、屋敷の裏庭から六人分の遺体が発見された。
腐敗が進んでおり、白骨化しているものもあった。どれが誰の遺体なのか判別することができない状態になっていた。
事件の被害者のうち、捜索願が届けられていたのは計七名で、実際の被害者数よりも少なかった。なぜなら、行方不明者として認識されていたのは、あくまで帝都出身の少女たちだけであったからだ。エリーやレーネといった地方から来た者は、捜索願が出されていなかったのである。
エリーの家族は既に死亡しており、レーネの家族も帝都に出稼ぎに出た彼女がまさか行方不明になっているとは思いもしなかった。だから、彼女たちを探す者は誰一人としていなかったのである。
レーネの遺体は故郷へ送り届けられた。棺の蓋を開けた途端、彼女の両親は、その場で泣き崩れたという。四人の妹たちも姉の亡骸に寄り添って、声を上げて泣いていたそうだ。
ローラント逮捕から一週間が過ぎた。クレアはウィリアムから、事件解決の報奨金を受け取った。また、ローラントが魔族から受け取るはずだった魔石をこっそりネコババして、それを売却して儲けていた。いわゆる火事場泥棒というヤツだ。さすがクズお嬢様である。こういうところは抜け目がない。
報奨金と魔石の売却で、大金を手にしたクレア。彼女はその金で、住み手がいない古い屋敷を買い取ることにした。
父の死と使用人の裏切りにより、前世では屋敷を手放すことになったクレアだったが、異世界で再び屋敷での生活を取り戻すことに成功したのだ。
しかし、ゴールはまだまだ先である。これは通過点だ。
あくまでこの屋敷は仮の住まいである。クレアは中古物件で満足するような人間ではない。いずれ、新築の大きな屋敷に住みたいと思っている。よって、それまでの凌ぎとして、この古い屋敷に住むことにした。
「いずれ私は巨大な豪邸を建てる。夢は大きく、理想は高く。それが私のモットーだ」
「素晴らしいお言葉です。私も最後までお付き合いいたしましょう」
「私はこの世界を支配する。そして、お前は私の駒として、すべてを捧げる」
「はい。私はクレア様の忠犬です。どんなご命令にも必ず従います」
新しい拠点を前にして、クレアとノーラは改めて互いの意思を確認し合う。
野望を果たすまで、二人の契約は続く。
「素敵なお屋敷……。二人はここで暮らすの?」
エリーは威厳のある古い屋敷に心を奪われた。
自分もこんな場所に住んでみたい、と思うのだった。
事件で唯一の生き残りとなったエリー。レーネの死を受けて憔悴しきっていたため、クレアとノーラがしばらく彼女の面倒を見ていたが、やがて落ち着きを取り戻した。そして、次の仕事を探し始めることになった。
「お前、行く当てはあるのか?」
クレアがエリーに問いかける。
「ないわ。まったく。でも、探すしかないでしょ」
まぁ、どうにかなるだろう。
こんな状況だからこそ、ポジティブに考えるべきだとエリーは思った。
「ふむ。では、私に仕える気はないか?」
「えっ……?」
「ここで働けと言っているのだ」
「で、でも……」
突然、クレアはエリーを雇うと言い出したのである。
どういう風の吹き回しだろうか。
「なんだ、嫌か?」
「嫌じゃないけど……。本当にいいの?」
この素敵な屋敷で暮らせるなら、エリーは喜んで引き受けるつもりだった。
「今度の屋敷は広いからな。新しいメイドを補充しようと思っていたところだ」
「お言葉ですが、クレア様。このくらい私一人で大丈夫です。人手は間に合っております」
ノーラが言った。
それは本当のことであった。出任せではない。たとえ広い屋敷であっても、彼女の実力ならば、一人で十分にメイドの仕事を務め上げることができる。
「そのくらい私もわかっている。私が言いたいのは、そういうことではない」
「では、どういうことなのでしょうか?」
「私とお前の二人だけでは、部屋がいくつも余ってしまうだろう。それだともったいないではないか。だから、その……特別にコイツを住まわせてやると言っておるのだ」
ノーラはそれを聞いて微笑んだ。
クレアにも意外と優しいところもあるんだな、と思った。
部屋が余るのがもったいない、というのは建前のようなものだった。
クレアは行き場を失ったエリーを気遣い、彼女をこの屋敷に迎え入れると言い出したのである。
「そうですね。勿体ないですものね」
「うむ。わかればよいのだ」
クレアは照れを隠すように咳払いをした。
それから、続けてこう言った。
「……で、どうする? お前がどうしてもここに住みたいというのなら、それを認めてやっても構わないが」
「ふふっ。何それ」
エリーは笑った。
どうやら、新しい主人は可愛いツンデレお嬢様のようだ。
ちっこいくせに生意気だけど、理不尽な暴力を振るう男に比べればマシだ。
「じゃあ、そうさせてもらおうかしら」
帝都に出てきた少女は、新たな生活をスタートさせることになった。
(見守っててください、レーネさん。私、必ず幸せを掴んでみせますから)
亡くなったレーネの想いを胸に、彼女はこれからも懸命に生きることを誓うのだった。
夢も希望もないこの世界で、強く、逞しく……。
第二章、完
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