22:チェックメイト
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エリーを捕まえようとして魔族が右腕を伸ばした時だった。
その首がボトリ、と地面に落ちたのである。
頭部を失った魔族の胴体は、そのまま地面に倒れる。斬られた首の断面からは、勢いよく血が噴き出した。
何が起こったのか。その場にいる全員が状況を理解できていなかった。
魔族の首はスパッと綺麗に斬られている。かなり切れ味のいい刃物で切断されたものと思われる。
「そこまでだ。動くな」
声が聞こえた。ローラントは後ろを振り返った。
長い黒髪をした童顔の美少女が仁王立ちしていた。
龍ヶ崎クレア。
異世界からやって来た革命の使者である。
「だ、誰だクソガキ! ここへ何しに来た?」
ローラントは狼狽える。まさか人間がこの森にいるなんて。こんな危険な場所に子供が一人で来るとは、全く予想もしていなかった。
何者なんだ、このガキは。
「ローラント・ザックス。貴様はここで終わりだ。証拠はすべて揃っている」
フッと笑うクレア。勝ちを確信したような表情だった。
彼女はずっとローラントをマークしていた。決定的瞬間を捉えるために尾行を続けていたのである。
「誘拐と人身売買の容疑で、貴様は逮捕されることになるだろう」
「あぁ? 何のことかさっぱりわからねぇな! 俺が何をしたっていうんだよ!」
しらを切ろうとするローラント。
だが、今この場で魔族から魔石を受け取り、少女を提供している瞬間が、すべての動かぬ証拠となっている。もはや言い訳の余地はない。
ウィリアム・クラークからの依頼を受け、帝都で連続している行方不明事件について調査を行うことになったクレア。
彼女はウィリアムから事件の概要と特徴を聞かされていた。
ウィリアムは先日の会談で、行方不明者の共通点をクレアに伝えていた。そして、ローラントが事件に関与している可能性が高い、ということも告げていた。
あの時、彼はこう言ったのである。
「で、その共通点というのが……行方不明者は全員、未成年の少女であるということだ。そして、彼女たちは職を探すために職業案内施設を利用しており、最終的にはローラント・ザックスという男の屋敷にハウスメイドとして就職している」
職業案内施設で紹介されたザックス邸の募集に応募した少女たち。
彼女らは屋敷で召使いとして働くことになった、ということが、職業案内所の担当者への事情聴取で判明していた。
ザックス邸への就職を最後に消息が不明になっていることから、ローラントが事件に関与している可能性が浮上したのである。
だが、証拠がなかった。彼が具体的に何をしたのか、ということは明らかでなかったのである。よって、その動向を調べる必要があった。
調査には危険が伴う。ローラントは反社会組織と繋がりがあったのだ。勇敢な者でなければ、調査の依頼を引き受けてくれないことがわかっていた。
そこでクレアに白羽の矢が立ったのである。彼女ならば、臆することなく事件に立ち向かってくれるだろう、とウィリアムは考えた。
そして、彼の期待通り、クレアはこうして証拠を突き止めた。
「観念しろ。言い逃れは不可能だ。貴様が誘拐したこの少女たち二人が、事件の証人になるだろう」
「へっ、それは困ったもんだな。これじゃあ俺に勝ち目はねぇ。……ま、ここから生きて帰ることができたらの話だけどな!」
そう言うと、ローラントは懐から拳銃を取り出し、クレアに向けて発砲した。
ズガァァァン!!
銃声が夜の森にこだまする。
驚いた鳥たちが一斉に木々から飛び立つ。
目にもとまらぬ早業だった。銃を取り出してから発砲するまでの時間はごく一瞬だった。これだけでローラントがガンマンとしての才能に長けていることがわかる。
いくら反射神経が良い人間でも銃弾を避けることはできないだろう。体を動かす間もなく撃ち抜かれるはずである。
弾丸はクレアに命中……していなかった。
「なっ……! どうなってやがる!」
驚愕するローラント。
彼は確かにクレアを狙撃したはずだった。拳銃の腕にも自信があった。この距離で銃弾を外すはずがない。
それなのに、クレアはまだ生きている。無傷の状態で平然と立っているのだ。
「私のクレア様に物騒なモノを……。とても無礼なお方ですね、あなた」
メイド服を着た銀髪の女がクレアの隣に立っていた。
その目は夜闇の中で赤く光っている。
「だ、誰だよアンタ……。いきなりどこから……」
「私はノーラと申します。クレア様のメイドでございます」
「メイド……? なんでメイドが……」
「まぁまぁ。そんなことはどうでもいいではありませんか。あなたには関係のないことですから……」
ノーラの瞳が再びギラリと赤く光る。
ニヤリと白い歯を剥き出しながら、ノーラはユラユラと前に歩みを進める。
「ひっ! 来るな! 来るな! 来るなぁぁぁぁぁぁ!」
バァン! バァン! バァン!
銃を連射するローラント。
だが、銃弾がノーラを貫くことはなかった。すべて彼女に当たる前にポトリと地面に落ちるのであった。
まるで見えないシールドがノーラを覆っているようだ。
やがて、ローラントの拳銃は弾切れとなった。カチカチとトリガーを引くも、銃弾は発射されない。
(この人たち、何者なの……?)
縄で縛られ、身動きが取れないまま地面に寝転がるエリーは、目の前で起こっている幻想のような光景を無言で眺めていた。
「あらあら。もうおしまいですか? その玩具」
「ひぃっ!」
ガクガクと両足を震わせるローラント。
「では、次はこちらの番ですね。クレア様、いかがいたしましょう?」
ニッコリと笑いながら、クレアの指示を仰ぐノーラ。
「好きにしろ。……ああ、でも殺すんじゃないぞ。そういう約束だからな」
「承知いたしました」
ウィリアムはローラントを生け捕りにするという条件を提示していた。彼を捕獲した後に事情聴取や裁判を行う必要があるからだ。よって、ここで勝手に殺すわけにはいかなかった。
「行きますよ。泣いちゃダメですからね」
バキィ! ドカッ! ボコォ!
「ぎゃあああああ! ぐはぁっ! おあああああっ!」
ノーラはローラントをボコボコに殴り倒すのだった。
彼の顔面は腫れあがり、歯も何本か抜けた。
もはや原型をとどめていない。とても痛ましい姿へ変り果てていた。
「もういいだろう。その辺にしておけ。死ぬぞ、ソイツ」
「はい、クレア様」
ポイッとローラントを投げ捨てるノーラ。
もしクレアが制止していなければ、彼を殴り殺していただろう。
ノーラは縄でローラントを縛った。このまま警察へ突き出す。
これにて一件落着だ。
「怪我はしていないか?」
クレアはエリーに問いかける。ついでに縄を解いてあげた。
「私は大丈夫……。それより、レーネさんを……」
縄を解かれたエリーは倒れているレーネに駆け寄った。
彼女は地下室で監禁されていた。怪我をしており、水も与えられていなかったため、かなり危険な状態であった。
「レーネさん! レーネさん!」
身体を揺さぶりながら呼びかけるエリー。
「エ……エリー……?」
「レーネさん!」
レーネは目を覚ました。
虚ろな表情をしており、意識も薄いが、エリーを認識することができたようだ。
「終わりましたよ、全部。私たち、もう自由になれるんです!」
「そう……。そうなのね……。よかったわ……」
彼女は虫の息だった。
これはもう助からないだろう、とクレアは感じ取っていた。
「新しい仕事を探しましょう。今度はもっと素敵なところで働くんです」
「また……あなたと一緒に……?」
「そうです。ずっと一緒です。一緒に幸せになるって言ったじゃないですか」
「……ええ、そうね。ありがとう……」
レーネは涙を流した。
あの約束をエリーが覚えていてくれて、とても嬉しかった。
二人で幸せになる。
ああ、それが叶えばどれほど喜ばしいことか。
「だから……。だから、早く元気になってください……」
エリーの瞳からポロポロと涙がこぼれる。
その雫はレーネの頬に落ちた。
「エリー……」
「はい。何ですか……」
「私はもう、幸せよ……」
そう言って、レーネは再び目を閉じた。
そして、二度と目を覚ますことはないのだった。
「え……。レーネさん……? レーネさん?! ダメよ、起きて! 目を開けて! 嫌だ嫌だ! 死なないでレーネさん!」
「やめてやれ。彼女はもう……」
クレアはエリーの肩に手を置き、彼女を諭す。
これ以上は無意味である。もうそっとしてあげるべきだ。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
レーネの亡骸に泣きすがるエリー。
子供のように泣きじゃくった。涙でぐしゃぐしゃになりながら、とにかく泣いた。
どうして……。まだ約束は果たされていないのに。
受け入れたくない。これは夢だ。悪い夢なんだ。
「レーネさん……レーネさん……! あぁぁぁぁぁぁ………」
その声がレーネに届くことはなかった。
だが、眠る彼女の顔はとても安らかであった。
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