18:日記
感想をお待ちしております。
夜、エリーはレーネが使っていた使用人室を訪れた。この部屋は屋敷の東端に位置しており、エリーの部屋がある屋敷の西端とは正反対の場所にあるのだった。
なぜ、使用人どうしの部屋が両極端に離れているのか、エリーは以前から疑問に感じていた。だが、あまり深く考えることはなかった。
ドアを開けて中に入る。もちろん、灯りはついておらず、部屋は真っ暗な状態だった。
エリーは持参したランプの炎で辺りを照らす。すると、部屋全体の様子がぼんやりと浮かび上がってきた。
ここでエリーは違和感を覚えた。レーネは屋敷を追い出されたはずなのだが、彼女の私物がまだ部屋に残されているのである。
床には彼女がここへ越してくる際に持ち込んだ大きめのカバンが放置されており、ベッドの上には寝間着と思われる衣服が綺麗に畳まれた状態で置かれている。また、部屋の片隅に置かれた小さな木製の机には、レーネが記していたと思われる日記が残されていた。
まだこの部屋で人が生活しているような感じだった。レーネは本当に屋敷を出て行ったのだろうか。しばらくすれば、彼女がここに帰ってくるのではないかとさえ思えてくる。
荷物をまとめる暇もなく追い出されてしまった、と考えることもできる。しかし、いくらローラントでもそこまでするとは思えなかった。
彼女がいなくなったのは昨日のことである。一昨日の夜――晩餐の後片付けをしていた頃までは彼女と一緒にいた。それなのに、翌朝になると突然彼女は姿を見せなくなった。つまり、一昨日の夜から昨日の朝までの間にレーネは屋敷を追放されたということになる。
ローラントは夜になると、リビングで酒を飲む。たまに泥酔して、その場で寝てしまうこともある。酒が入ったローラントは普段よりも怒りっぽくなる。酒のせいで気性の荒さに拍車がかかるのだ。彼は些細なことで腹を立て、酔った勢いでレーネにクビを言い渡してしまった可能性がある。
そして、その発言を真に受けたレーネは屋敷を出て行った……ということだろうか。だとすれば、荷物を置いたまま出て行った理由がますますわからなくなる。荷物をまとめる時間くらいはあったはずだ。
「レーネさん、今頃どうしてるかなぁ……」
レーネの身を案じるエリー。ちゃんと新しい仕事を見つけていればいいが……。
彼女は荷物を持たないまま屋敷を出たので、とても心配である。
部屋の窓から夜空に浮かぶ満月が見えた。正確には、満月よりも少し欠け始めている状態だった。
そういえば、帝都にやって来た日の夜も満月だった。
あれからもう一か月も経つのか……。
エリーが屋敷で働き始めた時、レーネは親切丁寧に仕事を教えてくれた。また、ローラントのクセや彼を怒らせないための注意点なども詳しく語ってくれたのだった。
良き先輩としてエリーを支えてくれたレーネ。もうこのまま彼女に会えなくなるのは嫌だった。せめてもう一度だけでいいから会いたい。そして、お礼を言いたい。
レーネとの記憶がよみがえる。エリーは思わず涙ぐんだ。
「レーネさん……」
いきなりいなくなるなんて。どうして何も言ってくれなかったのか。とても寂しい気分である。
机に置かれた日記を開く。そこにはレーネがこの屋敷に来る前の日々についても書かれていた。彼女は以前、自身もエリーと同じく農村出身だと言っていた。仕事が無い農村を出て帝都にやって来た、ということが日記にも書かれていた。そして、帝都に来た後のことについても、レーネは書き残していた。その中には彼女がローラントから受けた虐待について鮮明に記したものも含まれていた。
頬を叩かれた、尻を蹴られた、食器を投げつけられた、胸を揉まれた……などなど、エリーも味わったことがある苦痛ばかりだった。
ところが、レーネの日記には、ローラントへの恨み言は一切書かれていないのだった。
それどころか、自分が未熟だった、配慮が足りていなかった、次は気を付けたい、などという反省の言葉ばかりが記されている。
どこまでも謙虚な人物だった。なぜ、そんな人がクビになってしまったのか。本当に不思議である。
日記のページをめくってゆくエリー。そして、最後に日記が書かれた日のページにたどり着いた。
日付を見る。最後に日記が書かれたのは……一昨日である。
レーネの姿が見えなくなる前日だった。彼女はその日もいつもと変わらず日記を書いていたらしい。つまり、彼女がクビを宣告されたのは、この日記を書いた後ということになる。
一昨日の日記には何が書かれているのか。エリーは中身に目を通す。
……すると、そこには謎を深める不可解な記述が残されていた。
お読みいただきありがとうございます。
感想をお待ちしております。




