17:突然の別れ
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ローラント・ザックスが持ち込んだ魔石の価値は、鑑定の結果、総額二百三十万円に及んだ。そして、彼はその場ですべての魔石を売却することにした。
現金の受け渡しが行われる。他の客たちはそれを羨ましそうに眺めていた。少しでいいから俺にも分けてくれ、と言いたげな様子である。
魔石を運ぶために使っていた袋に札束を詰め込み、ローラントはニヤリと笑いながら換金施設を立ち去るのだった。
「あのおじさん、毎回たくさん持って来るから、鑑定に時間がかかるんですよねぇ」
鑑定士のイーリスはボソッと愚痴をこぼすのだった。
それを聞いていた先輩の女性鑑定士も「そうそう」と言って頷く。
ローラントは鑑定士たちの間では少し厄介なお客さんとして認知されているのだった。大量の魔石を持ち込んで手間を取らせる迷惑客というイメージが定着している。
だが、客は客である。どんな相手でも公平に鑑定することが求められる。時間がかかるからといって、いい加減な鑑定をするわけにはいかない。
鑑定士も楽な仕事ではないのであった。
換金施設を出たローラントは、店の前に待機させていた自家用馬車に乗り込み、屋敷へ戻ることとなった。
「へへへ、今日も儲かったぜ。こんな簡単に金を稼げるっていうのなら、真面目に働くのが馬鹿みてぇだな」
ローラントは笑いが止まらなかった。彼は運送会社を経営して富を築き上げた人物だったが、それよりももっと効率的に金を稼ぐ手段を見つけてしまったのである。
彼は悪知恵が働く男だった。金儲けのためならば、どんなことでもしてしまう。たとえそれが、非人道的な手段であったとしても……。
屋敷に到着した。ローラントは馬車から降りる。
もう夕食の時間だ。あのクソガキは俺の言いつけ通りに料理を用意しているだろうか? もしそうでなければ、今夜もしばき倒してやろう。
ローラントはこの前、エリーにラザニアを作るように命じた。彼女が作ったラザニアは、味は決して悪くなかったが、ローラントはお気に召さなかったらしく、ひどく腹を立てたのだった。
「帰ったぞぉー! おぉい! 飯はできてるんだろうなぁ?!」
荒々しく扉を開けて屋敷の中へ入るローラント。腹が減っているため、少しイライラしているようだ。いつもより機嫌が悪い。
主の声を聞きつけ、エリーが小走りで玄関に駆け付ける。
「おかえりなさいませ、ご主人様。お夕飯の支度はできております」
「ふん。早く用意しろ」
ローラントはふんぞり返った態度で廊下を歩き、食堂へ向かう。
エリーは食堂へ先回りして、料理をテーブルに並べ始めるのだった。
「ロールキャベツとホウレンソウのソテーになります」
席に着くと、無言のままナイフとフォークを持ち、料理に手を付け始めるローラント。ナイフでロールキャベツを半分に切ると、それにフォークを突き刺した。大きく口を開け、半切れのロールキャベツを口の中へと運ぶ。
クチャクチャと音を立てながら咀嚼する。すると、「うん」と頷いて、残りの半分のロールキャベツもパクりと食べてしまった。
彼は何も文句を言ってこなかった。おおむね満足しているようだった。
(よし! このワガママ大王を黙らせてやったわ)
エリーは心の中でガッツポーズをした。彼女はここ最近で料理の腕を上げたのだった。スキルアップを目指す彼女は、向上心を持っていた。乱暴な主人から暴力を受けないようにするためにも、美味しい料理を作って文句を言わせないように努力しているのだ。
ホウレンソウのソテーやスープについても、ローラントは特に言及しなかった。エリーを殴ったり怒鳴りつけることもなく、静かに晩餐の時が流れてゆく。
すべての料理を食べ終えると、ローラントはグラスに入ったワインを一気に飲み干した。
これが食事終了の合図である。
「あの、ご主人様……」
「あぁ? 何だ?」
エリーにはずっと気になっていることがあった。
それは、昨日からずっとレーネの姿が見当たらないということだった。
体調を崩して休んでいるのだろうか? とはいえ、この男がそう簡単に休ませてくれるとは思えない。たとえ高熱を出しても、この乱暴親父は私たちを無理やり働かせようとするに違いない。
「レーネさんはどうされたのでしょうか? 昨日も今日も会えていないのですが……」
エリーは恐る恐る尋ねた。ローラントが機嫌を損ねることがないよう、慎重に。
すると、彼の口から想定外の言葉が飛び出した。
「ああ、アイツか。アイツならクビにしたよ。昨日ここから追い出した」
「えっ……?」
エリーは耳を疑った。
レーネが屋敷を追い出された……? そんな……いきなりどうして?
彼女の働きぶりは優秀だった。これまで何も問題など起こしていなかった。ローラントも彼女に対して、文句を言うことはあまりなかったと思う。だから、いきなりクビになる理由がわからない。
何が気に入らなかったのだろうか。彼女はあんなに真面目に働いていたというのに。
幸せを掴むため、一緒に頑張ろうと誓い合った仲だ。別れの言葉も聞けないまま、離れ離れになってしまうなんて……。
「あの女は俺に逆らった。俺の厚意を無下にしやがったのさ。ワインを飲ませてやると言ったのに、アイツはそれを断ったんだ。人がせっかく気を利かせてやったというのによぉ」
たったそれだけのことで……?
こんなのおかしい。無茶苦茶だ。どこまで理不尽な男なのだ。
エリーは憤りを覚えた。だが、それと同時にほっとした部分もあった。レーネはこの屋敷をクビになってしまったが、そのおかげでローラントから逃れることができたのだ。彼女ならば、すぐに次の職場を見つけて、今までよりもずっといい環境で働くことができるだろうから。
これで彼女が幸せになれるなら……。
寂しい気持ちもあるが、これはこれでよかったのではないかと思う。
でも、やはり最後にキチンと会っておきたかった。せめて別れの挨拶くらいはしたかった。それができなかったことが心残りである。
「ま、今度また新しい女を雇うから、何も問題はねぇのさ。召使いなんざ、代わりはいくらでもいるんだからな。フハハハハ!」
こんな最低野郎の下で働くくらいなら、さっさとクビになった方がマシだ。レーネはここを追い出されて正解だったかもしれない。
今度は自分もここを出ていく。いきなりクビを言い渡されても構わない。このクズ人間から離れることができるなら、私は喜んで追い出されてやろう。
エリーはクビになることを恐れてはいなかった。いっそのこと、早くクビになりたいとすら思った。
「お前はアイツとは違うよなぁ? 俺の酒を断ったりしない。そうだろ……?」
ローラントは酒気を帯びた息を吐きながら、エリーに顔を近づけた。
そして、右手でエリーの胸を揉みしごく。
「お、おやめくださいっ……!」
「あぁ~? 抵抗する気かぁ? いい度胸してるじゃねぇか」
最悪だ。本当に許せない……!
エリーは涙目になりながら、ローラントを睨んだ。
「へっ。まぁいいや……。今回は許してやるよ。お前までクビにしてしまったら、屋敷から召使いがいなくなっちまうからな」
そう言って、ローラントはボトルのワインをラッパ飲みし始めるのだった。
立場を利用してメイドにセクハラを行う主人。
まさにクズの極みである。ローランドはエリーの身体を弄ぶことばかり考えている。
屈辱を受け続ける日々。もう我慢の限界だった。
次に何かされたら、自分からここを出て行こう。こんな不健全な場所で働くことはできない。
エリーの中の時限爆弾は炸裂寸前なのであった。
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