16:引き際
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ここは帝都中心部にある換金施設。専門の鑑定士が来客の持ち込んだ魔石や宝石、貴金属などの価値を算出し、客は希望すれば持ち込んだアイテムと引き換えに、鑑定士から提示された金額を受け取ることができる。
「むむむ~。これはとても珍しい魔石ですねぇ……」
虫眼鏡を使って念入りに魔石の鑑定を行う一人の女がいた。
彼女の名は、イーリス。二十三歳の若手鑑定士である。
「頼む。頼むよ~。最低でも五十万はあるよな? いや、もっとちょっとあるか? 六十万とか?」
鑑定結果を祈るようにして待つ男――自称「魔石ハンティングマスター」のガウス・ワトソンだった。
ガウスはこの頃、すっかり業績を落としていた。魔石ハンティングに出かけるも、以前に比べて収穫は激減している。
原因は明らかだった。クレアである。彼女がノーラを連れて魔族狩りを行い、魔石を独り占めするようになったからだ。
「お待たせしました、お客様。鑑定結果が出ました」
「おっ! 来た来た!」
イーリスは鑑定を終え、ガウスが持ち込んだ魔石の金額を算出した。
「いくらなんだ?」
身を乗り出すガウス。
「五万円です」
淡々とした表情でイーリスは答えた。
「はぁ? はぁぁぁぁぁぁぁ?!」
予想を大きく下回る金額にガウスは愕然とするのだった。
彼の叫び声が施設中に響き渡る。他の客が一斉に彼の方を振り返った。
納得がいかないガウスは当然、イーリスに抗議した。
「いやいやいや、おかしいでしょ。姉ちゃん、冗談はやめてくれよぉ」
「冗談ではありません。私はこれが適正な金額だと思っています」
「さっき、珍しい魔石だって言ってたじゃないか」
「確かにこれは珍しいタイプの魔石です。ですが、材質がよくありません。利用価値がほとんどないのです。これを欲しがるのは一部のマニアックな魔石コレクターくらいでしょう」
「そんなぁ。勘弁してくれよぉ……」
ガックリとうなだれるガウス。
苦労してようやく見つけた魔石の価値は、予想の十分の一しかなかったのだ。これは大きな誤算である。
彼の今月の収入はたったの五万円。アルバイトでもした方がマシだと言える。
「はぁ~。そろそろ魔石ハンターも引退するしかねぇな……。ったく、クレアちゃんのせいだぞ……。全部一人で持っていきやがってさぁ……」
ボサボサ頭をワシワシと掻くガウス。心を落ち着かせようと、煙草に火をつける。
「こちら、換金されますか?」
イーリスが尋ねてくる。
「……ん、ああ。そうするよ」
安いが金は受け取っておかないと。
ガウスは魔石を買い取ってもらうことにした。
「ありがとうございました」
頭を下げるイーリス。
ガウスが現金五万円を懐に入れ、換金施設を去ろうとした時だった。
「次は俺だ」
ドン! という音を立てながら、イーリスが座るテーブルに白い布袋を置く男がいた。
エリーが働く屋敷の主人である。
この男は何を持ち込んだのだろうか。
「は、はい……。確認させていただきます」
「おう、とっととしろ」
バラバラ、と袋の中身をテーブルの上にぶちまける男。
出てきたのは大量の魔石だった。
「うひゃー。相変わらずスゲーたくさん持って来るなぁ……」
ガウスは呆気にとられていた。
実はこの男、魔石ハンター界隈では有名人なのだった。
ローラント・ザックス。帝都の外れに屋敷を構える富豪である。
彼の主な仕事は運送業であるが、最近は魔石ハンティングにも手を出すようになった。
ローラントは定期的に大量の魔石を抱えて換金施設に現れ、それを売って大儲けしているのだった。
だが、魔石ハンティングは素人同然の彼が、どうしてこれほど多くの魔石を集めることができるのか。他のハンターたちは不思議でならなかった。
「一体どこにあんなたくさん魔石が落ちてるっていうんだ……?」
何か裏があるのではないか? たとえば、ヤツが魔石を偽造している……とか。
ローラントを疑うガウスであったが、あれらの魔石が偽物であるという可能性は低いだろう。あらゆる鑑定士が彼の持ち込んだ魔石を「本物」と判断しているのだから、ローラントが魔石を偽造しているとは考えにくい。
「やれやれ。世の中不公平だぜ」
そう呟くと、ガウスは煙草を吹かしながら施設を出た。
彼は帰りの道中、自身の進退について考えた。このまま魔石ハンターを続けるか、引退して家業を継ぐか……。
魔石ハンターこそ自分の天職だと思っていた。魔族に襲われるなどのリスクもあるが、ガウスは昔から悪運が強く、色んなピンチを乗り越えてきた。勘が鋭く、予感が的中することも多々あった。最初は稼げない時期もあったが、経験と努力を積んで、魔石ハンティングで生計を立てることができるようになった。
だが、情勢は変わりつつある。魔石が獲れなくなった以上、廃業を検討しなくてはならないのは当然だった。
もっと安定した仕事に就くべきなのかもしれない。魔石ハンティングはたくさん稼げることもあれば、全く稼げないこともある。その一方、家業を継げば安定的な収入を見込めるのは確かだ。命の危機に晒されることもまずない。景気が悪化する現代社会において、リスクが低い仕事を選ぶことは賢明であるといえる。
「俺も臆病な人間になっちまったもんだ」
夕暮れの空の下を一人で歩くガウス。彼の背中からは、どこか哀愁が漂っているのであった。
「ガウスではないか。久しぶりだな」
通りを歩いていると、向こうからクレアがやって来た。そして、その隣には銀髪のメイド、ノーラの姿もある。
「クレアちゃん。それにノーラさんまで。あんたら、今日もまた魔族をぶっ倒しに行くのか?」
「いや、そうではない。私たちはこれから別の仕事があるのだ」
「へぇ。魔石ハンティング以外にも仕事をしているのか……」
それは知らなかった。てっきりクレアは魔石ハンティング一本で食べているのだと思っていた。
「クレア様、お腹が空きませんか? お仕事の前にお夕飯にされてはどうでしょう?」
ノーラが腹ごしらえをするよう提案する。
「うむ、そうだな。まだ時間はある。どこか近くの店に入ろう。どうだ、ガウス。お前も一緒に来るか?」
クレアはガウスを夕飯に誘った。
「いや、遠慮しておくよ。今はあんまり食欲がねぇんだ。また誘ってくれ。じゃあな」
魔石ハンティングを続けることは厳しい。どうにもこの子たちには勝てる気がしない。
魔石ハンターは引き際を見極めることが大切だ。どうやら今がハンターとしても引き際のようだ。
ガウスは決断した。魔石ハンターを引退しよう、と……。
負け犬は去るのみだ。
後悔はない。この世界は弱肉強食。俺はクレアちゃんに食われたのだ。
でもまだ命はある。別のフィールドで戦ってやる。
ガウスはもう一本、煙草に火をつける。
明日から再スタートだ。
「いやぁ、それにしても……ノーラさん超美人だなぁ! くぅ~、俺もあんなメイドさんにお世話してもらいたいぜ」
ノーラはガウス好みの女だった。あのサラサラの銀髪がたまらない。あのパッチリとした瞳がいい。
たくさん稼いで、いつか綺麗なメイドさんを雇う。
ガウスは新たな目標に向かって歩き出した。
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