12:メイドとの暮らし
感想をお待ちしております。
龍ヶ崎恭一は妻と娘、そして使用人たちに囲まれながら、幸せな日々を送っていた。
恭一は人望があり、頭も切れる人物だった。彼の周りには、いつもたくさんの人が集まってきた。
娘のクレアを心の底から愛していた恭一。娘のためならば何でもできる。彼はよく、周囲の人間にそう語っていたのだった。
ところが、ある日。仕事に向かう彼を乗せた自動車が崖から転落するという悲惨な事故が起きた。
恭一は死亡した。即死だった。
運転手がハンドル操作を誤ったことが事故の原因だとされている。
あれは不運な事故だった。誰にも予想することはできなかった。そして、突然の出来事に龍ヶ崎家の関係者たちはただ狼狽えるばかりであった。
当主・恭一の死後、龍ヶ崎家は急速に勢力を失った。
残された妻と娘のクレアは、龍ヶ崎家の没落を予感した使用人たちに見捨てられた。さらには、恭一の遺産まで持ち逃げされてしまったのだった。
何とも薄情な使用人たちである。恭一が生きていた頃は、あんなに親切で優しかったというのに。
状況が変われば、人は変わる。結局、人間は自分の都合ばかり考えてしまうものなのだ。
クレアは他人を信じることができなくなった。信じていいのは己自身だけ。自分だけが自分を裏切らない。
もう誰かに頼ることはしない。自分のことは自分でどうにかする。そう思っていた。
だが、クレアを取り巻く状況は再び大きな変化を見せたのだった。
「おはようございます、クレア様。朝ですよ」
メイド服を身にまとった銀髪の美女がいる。彼女はクレアを様付けで呼び、今日も笑顔で奉仕するのであった。
彼女の名はノーラ。その正体は人間の欲望を糧とする魔人である。
クレアは異世界にやって来て、自分の無力さを改めて思い知ることとなった。この弱肉強食の世界を生き抜くためには、力が必要だった。
ノーラが現れたことにより、クレアの異世界生活は一変した。魔人の力に頼らなければ、生きていくことはできない。そう判断したクレアは、ノーラと契約を結ぶことになった。
その結果が、今のこの生活である。クレアに隷属することになったノーラは、クレア専属のメイドとして彼女のお世話をしているのである。
クレアは帝都で小さな空き家を買い、そこでノーラとともに生活している。いつかは立派な屋敷を建てたいと思っているが、今はまだ資金が不足している。その願望を成就させるためには、とにかく稼ぐしかない状況だった。
では、彼女の収入源は一体何なのか。
一つは魔石ハンティングである。クレアは魔石を売って収入を得ている。が、彼女がハントするのは魔石ではなく魔族本体であった。落ちている魔石を拾うよりも、魔族を倒して魔石を奪った方がずっと効率がいいからだ。よって、クレアは魔族の領地に乗り込み、ノーラに魔族狩りをさせているのだった。
もう一つは投資だ。株式の取引もまた貴重な収入源となっている。しかし、投資額が少ないため、魔族狩りに比べると稼ぐことができる額は少ない。
もっと資金が溜まれば、今後は投資額を増やしていく予定だ。だが、あまり大きく出過ぎるのは危険である。それは魔族狩りも同じだった。魔族を一度にたくさん狩ってしまうと、魔族が滅びかねない。魔族が滅ぶと魔石を獲得することもできなくなってしまう。そうなると、クレアは収入源を失うことになる。
何事もやり過ぎてしまうのはよくない。「適量」を心掛けることが大切だ。
今はちょうど自分の実力に見合った水準で行動できているといえる。
このように、まだまだ途上ではあるが、クレアは順調に異世界での生活を営んでいた。
「さぁ、そろそろ起きてください」
「ううーん……。まだ寝かせろ……」
「それはいけません。今日は朝からご予定があるのですから」
予定……。
果たしてそれは何だったか。
クレアは寝ぼけた頭で、今日のスケジュールについて思い返す。
ああ、あれだ。今朝はウィリアムとの面会があるのだった。
ウィリアム・クラークは帝都議会議員である。地元の有力貴族で、優れた政治能力を持った男だ。また、彼はクレアがこの世界に来て初めて接触した富裕層の人間でもある。ウィリアムとの出会いは、家具職人のおじいさんが作ったタンスの納品に同行した時のことだった。
クレアは貴族であり、権力者でもあるウィリアムに注目していた。そして、この人物を敵に回すよりも、味方に付けた方が自分にとって利得があると判断した。
以来、彼女はウィリアムと友好的な関係を築いている。
先日のことだ。クレアは魔族狩りから戻る際にウィリアムと広場で会った。そして、彼からとある依頼を受けたのである。
「実は最近、この辺りで行方不明者が続出しているんだ。どうか調査に協力してくれないだろうか」
どうして彼はそんなことをクレアに頼んだのか。答えは明白である。彼女が「勇敢」であるからだった。
クレアはノーラとともに魔族が住む森へ赴き、魔族退治を行っている。そして、倒した魔族から魔石を奪い取り、それを売って荒稼ぎしている。
魔族に臆することなく立ち向かう人物として、クレアとノーラはちょっとした有名人になっていたのだ。この街に突如現れた勇敢な二人の少女は、民衆の間で英雄のような扱いを受けている。今となっては、街中でクレアとノーラを見かけると、握手を求めてくる人もいるのだった。
意図しないうちに人気者になってしまったクレア。だが、これはこれで悪くない。周りを敵に囲まれるよりも、好意的な人間で固めた方がずっと活動しやすいといえるからだ。
「ふぁあああ~」
体を起こし、ベッドの上で大きなあくびをするクレア。
異世界に来て、一か月が過ぎた。
この世界で迎える朝もすっかり馴染んできたように思う。転生したばかりの頃は、悪い夢を見て夜中に目を覚ますことも多かったが、最近は快眠が続いている。
身の回りの世話はノーラがすべてやってくれている。これは前世で屋敷に住んでいた頃と同じだった。あの時もメイドが食事や着替えの手伝い、掃除、洗濯をしていた。
だが、ノーラはクレアが今まで見てきた中で最も優秀なメイドだった。
料理は文句なしの腕前だ。まるでクレアの味の好みを最初から理解しているかのようだった。どんな料理を要求しても、必ず満足できる味で提供してくる。
掃除はとにかく早い。気が付けば家中の掃除が終わっているのだ。決して手抜きをしているわけではない。ノーラは塵一つ残すことなく、部屋を綺麗にしてくれる。
紅茶を淹れるタイミングも最高だった。飲みたいと思った頃に、ちょうどティーカップに入った紅茶を持ってくるのである。しかも、紅茶に合うお菓子まで添えてある。クッキーやスコーンなど、定番のお菓子ではあるが、どれも味は絶品だった。魔人のくせにどこで作り方を教わったのだろうか。
そして、クレアの大好物であるティラミスを作らせたときは、前世でお気に入りだった有名スイーツ店のティラミスを再現したようなものを持ってきたのである。もう永遠に味わうことができないと思っていたが、転生後もあのティラミスを楽しむことができて喜ばしく感じていた。
クレアを寝間着から外出用の服に着替えさせるノーラ。
寝間着を脱がされ、クレアは下着姿になった。色白で柔らかそうな肌が露わになる。
ノーラはクレアに視線が釘付けになっていた。
「何をジロジロとみている……?」
ベッドの上で足を組む下着姿のクレアが、蔑むような目でノーラを見下ろしていた。
「クレア様のお肌、スベスベしていて、とても気持ちよさそうです……! ああ、お腹に頬ずりしてもよろしいですか? はぁ、はぁ……!」
「や、やめろ! この変態がっ!」
彼女はクレアの裸体を見て鼻息を荒くするのであった。
クレアはノーラを抑え込み、何とか着替えを終えた。
「朝食のご用意はできております。お召し上がりになりますか?」
「うむ」
クレアは立ち上がり、ダイニングへ向かう。
テーブルの上にはトーストとサラダ、ゆで卵が用意されていた。
ノーラには龍ヶ崎家の朝食を再現させているのだが、トーストの焼き加減、サラダの味、ゆで卵の半熟具合まで完全に再現されていた。
味付けまでは詳しく教えてはいない。朝食に並んでいたメニューを言っただけだ。それなのに、ここまで忠実に作り上げることができるのは、もはや超能力ではないかと思えてくる。
「では、いただく」
クレアは朝食に手を付け始める。
キッチンからはコーヒーの香りが漂ってきている。ノーラが淹れるコーヒーは、龍ヶ崎の屋敷で出てきたものよりもずっと美味しい。
何でも言うことを聞く有能なメイド。
それがクレアの最大の武器だった。
お読みいただきありがとうございます。
感想をお待ちしております。




