09:銀髪のメイド
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全身真っ白の怪物が、クレアを見つめている。
とびきりのごちそうを目の前にして、張り切っているようだった。
「むふふふ! とても、美味そう、なんだなー」
この化け物にとって、クレアはメインディッシュであった。
「な、なぜなのだ……」
クレアは呟く。
「んんー?」
「どうして貴様は、人間を喰らうのだ? シカやイノシシの肉ではダメなのか?」
クレアはガウスの言葉を思い出していた。
魔族が人間を襲うことは稀であり、人間の肉を食うのはよっぽど腹を空かせている時である、と彼は言っていたのだ。
茂みでは骨がいくつも見つかったので、この森には動物がたくさんいると思われる。よって、魔族たちの餌が不足しているとは考えにくい。
それなのに、この魔族は執拗に人間を襲う。どうしてそこまでして、人の肉を求めているのか。
すると、魔族はこう答えた。
「おいらは、人間の肉が、大好きなんだなー。人間は、他の動物よりも、塩気があって、美味いんだなー」
魔族にも色んな個体がいるのだった。味の好みもそれぞれ異なるのである。
シカ肉を好む魔族もいれば、クマの肉を好む魔族もいる。
クレアたちは不運だった。よりにもよって、人間の肉を好んで食べる魔族に遭遇してしまったのだから。
よっぽどの不運が重ならなければ……という話だったが、クレアは今、その「よっぽど」の状況に直面しているのだ。
これも神のイタズラなのだろうか。
どうしてこうも、ついてないことばかり立て続けに起こるのだろうか。なぜ自分は何度も理不尽な目に遭ってしまうのか。
「おいら、女の子、好きなんだなー」
もうダメなのか? また死んでしまうのか?
何もできないまま、二度目の人生が終わってしまうのか?
諦めかけたその時だった。
―――中には物分かりのいい魔族もいるから、上手く交渉すれば見逃してくれることもある。
クレアの脳裏にまたしても、ガウスの言葉が蘇るのだった。
……そうだ。交渉だ。
魔族は言葉が話せる。人間の言葉を理解することができる。
現に今もこうしてヤツと会話をしているではないか。
最後の望みを懸ける。この化け物を説得するしかない。
「それじゃ、最後の一人、食べちゃうんだなー」
化け物はクレアに向って手を伸ばす。
「待て! 待ってくれ! 取引だ! 取引をしよう!」
すると、ソイツは手をピタリと止めた。
「トリ、ヒキ……?」
「そうだ。取引だ」
キョトンとする魔族。
何かを思いとどまっているように見える。
これは上手くいけるのでは……?
かすかな希望の光がクレアに差し込むかと思われた……。
……しかし。
「トリヒキ? 何それ美味しいの?」
万事休す。
この化け物は話の通じない化け物だったのだ。
「おいらは、人間が、一番、好き、なんだなー」
「や、やめろ……!」
魔族の右手がクレアの体を掴む。
ガッシリと、全身をホールドしている。
ダメだ。今度こそダメだ。
抵抗するクレア。だが、ヤツの力はとてつもなく強い。
「人間より、美味いものは、ないんだなー」
魔族はクレアを力強く握りしめた。
「うっ! うああああああああっ!」
叫び声をあげるクレア。全身が握り潰されてしまいそうだった。
魔族の握力で、クレアが身に着けていた勾玉にヒビが入る。そして、ついには粉々に砕け散ってしまった。
これは……そう。この世界へ来る前に、女神からもらった謎の勾玉である。
いざという時に役立つかもしれない、という話だったが、結局何も起こらなかったではないか。
破片と化した勾玉はパラパラと地面に落ちていった。
役に立たないガラクタを選ぶことしかできなかった自分が憎い。もし自分に力があれば……。もし腕力があれば、最強の剣を選んでいたはずなのに。あの剣があれば、こんな化け物など、今頃とっくに殺すことができていたのに……。
「あーーーーーーーん」
食欲旺盛な化け物は、大きく口を開けた。
びっしりと生えた歯がクレアを迎えようとしている。
食われる。また食われる。
前世でもクレアは食い殺されている。あの時は腹部を食われた。今度は全身丸ごと食われてしまうようだ。
(私は骨すら残らずに消えてしまうのか……)
何が異世界でリベンジだ。何がクズの王だ。
結局何もできないまま、二度目の世界でもあっけなく死んでしまうのか。
情けない。悔しい。腹立たしい。
どうして自分は、こんなにも無力なのだ……!
クレアは歯を食いしばり、涙を流した。
そして、そのまま化け物の口の中へ……。
龍ヶ崎クレアの二度目の人生が終わる。
そう思われた時だった。
―――カッ!
「ぬおおおお?!」
突然、眩しい光が魔族に襲い掛かったのである。
驚いた魔族はクレアを手放してしまった。
地面に落とされるクレア。ドスン、という音がした。
「目がぁー! 目がぁー! なんだなー」
両目を抑える怪物。どうやら光が目に入ってしまったようだ。
何が起こったのか、クレアにもわからなかった。
赤い光が天に向かって真っすぐ伸びている。地面から赤い柱が生えているのだ。
よく見てみると、その光は砕け散った勾玉から放たれていることがわかった。
まさか、本当にこれはただの石ではなかったというのか?
赤い魔法陣が地面に浮かび上がる。そして、魔法陣から伸びていた光の柱が徐々に消えてゆく。
その光の柱の中に……。
「彼女」はいた。
「彼女」はまるで眠っているような表情で、魔法陣の上に立っている。そして、ゆっくりと目を開いた。
目が合う。その瞳はクレアの姿をしっかりと捕えていた。
現れたのは、一人のメイドだった。
(メイド……? なぜこんなところに?)
何が何だかさっぱりだ。
クレアは状況を把握できていなかった。
勾玉が割れて、謎の発光が起こり、光の中からメイドが出てきた。
誰がそんな話を信じるだろう。
摩訶不思議な出来事が、今、目の前で起こっているのである。
変な夢でも見ているのだろうか……?
だが、これは夢などではない。現実だ。
そのメイドはクレアを見るなり、こう言うのだった。
「お呼びですか? マスター」
クレアは口を開いたまま、メイドの顔を茫然と眺めていることしかできなかった。
(え? マスター? それって、私のことなのか……?)
銀髪のロングヘアをしたメイド服姿の女。
その顔立ちには現実離れした美しさがあった。
「さぁ、ご命令を……」
この奇妙な出会いが後にクレアの運命を大きく変えることになる。
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