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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
畿内統一へ駆ける
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84話 毛利家の思惑

天正十年六月三日

惟任日向守光秀は安土城に入城を果たした。

まさに神速の動きであり、蒲生父子も落ち延びることができず、降伏している。書状を送った国衆達も驚き、逐次与力を申し出る旨の報告が舞い込んできていた。

近江守護家の京極高次、若狭守護家の武田元明、近江国衆では、山崎片家、阿閉貞征、多賀典則、進藤賢盛、後藤高治などの面々である。

光秀は中でも阿閉貞征父子の与力を喜び、明智忍軍と共同して、秀吉の親族を捕縛するよう命令していた。また旧守護家に対しては、働き次第で家の再興を約したのだった。



しかし、すべてが順風満帆だったわけではない。

この日源三、弥一配下の明智忍軍が、満身創痍で光秀に復命した。


「大殿様……我等、ご命令にも関わらず、家康を討ち果たすこと叶わず、多くの命を失いました。組頭の源三、弥一共に討ち死に致しました……申し訳ござりませぬ」

夕霧が光秀に報告したのだった。


「夕霧……それに他の者達も……よう働いた。

わしが無理な命令を出したせいで、かくも若い者達の命を散らしてしもうたのだな……謝らねばならんのはわしの方じゃ……すまぬ。許してくれ……」

光秀は心を痛め、涙が零れそうになった。今まで尽くしてきた者達に申し訳ない気持ちで一杯だったからである。


「大殿様……勿体ないお言葉……我等、今後も懸命に働く所存」

弥一の組下の生き残り、隼太が応えた。


「うむ。忝い……手傷を負った者も多かろう?

暫くは休むがよい。今のところ順調に事が運んでおる故、少なくとも数日は戦も無かろう。必ず体を休めるのじゃぞ。よいな……」

光秀は念押しした。




六月三日夕刻、新たな報告が入った。

明智忍軍が、美濃への脱出を試みていた秀吉の親族を捕縛したというのだ。

秀吉の生母である「なか」と正室の「ねね」である。抵抗したため、護衛の兵たちは討ち取られた事も報告された。両名は自害しようとしたが、丁重に保護する旨説得され、軟禁される事となった。

また、儀礼的ではあるが筒井順慶配下の山城槇島城主、井戸若狭守良弘が兵五百とともに安土に入城した。良弘は順慶が逡巡した結果、着到が遅れたため些かバツが悪そうであった。




一方、備中高松の毛利軍の陣所では軍議がなされていた。

陣幕の中では、小早川左衛門佐隆景、安国寺恵瓊、吉川駿河守元春が密談に及んでいたのである。この時点になって初めて、元春には信長生害の事実が伝えられていた。


「左衛門佐……信長生害が事実であれば和睦などする事はあるまい。

明智の使者が申す通り、手合いして羽柴を挟撃すれば良いではないか?

それを三か国割譲に宗治の切腹など言語道断じゃ。

わしは納得など出来ぬ……」

元春は当然の反応を示した。また、今まで秘匿されていた事に対して含むところもあったのだろう。実に強圧的に捲し立てた。


「兄者……今の毛利の状況を考えて見られよ。

水軍は分裂し、国衆も切り崩されておる。

羽柴勢と戦うとなれば、まず我らが矢面に立つことになる。

勝てるとお思いか?」

隆景は軟らかく説得を試みた。


「持久戦で良かろう?手合いすれば、いずれ明智が背後を突くであろう?

さすれば、負ける事などあるまい?

上手くすれば羽柴の領地も切り取れよう?」

元春はあくまで強硬である。


「兄者……確かにそうなれば負けぬであろう?

しかし、明智が背後を突くまでは如何される?

謀反によって前右府殿を生害した以上、周りは敵だらけじゃ。

もし明智が躓けば、我らはすべてを失う……

そのような博打が打てようか?

それに、羽柴なら短期間に我等の領地を切り取れよう?

損害も大きくなる事疑いない」


「しかし、三か国割譲と宗治の切腹は絶対に納得できぬ」

話は堂々巡りしそうであった。


「駿河守様……その条件を我等が妥協できる処まで緩めればよろしくはありませぬか?和睦を急ぐのは羽柴殿の方……今後の談合次第で可能と思われまするが……」

恵瓊が間に入った。


「如何様な条件にするというのじゃ?」

元春は問いかけた。


「そうですな……割譲を二か国に減じ、高松城の兵は総赦免。

これくらいは相手も妥協致しましょう……」

恵瓊は自信のある範囲で条件を提示した。


「羽柴が納得するのかの?

わしは領地の割譲自体が我慢がならぬのじゃ。

すべて現状通りにできるなら和睦に応じようではないか?

羽柴もすぐ戻りたいなら応じるであろう?」


「兄者……それでは意地でも羽柴殿は応じぬでしょう。

大掛かりな戦になり申す。我らは勝てませぬ……」


「わしは羽柴が嫌いなのじゃ。和睦とは対等な条件のはず……

兎に角、今のままでは話にならぬわ。

御坊……時間をかけてでも談合して頂きたい。よろしいかな?」

そう言うと元春はさっさと退出してしまった。



「左衛門佐殿……困りましたな。

あまりに噛みあいませぬ。難航するでしょうな……

兎に角まずは相手の出方を伺いますか?」

恵瓊は隆景に判断を委ねた。


「御坊……兄者のいう事も一理ある。

わしとて、領地の割譲は納得しておらぬ。

だが、どうしても和睦せねばならぬのじゃ。

和睦がなれば、領内を纏めることも能おう。

だが、羽柴殿と戦えば犠牲が多くなる。

明智殿が漁夫の利で喜ぶだけの事……

もし明智殿の力が増せば、次こそ立ち向かえぬ。

兄者にはそれがわからぬのじゃ」


「確かに……和睦がなれば、明智と戦うのは羽柴殿。

毛利家は何も犠牲にせずとも利益だけ享受できましょう。

仮にどちらが勝つにせよ、その後の外交で有利に運べましょう」

恵瓊が深謀遠慮を言ってのけた。


「という事で、御坊……再度交渉してくだされ。

まずはすべて総赦免の対等な和睦で様子を見ようっではないか?

当然納得せず、条件提示してくるであろう?

間違っても相手方から決裂はせぬはず……」


「承知いたしました。まずはやってみましょう」

こうして恵瓊は再度、秀吉の陣所を訪れたのであった。





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