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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
本能寺への道
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75話 長宗我部水軍出撃

天正十年五月二十九日

此処、浦戸の港には長宗我部水軍が集結していた。

率いるのは、四国の雄、長宗我部元親の嫡男、弥三郎信親である。

港には、旗艦海王丸のひと際大きな船体が輝いていた。

実際に水軍の運用は、池四郎左衛門が任されている。

そして、陸戦部隊として、香宗我部親泰が指揮を任された。


「叔父上、某は海戦の指揮に回りますので、淡路の城を乗っ取るのはお任せいたします。何分良しなに頼み入りまする」


「弥三郎殿‥‥‥わしはこのような艦隊見た事もない。

敵が見たら、度肝を抜かれような?

城を落とすのは、美味しい役処。任せて頂こう。ハハハッ」

親泰は快く請け負ったのであった。


「淡路は、仙谷秀久とその一味がおりまする。枢要な城は、洲本城と岩屋城です。叔父上ならば、すぐにでも落とせましょう?それに、渋々従っておった国衆も味方になるでしょう。

宜しくお願いいたす‥‥‥」


「心得た。それに陸上では兄上が阿波へ一斉に攻め入ろう?

一気に、讃岐まで平らげる覚悟らしいの?胸が高鳴る話じゃ」


「上手くいけば良いですが‥‥‥万事戦は読めぬもの。

いくら準備しても、不安はありまする」


「うむ。弥三郎殿、それくらい慎重で丁度良い。

わしは、兄に任せっきりで従ってきた。

恥ずかしながら、大きな戦略など描けぬし、不得手じゃ。

父親譲りの軍略を拝見しようぞ‥‥‥ワハッハッハ」

そう言って、親泰は陸戦部隊の乗る軍船に戻っていった。


「若殿、そろそろ出航にござる。

大小合わせて、総勢120隻ほど‥‥‥

まずは、軍船から出ます。立ちはだかる者は何者も葬りまする」


「うむ。淡路までは受け身で良かろう?攻撃されれば別儀じゃが、なるだけ秘匿したい。無用な船戦は避けるとしようか?」

四郎右衛門は、戦いたくて仕方ない様子だった。

弥三郎の懸念は、九鬼水軍の動向であった。本能寺の変の直前は、堺近辺にいたはずである。もし、出てくれば船戦になる。しかも鉄張船が6隻以上いたはず‥‥‥

負けぬであろうが、初めての戦闘で不安ではあった。


そして、主力艦艇が出航する。

まずは、海王丸が大きな帆を広げ滑り出した。そして、4隻の新造艦が続く。

沖に出ると、周りを囲むように関船・小早が囲み船団を組んだ。

風の状態もよく、艦隊は順調に阿波へ向けて進んでいった。


「弥三郎殿‥‥‥何や憂いの多い顔つきやないか?」

船上で話しかけてきたのは、土橋守重であった。


「はい。正直なところ不安でいっぱいなのです。

準備は抜かりなく致したつもりですが‥‥‥

計画通り、羽柴軍を攻撃できるのか?

淡路の攻略は?そもそも、無事に摂津沖までいけるのか‥‥‥

考えれば不安なのです」


「成程な‥‥‥未来知識なんかないオッサンとしての意見やがの‥‥‥

恐らくは大した戦なんか起こらず、行けると思うで」

守重は楽観論を語った。


「何故そう思われます?」


「そうやな‥‥‥それは信長いう存在の大きさや。

わしは戦ってきたからわかるんやが、信長は神がかってるんや。

今まで何度となく危機があったが、その都度運が味方してな‥‥‥

田楽狭間、金ヶ崎、それから信玄公や謙信公も信じられんくらい、信長の都合のエエように死んどる。織田家の武将たちは、信長を神と思ってるんや。

その信長が死んだ衝撃は筆舌に尽くしがたいやろ。

おそらく妄信して従ってきた連中は、完全に戦意喪失しよる。

そうなったら、本能としてまず自分の本貫の地に逃げ帰るはずや。そして情勢を見極める。それが人間の心理いうもんや‥‥‥」

守重は達観したように語って見せた。


「そういうものでしょうか?」


「ああ‥‥‥賭けてもエエで。必ずそうなる。

確固たる意志のない人間は、そんな中で冷静に判断できん。

負けてしまうんや‥‥‥」


「若太夫殿から見て、最も手強い敵はどなたでしょう?」

弥三郎は尋ねた。未来知識のない、一廉の武将の意見を聞きたかった。


「徳川殿やろな‥‥‥信長を知りながら、ずっと耐え続けて此処まで来たんや。それに譜代衆の忠誠も頗る高いやろ。あの忍耐力は半端やない」


「成程、某もそう思いまする‥‥‥ある意味、羽柴殿より恐ろしき敵」


「ああ、羽柴も傑物やが、周りの人間は利で動くんや。

其処が違いやろうな‥‥‥」


こうして、弥三郎は守重と語り合い、幾分気が楽になったのだった。






一方、膠着状態となった備中高松では、毛利と秀吉との間で交渉が行われていた。秀吉の陣所には、何度となく毛利の外交僧である、安国寺恵瓊が訪れていた。


黒田官兵衛の策略で、毛利には厳しい和睦案が提示されていたのだった。

曰く、備中・備後・美作・伯耆・出雲の五か国割譲と清水宗治の切腹である。毛利としては、とても受け入れがたい条件である。特に、毛利家に忠誠を誓っている清水宗治の切腹だけは何としても回避しなければ、領国支配が瓦解しかねない状況であった。


「御坊‥‥‥和睦の条件、納得いかぬかもしれぬが、曲げてご承引頂けぬか?

我が殿は、上様に対し奉り、援軍を要請致した。

万一上様が御着到致さば、和睦自体があり得ぬ話になり申す。

無駄な犠牲を出さぬためにも、この辺りが落とし所ではござらぬか?」

官兵衛は、言葉こそ遜っているが、冷たく言い放った。


「黒田殿、その和睦案はあまりにもご無体。

拙僧としても、そのまま持ち帰れませぬ‥‥‥

せめて、宗治殿の切腹だけは‥‥‥何卒‥‥‥」


「お気持ちはわからぬでもないがの‥‥‥

時間は貴重でござる。上様はすでに京におられる。

すぐにでも西国に向かわれよう。

そうなっては、如何な条件であろうと毛利家の滅亡は必定。

これは我が殿の恩情でござるよ‥‥‥」


「御坊‥‥‥左衛門左殿を何とか説得なされよ。

それがご当家のためでもある。

あまり意地を張らぬのが得策でござろう?」

駄目を押すように、横に控えていた蜂須賀小六が答えた。


「兎に角、再度持ち帰り協議致します。

暫くの猶予を頂きたい。何卒お願い申し上げる」

そう言って恵瓊は陣を後にした。


「官兵衛、恵瓊は相当困っておるの?冷静な左衛門左ならいざ知らず、血の気の多い吉川が納得するはずもないわの?官兵衛も意地が悪い。ハハハッ」

陣幕の奥で聞き耳を立てていた秀吉が言った。


「確かに‥‥‥

吉川殿だけでなく、左衛門左殿でも、あの条件は飲めぬでありましょうな。

五か国割譲と宗治の切腹では、最早お家が立ちゆきませぬ。

辛うじて大名家の体を為すのみですからな。

これで条件を緩めれば、妥協いたしましょう。

三か国と宗治の切腹‥‥‥この辺りかと」


「うむ。であろうな‥‥‥

して、三左からは何か言ってきおったか?」


「はい。今明智殿は亀山におられるそうです。

諸将も集結し、出陣を待つばかりとか‥‥‥

どこに軍勢を向けられるか‥‥‥それを見届けるばかりにて」


「そうか‥‥‥京への道筋を厳重に見張れよ?

そして、京へ向かえば、謀反は確定したも同然じゃ。

あとは和睦して、神速で畿内へ取って返すばかり」

秀吉は半ば確信したように言い放った。


「山陽道も整備が完了いたしました。

諸城にも抜かりなきよう手配しておりまする。

報告を待つばかりにて‥‥‥」


「うむ、重畳じゃ。もうずぐ歴史が変わるかもしれぬな‥‥‥

ワッハッハッハ‥‥‥」

秀吉は得も言われぬ興奮の中にあった。

天に駆け上がる昇竜のごとき己の姿を想像したのかもしれない‥‥‥



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