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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
本能寺への道
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72話 渡海

天正十年五月二十七日

神戸三七こと織田信孝は、安土に伺候した。

織田連枝衆であったが、一軍の指揮を任されない信孝には不満があった。

その状況を信長も考え、四国遠征軍の総大将に任命したのである。

だが、信孝は北伊勢の河曲・鈴鹿の二郡を治めるに過ぎず、兵力面での不安があり、副将として丹羽長秀、蜂屋頼隆、津田信澄にも与力させていた。

当然、領内には過剰なほどの動員をかけ、それでも足りずに伊賀甲賀衆や、雑賀衆にまで傭兵としての従軍を要請したのであった。

信孝は、やっと方面軍の指揮を任され安堵してもいた。


「太郎右衛門‥‥‥渡海の準備はどうじゃ?怠りないか?」

信孝は家老の岡本良勝に問いかけた。


「抜かりなく‥‥‥しかし、短期間にこれ程の軍勢が集まったのは幸運でしたな?丹羽殿始め、歴戦の方々もおられます。有難い事です‥‥‥」

良勝は当たり障りなく答えたが、信孝は不満げであった。

其処へ、津田信澄が挨拶に訪れた。


「三七殿‥‥‥総大将への就任、おめでとうござります。

某も粉骨致しますので、良しなに‥‥‥」


「うむ。励むがよいぞ‥‥‥」

信孝はぶっきら棒に答えた。同じ連枝衆でも、信長の実子である信孝と、甥である信澄では格が違うと思っている。今まで大差ない扱いをされていたことに忸怩たる思いがあったのだ。

信澄が立ち去ると、信孝は不満をぶちまけた。


「ふんッ‥‥‥あやつは謀反人の息子ではないか‥‥‥

父上が取り立てていたのが納得できぬな‥‥‥」


「殿‥‥‥滅多なことを口になさいますな。

配下を使うことも総大将の器にござる。

七兵衛殿はなかなかの器量者にござれば、上手く使いなされませ‥‥‥」

大人気ない信孝を良勝は嗜めたのだった。


一方、四国遠征軍に従軍している孫三郎は、雑賀衆千人とともに安土から摂津に向かいつつあった。総勢一万四千のうちの千人であるから、結構な戦力である。


「善之助‥‥‥この人数いうても、大したことなさそうやな?

所詮寄せ集めや。信孝は自分の所領からも根こそぎ動員したらしい」


「孫‥‥‥何ぞ起きたら、こら戦力にはならんな‥‥‥

正直、四国に渡って、長曾我部と戦うにも心もとないぞ」


「確かにな‥‥‥三好の戦力もあるやろけど、簡単には勝てんで‥‥‥」


「まあ、都合ええ話や‥‥‥

それより孫三郎よ‥‥‥おまえどっちを殺る?丹羽か蜂屋か‥‥‥」

善之助は物騒な提案をした。


「一番の獲物の丹羽は譲るわ‥‥‥腕はおまえが上やからな」


「おっ‥‥‥気前ええやないか?任してもらお‥‥‥」


雑賀の鉄砲上手たちの会話は尽きなかった‥‥‥





同日、俺は渡海の準備に入っていた。

香川五郎次郎と打ち合わせたのち、その家臣、山地九郎左衛門と準備に入ったのだ。


「わが殿と岡豊の大殿から渡海を手助けせよと仰せつかった。

山地九郎左衛門と申す。

この界隈は海の難所故、簡単ではござらぬが、お任せくだされ」

九郎左衛門は型どおりの挨拶をした。

やはり、海の男らしく真っ黒に日焼けしている。


「九郎左衛門殿……故あって身分を明かす訳には参りませぬが、良しなに頼み入る。いずれ改めてご挨拶させて頂きます故、平にご容赦を……」

俺は、申し訳なさそうに答えた。


「何の……某のような海賊大将は、表に出せぬ仕事も多いのです。

お気になさいますな……海の掟は、陸とは異なり申す。

敵同士でも談合したり致しますからな……ハハハッ」


「左様なものなのですか?詳しくわかりませなんだ」


「まあ、兎に角大船に乗ったつもりでお任せを……

といっても実際に乗るのは小船ですが……」


俺は、軽い冗談を言える、この男に好感を持った。

そして、瀬戸の荒海に漕ぎ出したのである。


さすがに海の難所らしく、素人目にも潮流の速さが分かった。

操船は難しいであろうことは容易に想像できた。

九郎左衛門も、しきりに漕ぎ手や船手頭に激を飛ばしている。

そして、半ばまで来たときにそれは起こった……


「おい、すぐに避けよ……」

九郎左衛門が大声で怒鳴った。


島影から、ものすごい速度で迫る船があったのだ。

それも一隻ではない。前方に二隻……

そして、知らぬ間に後方からも二隻が……

明らかに、自分たちの船を囲みに来たのである。


「塩飽水軍です……正直なところ逃げ切れませぬな。

申し訳ござらぬが……

取敢えず、コレで話をつけてみます」

そう言って、九郎左衛門は革袋を取り出した。


「某、山地九郎左衛門と申す。

コレで何とか道を空けて頂けませぬかの?」


「何とも面妖ですのぅ?積み荷がある訳で無し……

何か人でも送り届けるおつもりか?九郎左衛門殿……」

その男は既知のようであった。


「誰かと思えば、四郎右衛門殿か?

昔の誼じゃ……何とか頼めぬか?」

その男は塩飽水軍の頭領の一人で入江四郎右衛門だった。


「それは良しとして、人であれば単純ではないの?

手間は掛けぬから、一度船を下りられよ。

伝太夫にも言わぬ訳にはいかぬ」

そう返答が返ってきたのだった。

俺は自分の歴史の記憶を手繰り思い当たった。

伝太夫とは、宮本道意だという事に思い当たったのだった。

そして、一度下船するこになったのだ。


俺たちは宮本伝太夫の元に案内された。

この当時は信長から朱印状を貰い、協力していたはずだった。


「宮本伝太夫じゃ……九郎左衛門、久しいの?

お主程の者が、人運びとは珍しいの?」


「懐かしいですな……伝太夫殿。

実は、岡豊の大殿直々のお声掛かりで引き受けたのですよ。

某もこの両名の素性は知らぬのです……」

九郎左衛門も正直に答えた。


「海の流儀はあまり詮索せぬが本分……ここは通していただけぬか?」


「わしは金などはどうでも良いのよ……

この塩飽が、戦国の世で生き抜けさえすればの……

じゃから、元親殿の使者というのが聞き捨てならんのじゃ。

ご両名、名乗らぬか?」

伝太夫は俺に問いかけた。


俺は真剣な眼で相手を射た。

「申し訳ありませぬが、名乗る事叶いませぬ。

この国の行く末を賭けた事なれば……

何とかお見逃し頂けませぬか?」


「それはできぬ相談よ……筋が通るまい。

我ら塩飽水軍は、織田家より朱印状を頂いておる。

元親殿からの使者なれば、我らとの利害が絡む故な……」


「では、今から十日以内に必ず此処に戻り、子細お話致します。

それでご勘弁願えませぬか?」

俺は懇願した。


「そこまでして名乗れぬ事情があるのかの?

我らは海の民故、大名家の諍いに巻き込まれたくはない。

じゃが、その方の目は……覚悟があるのよの?

そこでじゃ、九郎左衛門に人質として残ってもらう。

それでその方の言う事、真かどうか担保できよう?」


「しかし、九郎左衛門殿が居られば渡海がかないませぬ……」


「心配無用……対岸まで我らがお送り致そう。

もし、十日以内の戻らねば首を刎ねる。

よろしいかな?」


「それしかあるまい……必ず戻って下され」

そう言って、九郎左衛門は笑顔を作った。

俺は申し訳ない気持ちで一杯であった。

だが、この期に及んでは仕方なかった。


そして、俺たちは塩飽水軍の船で無事対岸へ渡ったのである。

また、五日目以降は上陸地点に迎えを寄越して待機してもらう手筈も整えた。俺は、九郎左衛門の命を預かる立場になった。


本能寺の変まであと五日……

俺たちは、これから備中高松にたどり着かねばならない。




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