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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
本能寺への道
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66話 一時の宴

天正十年五月二日


俺は、源七と長安とともに近江坂本を後にした。

一度、甲賀の隠れ里に立ち寄る予定である。理由は……

どうしても京姉と一目会いたかったからだ。勿論それだけではないが……


想像を絶する山の中であった。初めて訪れる、俺と長安にとっては、かなり厳しい道のりであり、到着した途端に座り込んでしまったものだ。

俺は到着すると、まず、隠れ里の長老に挨拶に訪れた。


「お初にお目にかかります。惟任日向守が嫡子、十五郎光慶と申します。父光秀共々、ずっとお世話になっておりまする。今後も良しなにお頼み申しまする……」


「おぉ~~十五郎様であらせられますか?源七がお世話になっておりまする。また、大殿様からは長年良くして頂いておりまする。我ら終生の忠誠をお誓い申し上げまする故、引き続きお願い申し上げまする……」

そう言って、長老は平伏したのだった。


「しかし、失礼ながら、何とも凛々しきお姿……大殿の若かりし頃よりもご立派にあらせられる……この翁が生きておる間に、平和の世をお見せくだされ……」

改めて、長老が語ったのだった。


「はい。必ずや……」

俺はそうとしか答えられなかった。


「十五郎さま……久しゅうござります」


「千代殿……息災であられましたか?お会いできて光栄です」

俺は堅苦しく京姉に挨拶した。


「十五郎さま、今宵は我が家にお泊まり下さりませ……

色々とお見せしたいものもござります故……」


「はい。そうさせて頂きます。明日には此処を発ちます故……」


そして、隠れ里では細やかな宴が催されたのだった。

俺は、こんなに寛いだ気分になれたのは久しぶりだった。

長安も源七も気が抜けたのか、楽しそうにしていた。

そして、俺と京姉は中座し、京姉の屋敷に行ったのだ……

屋敷と呼ぶには、かなりみすぼらしかったが……


「恵君……いよいよやね……」


「うん。一世一代の大仕事って感じや……」


「必ず帰ってきてね……待ってるから……」


「心配ない。必ず戻ってくる。

秀吉との決戦が終われば、大っぴらにできるやろ……

その時には坂本に移って来ればエエ。親父にも紹介するから」


「嬉しい……でもなんか緊張するなぁ……」


「そうか?あ……実はな、信長に女婿になれって言われたんや。

信長の娘と結婚しろって……断れんかった。

まあでも、反故と一緒やけどな……」


「へぇ~~評価されてるんやね……

歴史が変わってるやんか?」


「あぁ。そうなるな……俺が色んな絵描いてるとか……

まさか、思ってないやろうな……」


「しかし、未来はどうなるんやろか?

ウチらは未来には戻れんよね?」


「そうやろうな……まああんな死に方する未来やったら、戻らんほうがマシやな。この時代で京姉と結ばれるんやったら、俺はかまへん。この時代で一緒に生きようやないか?」


「うん。嬉しい……絶対に死なんでよ?」


「そりゃ確約はできんけど……

俺は勝手に、未来の人々が俺らに使命を与えた……って思ってるんや。

やから、やり遂げないかん。結果はどうしても多くの人命を奪うやろ。

でも、正しいと思う道を確固たる意志で進まなあかんのや……

そう言い聞かせてる」


「うん。それでいいと思う。ウチは一人でも多くの人を助けられるように医学の発展に尽くすつもり。やっと抗生物質の研究も進んでる。それに他の病気の薬や、解毒剤もわかる範囲で作るつもり。もういくらかはできるかもしれん。けど臨床試験やりようがないから、そこはリスクもあるけどね……」


「そっか~、頑張ってるんやな……頼りにしてる」


そうして、俺たちは唇を重ねた。

心の片隅に、最後かもしれない……という不安はあった。

今から敵地に向かおうとしているわけだから……

けど、京姉に触れていると、いつしかそんな不安が和らいでいく気がした。

そして、俺たちはずっと抱き合った……



翌日、俺は源七と共に雑賀に向けて出立した。

名残惜しかったが、気持ちを切り替え、先の事に思いを巡られたのだった。

なるべく人目に付かぬようにもせねばならない……

そして、二日後、雑賀郷に到着した。予め書状を送っていたこともあって、孫三郎が迎えに来ていた。そして、雑賀城に案内されたのだった。

そして、初めて雑賀孫市と会い見えることとなったのだ。

その場には、善之助も居て、五人で方策を練ることとなったのだ。


「お初にお目にかかります。惟任日向守が嫡子、十五郎光慶にござります」


「雑賀孫市や。通称やけどな……良しなに頼む……

まあ、肩肘張らんと、気楽に話そうやないか?

十五郎さんも未来では、こんな風にしゃべってたんやろ?

ワシは気にせんから、ため口でエエぞ」


「はい。ではお言葉に甘えます……」


「十五郎実はな……あの信孝から従軍の依頼が来とるんや。

これは渡りに船やと思うな。奇襲には持ってこいやからな。

で、その加勢部隊にワシと善之助が加わることにしたんや。

親父には別に本隊を率いて、岸和田を攻めて貰おうかと思う……

どうやろか?」


「お~それエエな。奇襲効果あるやろうし、上手くやれば丹羽、蜂屋を討ち取れるかもしれん。そのつもりなんやろ?」


「そや。狙撃して狙ったる。まあ、至近距離からは無理やけど、俺らの腕あったら当てることくらいはできるやろ……思てるんや。どっちかでも討ったら、軍勢自体が瓦解するかもしれんしな」


「岸和田城さえ押さえたら、和泉国は抑えたも同じや。

後は河内方面に睨みも効くやろ。そして、堺も抑える。

まあ、兵力的にはその辺が限界かもしれんけどな」


「まあ、しばらくしたら、土橋一党と根来も合流できる。

そしたら、かなり余裕出来るから攻めれるン違うか?」

孫市がそう見通しを述べた。


「毛利との交渉が終われば、長宗我部の水軍で摂津に上陸するつもりやから、守重さんも一緒に同行してもらおうかと思ってるけど、どうかな?」


「おっ……それなら話が早いな。

あいつが生きとったとわかったら、士気も上がるやろ」


「それと、甲賀の隠れ里で手榴弾作らせる。

これ、見本持ってきたけど、雑賀でも作れるわな?」

そう言って、俺は手榴弾を渡した。


「そやな……造りが単純そうやし、できるやろ……

材料は揃ってるし、使い方だけやな。

間違えたら、大変な事になる」


「確かにそうや……明智家では忍び衆に擲弾兵部隊作らせるんや。

雑賀も戦争慣れしてる人間多いからできる気がするけど……」


「親父……どう思う?」

孫三郎が聞いた。


「エエやないか。ワシが使こうて見よかな……

まあ、考えるわ……」


そのような話で盛り上がり、夜は酒盛りとなってしまった。

そして、酒肴を運んできた女を見て、驚いた。


「え??初音か?」


「見違えたやろが……実はワシの嫁になってもらう事になって、ちと修行してるんや。まあでも、本来の仕事もしてもらうけどな……」


「若殿……お頭……その……お久しぶりです」


「初音……見違えるようや……」

源七も嬉しそうだった。


「あ~~あ……お熱い事で……一人者は辛いのぉ」

善之助が口を尖らせて答えた。

ここでも、日常を忘れるような一時だったのだ。

そして、俺と源七は雑賀の商船で土佐に向けて旅立ったのだ。

五月六日の事である。


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