59話 逆転の発想
土佐の、とある海岸では二人の男が並んで語り合っていた。
後の四国の覇者、長宗我部元親と嫡男信親である。
時に、天正十年一月‥‥‥運命の時まで五か月である。
元親は天を仰ぎ見たまま、言葉なく立ち尽くしている。
「父上‥‥‥心苦しいですが、お話ししてもよろしゅうございますか?」
弥三郎が問いかけた。
「すまぬ‥‥‥聞かせてくれ‥‥‥」
「はい。我が家の不幸は、実はそれだけではありませぬ‥‥‥
私が討ち死にしたがために、後継ぎの問題が勃発するのです。
父上は四男盛親を推すのですが、次男香川親和を世継ぎに据えるよう秀吉から言われるのです。そのような中で、お人が変わられていた父上は、吉良親実や比江山親興を粛清します。
まもなく親和は亡くなり、後を継いだ盛親によって、三男津野親忠は殺されます」
「何という事‥‥‥わしはそこまで変わっておるのか?
全部、おまえの死が原因なのか?」
「わかりませぬ。あくまで、未来の私が知っておる歴史でございます。
しかし、更に悲劇的な事に、秀吉亡き後またも天下は騒乱になるのです。徳川殿が天下を簒奪すべく動かれるのです。そこで天下を賭けた大戦があります。その時に盛親は豊臣方として参戦するのです。結果、徳川殿が勝利し、長宗我部家は改易となりまする。
その時点では、まだ豊臣家も存続しているのですが、徳川の天下を危うくする存在と見なされ、豊臣家討伐の動きに出ます。「大阪の陣」と呼ばれる戦国最後の戦です。
この時に盛親は長宗我部再興を目指し、豊臣方として戦うのですが、敗れて処刑されます。そして、長宗我部家は完全に滅びるのです‥‥‥」
弥三郎は淡々と語った。
「して、その後日ノ本はどうなるのじゃ?
お前は随分先の未来から来たのじゃ。当然知っておろう?」
元親は冷静に語り掛けた。
「はい。今から二十一年後に徳川殿が、征夷大将軍に任命され、江戸に幕府を開いておられるのですが、豊臣家滅亡後、日ノ本は二百五十年もの間、平和を謳歌致します。「鎖国」といって諸外国のの交わりをほとんど絶ち、世界の進歩からは取り残されるのです。
そして、今からですと285年後ですが、江戸幕府も滅ぼされます。毛利・島津といった勢力が、帝を立てて内戦になるのです。そして、日ノ本は帝を中心にした国家として、欧米諸国に負けぬように、富国強兵と殖産興業に邁進し、近代化を図り、世界の強国に成長します。
しかし、その頃は世界の列強国が植民地争奪戦を繰り広げ、戦争ばかりしておるのです。世界中の国々を巻き込んだ大戦争が二度もあるのです。日ノ本は何度かの戦争には勝つのですが、二度目の世界大戦において敗北します。そして、その後、民を中心とした国に生まれ変わります。
「民主主義」という政治形態が広がるのです。そして大量殺戮兵器というものが蔓延いたします、それは通称「核兵器」というものですが、1個の武器で百万単位の人を殺せるものなのです。世界の各国がその兵器を所有し、絶妙な軍事的力関係によって、平和が保たれるのです。実際八十年程、平和な時代が到来いたします。日ノ本も経済大国として、平和を謳歌するのです」
「なるほど‥‥‥で、弥三郎はなぜこの時代に来たのだ?」
元親が問いかけた。
「はい。ついに、その平和が破られるのです。
その禁断の果実というべき「核兵器」がおそらく世界規模で使われたのだと思います。私は其の時に死にましたのでわかりませぬが、戦争行為の中で、その核兵器が使われると報復合戦になり、世界中の人々が死に絶えた‥‥‥と推測されます」
「なるほどの‥‥‥で、転生したお前は歴史を変革すべく動いておる‥‥‥
そういう事じゃな?」
「左様です。ただ‥‥‥その転生者というのが、私一人ではないのです。
未来で友人であった者が、他に五人、同じ時代に生まれ変わったのです。
その一人が、父上もご存知の、明智十五郎殿です。
そして、先程私が一緒にいた、鈴木孫三郎殿。あと他にも三名‥‥‥
それぞれが協力し合い、歴史変革をすべく計画しておるのです」
「そうか‥‥‥で、どのように今後動くというのじゃ?」
「はい。本能寺の変の後、明智の天下取りに協力し、同盟を結びます。
史実では、明智殿は秀吉に討たれますが、それを阻止致します。
変の直前には、実は長宗我部は危機に陥っておるのです。織田の軍勢が堺に集結し、討伐軍が渡海直前なのです。ですが信長公が討たれたため、その軍勢が霧散するのです。
ですので、その好機に四国を統一し、わが水軍で瀬戸内を制圧致します。
その間に、明智は畿内を抑えるでしょう。
あとは‥‥‥私の知る歴史そのものが変わるので、正直わかりませぬ。
ですが、明らかに違う動きがあるのです。歴史通りに「甲斐武田」は滅んでおりませぬし、変の後、明智と同盟するのです。雑賀・根来も同じく同盟して動きます。
これに、長宗我部が加われば、天下も取れましょう‥‥‥」
「なるほどの‥‥‥そこまで準備できておるのか?
そのための水軍、軍船であったのか‥‥‥
わが家の不幸と滅亡は避けられるのじゃな?」
「はい。わが家は天下の中枢において存続できるかと‥‥‥
それに、転生者六名は、歴史だけでなく未来の知識を持っておるのです。
それを活かし、日ノ本も世界の強国にするのです。
そうなれば、大幅に未来の歴史変革が可能であると‥‥‥信じます
暫くは、父上が家中を纏めて頂けませぬか?
私は、四郎右衛門と共に天下取りに向けての動きをしたく思います。
最強の水軍にて、海を巡るのです‥‥‥
そして、何十年か先に、私は海を渡ります‥‥‥」
「そうか‥‥‥わしもその時に一緒に行きたいものじゃ‥‥‥」
「是非‥‥‥父上、長生きして下され‥‥‥
恐らくですが、転生者の一人が、未来では医術を学んでおったのです。
人間五十年ではなく、もっと皆長生きできるようになっておるでしょう」
「わかった。では当面は家督の件は棚上げにしようぞ。
天下が定まれば、お前に継いでもらいたい。よいな‥‥‥」
「はい。喜んで努めまする‥‥‥
弟達とも争わぬよう、長宗我部と日ノ本の未来のために‥‥‥」
こうして、思いがけず信親の告白は終わったのだ‥‥‥
歴史は微妙な変化を伴って動き出していた。
表面的な事は何も変わってはいない。
だが、歴史の闇の部分で、転生者六名によってすでに改変されつつあった。




