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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
本能寺への道
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52話 流転

月日は流れる‥‥‥天正九年(1581年)も終わりに近づこうとしていた。

俺は、しばらく坂本にて今後の方策を練っていた。

父光秀は、相変わらず朝廷との取次で、京と坂本を行き来している。

俺にとって嬉しい事は、やっと京姉が近江に来てくれたことだ。

一気に移動するわけにはいかないので、歩き巫女の特権を活かしながら、徐々に甲賀の隠れ里に居を移していった。そして、坂本城下の旅籠で人目を忍んで会うことができた。


「京姉、やっと会えた。ホンマに嬉しい。

でも、甲賀に行ったら、またなかなか会えんな?

来年は勝負の年やから尚更や‥‥‥」


「恵君‥‥‥ここまで来たんやね?計画はどう?順調?」


「そうやな‥‥‥今のところは。でも不確定要素が多すぎて、不安な事ばっかりや。これからは、俺も汚いことに手を染めるかもしれん。許してくれるか?」

俺はずっと不安だったことを、改めて問うた。


「前も言ったやろ?アンタの因果は、ウチが人を助けることで償うって‥‥‥落ち着いたら、ペニシリンの研究をするつもりなんよ。時間はかかるやろうけど、これがあれば、この時代の多くの人を救えるかもしれん」

京姉はそんな事を考えていたんだ‥‥‥さすがや。

俺は嬉しかった‥‥‥ってか、正直、ペニシリンが抗生物質であるという事くらいしか俺は知らなかったが‥‥‥


「ありがとう。俺、絶対時代を変えて見せるからな‥‥‥」


「うん。頑張りや‥‥‥ずっと祈ってるからね」


俺たちは、そんな他愛のない会話をし、一夜を共にした。

そして翌日、京姉は甲賀の隠れ里に旅立っていった‥‥‥



そして、長安からも嬉しい連絡があった。

例の、「手榴弾」の試作品が早くも完成したというのだ。


「恵介‥‥‥どや?見てみぃ」

そう言って、俺に試作品を手渡した。


「なんかこれ‥‥‥イメージと違いますね?

パイナップルみたいな形してないっすね?」


「当たり前や。そこまでの技術ある訳ないやろ?

鉄板の加工技術が拙い以上、これが精いっぱいや。

やけど、形状は第二次大戦中のドイツ軍が使ってやつをマネしたんや

といっても種類は違うで。破片で殺傷するタイプやから‥‥‥」


その形状は、所謂「金槌」に近い。

竹筒の中に、導火線が通してあり、点火するとそれを火が伝っていき、炸薬に点火され爆発する仕組みだ。竹筒の中央部に穴が開いており、そこで火の移動を確認でき、投擲の目安にするようだ。


「恵介、コレならたぶん飛距離稼げるし、竹筒の中に導火線あるから、不発も大幅に減らせるはずや。大きさがあるから、携帯には不向きやけど、そこは今後改良やな。ちょっと実験しに行こか?」

俺は、源七を呼び、近くの山中に移動した。


「若殿‥‥‥これまた面妖な形の武器ですな?

ここに点火して投げるのですね?」


「長安殿?それでいいですよね?」


「そうや。穴開いてるとこまで、火が来たら投げるんや。

すぐに伏せろよ?念のためにな‥‥‥」


そして、源七が思い切り放り投げた‥‥‥


「ドォ~~ン」という轟音と共に爆発が起こった。


俺は、かなり焦った。源七も長安も同じく唖然とした表情だ。


「弾頭部分には、火薬を密度高くして入れてる。それに余りモノの釘や鉄クズを入れてるんや。見てみぃ‥‥‥」


爆発した地点に言ってみると、明らかに周辺の木々に内容物の釘などが突き刺さっていた。この時代の火薬は爆発力は低いが、それでも十分な殺傷能力があると思われた。


「長安殿……すごい威力ですな。しかし、戦慣れしてる者にしか、厳しいかもしれませぬ。徴用された農民兵では、無理かと……」

源七が、現実的な意見を述べた。確かにそうだ。今は現代とは違い、火を使う武器に対する耐性が全く違う。恐らく、専門の部隊を作り、訓練しないと味方に被害が出そうだ。


「長安殿、某も同意見です。前に言っておられた、擲弾兵部隊を作り訓練が必要かもしれませぬ。万一投げ損じたりすれば、味方が大変な事に……」


「ウゥ~~ン。やはりそうかな?誰でも使えるかと思ったけど……

ちょっと甘かったな。まあ実戦では役立ちそうやし、量産するか?」


「そうして下さい。ただ、軍事機密なんで大量生産は厳しいですね。

どこで作らせるかです……」


「ウァ~~ッ……わし、そこまで考えてなかった。

十五郎に任すわ。これは俺の両分やないしな」


「わかりました。考えます……細部を煮詰めてもらえますか?

材料さえあれば、何とかなりそうやし、俺が父光秀に告白してからの方が、エエような気がします」俺はそう結論した。


「武田攻めが終わったら告白するつもりです。三月あれば、ある程度量産できますよね?それまでに予算付けますんで、材料だけ集めてもらえますか?」


「了解や。そないしよ……源七さんも何かエエ案ないか考えてくれるか?」


「承知しました。極秘性が高そうですし、隠れ里の職人に当たってみます。それが一番良策かもしれませぬ……」


「成程……源七、頼めるか?」


そうして、一応の結論を見たのだった。



一方、羽柴秀吉は「鳥取城」を攻略し、次の出陣の準備のため姫路にいた。

この鳥取城の攻略戦は、所謂「飢え殺し」として有名である。

あまりの凄惨さのため、21世紀においても、戦国系の映画やドラマなどでも描かれることはほとんどない。カリバリズム(人肉食)が行われた事でも有名である。


「オォ~~官兵衛……ご苦労じゃったの……これからが大変じゃて。備中を攻めれば、毛利の後詰もあろう。やはり犠牲もでるじゃろうのぉ?」


「殿……鳥取では、宮部殿の大手柄もあり、何とか兵損も少なく済みましたが、毛利が本気で出てくれば、厳しい戦いを強いられるでしょう……吉川殿が味方になっておれば、幾分調略もできたやもしれませぬが……」

吉川経家は、鳥取城陥落の際に、秀吉が助命しようとしたが、潔く自害していた。秀吉はこの有能な武将を取り込みたかったが、叶わなかったのだ。


「そうじゃの……わしは残念でならんわぃ。命あっての物種じゃ。死んでしもうては、どうにもならんわぃ。武士は名を惜しむっちゅうのは、どうも理解できんのよ……

わしに言わせれば、潔いじゃあのうて、責任回避しとるとしか思えんわぃ。

わしなら、相手が殺すと言うまでは、腹なんぞ切らん。最後までもがいて、生きることに執着するがのぅ。だって、このご時世、何が起きるかわからん。突然、雷が落ちて敵が死ぬかもしれん。

何が何でも諦めんモンに、天は微笑むんじゃ……」

秀吉は、余程残念だったのか、一気に官兵衛に語った。


「某も、左様に思いまする……まあ、そのおかげで馬にも乗れぬようになり申したが……しかし、備中攻略は、やはり高松城でござるな。難攻不落の要害にて……

力攻めは、ほぼ不可能にござる。犠牲が増えるだけにて、何か方策を考えねばなりませぬ。もし毛利が本気で後詰致せば、俺らの兵力では勝てませぬ」


「うむ。官兵衛……何か方策を考えてくれぃ……」


「ハハッ、腹案が無い事もないですが……地形を詳細に調べてからですな」


「うむ。よきに計らえ……して、話は変わるが……

伊賀では、三左は上手くやりおったのか?」


「はい。伊賀は地侍共は壊滅したらしいですが、予想通り忍び等は、ある程度逃げ果せた様子……多くはないですが、取り込めたようにござる。徳川殿の被官、服部殿の元へ走った者を多かったようにござる」


「成程の……まあ仕方なかろう。三左に申し伝えぃ。明智と徳川の周辺を調べよとな。武田攻めが落ち着けば、何か事が起きよう?」


「確かに……徳川殿との関係が変わり申す。上様が何某かの策を弄するやもしれませぬ。明智殿も、内裏との間で板挟みになられておるご様子……調べておくべきでしょうな……」


「うむ。で、あろうの……して、雑賀はどうなっておる?

孫市は靡いてきそうか?」


「土橋一党との対立が先鋭化しております。遠からず内部抗争になるやもしれませぬが、何分、孫市殿は、我らとは違った人種に思えまする。「利」のみでは動きませぬなぁ」


「じゃから、毛利を倒せば、一国やるちゅておる。

それでも靡かぬとは……どうしたもんかの?わしには理解できんわぃ」


「ハハハッ、困った御仁ですな。いや失敬」


「まあ良い。まずは毛利じゃ……官兵衛、頼み入るぞ」



歴史を取り巻く状況は、予定通りに進行している。

もう天正九年も暮れようとしていた。






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