48話 困惑
俺は、安土から戻ると、すぐに長安を呼び出した。
もう、どうしていいかわからず、打ち明けたかったのだ。
父、光秀に報告する前に、どうしても‥‥‥
「長安殿、急にお呼び立てして、申し訳ありませぬ‥‥‥」
「若殿、如何なされました?」
長安の口調は、どうにも違和感があった。気遣いなんだろうが、俺の心理状態は、それどころではなかった。そして、安土での出来事を一気に話した。
「准教授‥‥‥大変なことになってしまいました。
歴史上では、まったく認知されていない事なんですが、今日、安土で‥‥‥
安土で、信長から「婿」になれと言われました。
信長の娘と結婚しろって‥‥‥
まだ、10歳らしいですが、来年に天下が落ち着いたら婚儀を進めると‥‥‥
俺、当然断れずに帰ってきたんですけど、あまりに突然で、パニクってます」
もう、「しどろもどろ」で、どうしようもない。
「恵介、まず落ち着け‥‥‥
しかし、あり得んことが起こってしもたな。こんなん誰も知らん歴史や。
というか、すでに歴史に介入しまっくってるやないか?
そんな事実、光秀に告げたら「本能寺の変」が、そもそも起こらん可能性かて出てくるかもしれんな……歴史の闇が深いとは、よう言うたもんやな。笑いごとちゃうけど……」
「確かに、そうかもしれません。俺、自信なくなってきました。
でも、信長とは一度しか会ってないし、何でこうなるんやろ?
巷では「神童」とか噂されましたけど、一度話しただけで、婿にとか、あり得ますか?現代人の感覚では理解できないっす」
俺は、21世紀の言葉遣いそのままになっていた。
「いや、この時代の偉人は、一目見ただけで人物を判断するぞ。
現に、光秀かて、俺と会ってすぐ仕官を許した。何も聞かずにや‥‥‥
戦国の世では、己の直感が大事で、尚且つ決断力があるんやろ?
ここは、おまえがしっかりせなあかん。自分の信念を貫かなあかんぞ」
准教授の言ってることは理解できる。
でも、自分の判断に自信がなかったし、迷いが生じていた‥‥‥
「エエか、恵介?仮にやぞ、本能寺の変が起こらんかった場合を考えてみよか。信長はおそらく天下を治めるやろ。しかし、長宗我部と武田は確実に滅ぼされるやろ……純一や信二の立場は危うくなる。おまえは、信長の女婿になって、親族衆になるやろけど、所詮それだけや。
で、おそらくは信忠が後継いでも、立ち行かんはずや。
また戦乱の時代に逆戻りするような気がする。予測やけどな」
「残念ながら、そうなる気がします……それに、もっと大きな問題が出てきました。信長は、唐土を攻めるつもりです。今の日ノ本の力で勝てるとは思えないです。国家が疲弊するだけですわ。
天下が治まってても、大遠征で不満が爆発すると思います」
俺は、正直に見解を述べた。
「そんな事考えてるんか?あまりにも無謀やな……
アメリカ本土は、この時代、まだ未開の地やから成功するやろ。ましてや西部は完全に僻地や。人も少ないはずや。けど、中国は不味い……
軍事技術で勝てても、人の多さだけはどうにもならん。
一時的に勝てても、絶対に巻き返される。20世紀の日中戦争見てもわかるはずや。絶対阻止せんと大変な事になるぞ……」
「けど、今日の事は父に黙っておくことできませんし、どうしたらエエんでしょうか?普通で考えたら、誰もが望む話ですし……もし、秀吉が知ったら、嫉妬丸出しになるでしょうね?」
「恵介……一応確認やけど、おまえは信長の女婿になるのは望まんねやな?「例の計画」を継続する腹積もりやな?」
准教授が聞いた。不安になったのだろう……
「当然です。さっきは取り乱しました。情けないです……
ちょっと予想外の事が起きて、パニックになってしまったみたいです。
冷静に考えたら、無謀な事わかりますしね……
どうも、21世紀の感覚で、「織田信長」に評価されたことで舞い上がってしまったのかもしれません。けど、対策は考えんとダメですね」
俺は、やっと冷静になれたかもしれない……
「恵介……光秀に洗いざらい話すしかないやろ。こんな事隠せる道理がないし、反応見てから対応策考えんと、俺らの計画そのものを、見直さなあかん可能性も高い。すぐに話すんやぞ?」
「わかりました。そうします……すいませんでした」
「いや、構わん。相談してくれてよかった。
それにな……もし光秀が、おまえが評価するような人物やったら、素直に喜ばんかもしれんぞ?
理由は二つある。まず、おまえが女婿になる件や。普通の織田家の家臣やったら、諸手を挙げて喜ぶ話やろ。婚姻関係で自分の権力が強化されるし、血統という強みもあるからや。
しかし、光秀の場合は違う。すでに、家中での権力はある程度保証されてるんや。それに、そもそもが権力志向の人間やない。外様だけに家中の嫉妬を集めて、かえってマイナスかもしれん。
それと、朝廷との取次を仕切ってる人間や。その光秀が、信長の親族になったら、朝廷からの見方が変わる。折衝がやり難くなるはずや」
そして、竹筒の水を一気に飲み干した。
「それと、二点目や。唐土に遠征するという件や。
光秀ほどの人間やったら、如何に無謀か理解するはずや。仮に成功したとしても、国家が疲弊して、大変なダメージを受けると予測できるはずや。
それで国に不満がたまった場合、怒りの矛先は、織田家に向けられるんや。おまえが信長の女婿やったら、逃げが効かへん。そんな立場に、息子を追いやることを素直に喜ばんはずや」
さすがに、大久保准教授の意見は的を射ていた。
こればかりは、人生経験の差を感じさせられた。多方向から物事を見る事……空気が読めない俺が、最も苦手とするところだ。
「ありがとうございました。冷静になれました。自分では気づかない点も整理できたし……自分が至らん人間やと痛感しましたわ。これからも色々アドバイス頼みます」
俺は、本当に感謝して頭を下げた。
「ハハハッ、まあこの辺りは年の功や。報告行ってこい」
こうして、俺は頭の中を整理し、父光秀の元を訪れたのだった……




