47話 安土にて……
俺は身なりを整え、船で安土に向かった……上様に拝謁するためである。
二度目なので、城下も勝手がわかり、迷うことはなかった。
相変わらず、人々の往来も多く、活気にあふれている。
来訪を告げると、最上階まで案内された。
初めてみる、安土城の内部である。
俺は、未来の知識である程度知っていたが、実物を見ると感慨深いものがあった。そして、その絢爛豪華さに圧倒された。信長のセンスは、改めて凄いと感じた……
俺は最上階につくと、平伏した。
「明智十五郎光慶、お召しにより参上仕りました……」
信長は外に出ていた。欄干にもたれ掛かりながら、琵琶湖の景色を眺めていた。
「十五郎……近う……おまえも景色を眺めぃ」
いきなりで焦ったが、俺は従った。信長と並んで琵琶湖を眺める。
「どうじゃこの景色は?」
「はっ。素晴らしきものにござりまする」
俺は当たり障りなく答えた。
「景色などに興味は沸かぬか?さもあろう……」
「いえ。初めてで感動しておりまする……」
「ハハハッ……本音を言え。わしももう飽きたわい」
「いえ、そのような……」
「まあよい。さて、中に入るか……」
そう言って、信長は座り、いつものように胡坐をかいた。
最上階は一間半四方で、広い空間ではない。
部屋の内部は、金箔が張り巡らされている。少し眩しく落ち着かない。
このような至近距離で、信長と相対するのは、さすがに緊張した。
「暫く見ぬうちに、逞しくなったの?良い面構えじゃ……」
「はっ。恐悦至極にござります」
「ところで十五郎?いくつになったのか?」
「はい。十五になりまする……」
俺は数え年で答えた。
「そうか……そろそろ頃合いじゃの?」
何が?俺はすこし心臓がバクバクした……
そして次に、信長が発した言葉に驚き、困惑した。
「ワシの娘を遣わす……我が婿になるのじゃ……」
「…………」
マジか?俺は固まってしまった……
「なんじゃ?不服はあるまい?」
「ハッ……はい……有難き幸せ……」
俺は、そう答えるのが精いっぱいだった。
「まだ、十になったばかりの小娘じゃが、女はすぐ大人になる。ハハハッ
公家に遣わすつもりおったが、わしは決めたぞ……」
「ハハッ~~ッ」俺は冷や汗が噴出した。
「十五郎よ……来年には日ノ本の天下も治まろう?
そうすれば、婚儀を進める。そして、唐土に攻め入る。
おまえも一緒に来るがよい。日ノ本以外の天下を見聞しようではないか?」
「どうじゃ?夢が広がるであろうが?
そして、見たこともない土地に巨城を建て、共に景色を眺めようぞ……」
感動していた。胸が張り裂けそうだった……
俺は、この「織田信長」を斃す計画の首謀者なのだ。
色んな感情が沸き上がった。
間近で見る、「信長」という人物に引き付けられた。
大蔵長安が言った、あの「言葉」……
信長にしか、日ノ本を強国にする覚悟はない……
妙にそれが思いだ出され、胸に響いていた。
「まずは、来年早々に甲州を攻める。信忠が総大将じゃ。
あ奴にも、お前ほどの器量があれば……のう……」
「いえ、某などは……」
「謙遜せずともよい。ワシが選んだ婿よ……ハハハッ
武田攻めでは、ワシはゆっくり行軍する。
おまえも初陣せぃ。キンカンも一緒にの」
そして、いきなり大声で小姓を読んだ。
「お乱……お乱はおるか~~?」
森蘭丸成利が、15秒後?には駆けつけていた。
「お乱……例のモノを持ってまいれ。すぐにじゃ」
「ハハッ。しばしお待ちを……」
信長は、まだか?と言わんばかりに、じれったそうに待っている。
俺は、冷や汗をかきながら、下を向いていた。
もう困惑して、思考回路が働いていない。
そして、何人かの小姓が、「例のモノ」を担いで持ってきた。
「どうじゃ?おまえの初陣の祝いじゃ……」
その光景に、俺は口をポカンっと開けたままだった。
「何を呆けた面をしておるか?ハハハハハッ……」
そこには、絢爛豪華な南蛮胴の当世具足と、陣太刀、そして、鮮やかな「水色」の陣羽織が飾られていた。そして、兜の前立てには、三日月と桔梗紋。
陣羽織の背中にも、白抜きの桔梗紋の意匠が施されていた……
俺は、あまりの感動に、手が震えていた。
21世紀で、紛い也にも戦国オタクであった俺が、あの「織田信長」にこのような扱いを受けていることに、得も言われる感動を覚えた……
「わが婿の初陣じゃ。恰好つけねばの~~ハハハハッ」
信長は、かなり上機嫌のようだった。
「ははっ。某のような若輩者に、このようなお計らい……
お礼の申しようもござりませぬ」
俺は、タタミに額を擦り付け、平伏した。
「うむ。重畳じゃ……見事、初陣を果たして見せよ」
「ははっ……」
俺は、これ以上の言葉がなかった。
「毛利、長宗我部を平らげれば、九州・東国は自然と従おう。
そうすれば、朝鮮に渡る。おまえに先陣を任そうぞ……ハハハッ」
もうすでに、そこまで計画しているのか?俺は驚愕した。
「ははっ。有難きお言葉……若輩者ですが、精一杯努めまする」
「うむ。今日は気分が良いのう。ワハハハッ……」
「ははっ。父、光秀共々、お礼を申し上げまする……」
そう言って、改めて俺は平伏した。
「うむ。早くキンカンに報告してやれ。腰を抜かすであろうの?」
「ははっ。すぐに坂本に戻り、報告いたしまする……」
そして、俺は安土を後にした。
御座船に乗りながら、琵琶湖の水面を眺める。未だ信じられない……
手の震えが止まらなかった。俺はどうすればいい?
このまま行けば、大幅に歴史が変わる。
信長の女婿になるという事は、仮に信長が天下を統べた場合、政権の中枢に入るという事だ。おそらく、明智家に対する扱いも、まったく違ったものになる。外様大名ではなく、信長の親族衆になるという事だ。
しかし、別の問題もある。信長が、その生涯を終えたとき、日ノ本はどうなるのか?信忠が天下人を引き継いで、立ち行くのだろうか?
ひょっとして、俺に信忠の補佐を期待しているのか?
父は、この事実を聞いて、何と思うのだろうか?長安殿は?
「計画」に参画する仲間たちは?そして、京姉は?
自己崩壊しそうだ……どうすればいい?
色々な考えが、浮かんでは消えた。琵琶湖のさざ波のように……
1581年 晩夏
俺は、変転する歴史に押しつぶされそうだった……




