表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

第二話 外回りという仕事

雨は、朝よりもはっきりとした降り方に変わっていた。

駅を出た瞬間、空気が一段冷たく感じられる。歩道に落ちる水滴の音が、街の雑音を均していく。こんな日は、人の流れもどこか鈍い。

最初の訪問先までは徒歩十分ほどだった。

地図で見れば近いが、実際に歩くとそれなりに距離がある。ビルとビルの間を抜け、信号を二つ渡る。スーツの裾が、少しずつ重くなっていくのがわかる。

傘を差し直す。

強い風が一度吹いたが、骨が鳴ることはなかった。布は張ったままで、形を崩さない。視界の端で、誰かの傘が裏返るのが見えた。

外回りの仕事は、天気に左右されやすい。

晴れていれば、多少の無理も効く。雨の日は違う。足取りも、気持ちも、確実に削られていく。それでも、約束の時間は変わらない。


訪問先のビルに入り、傘をたたむ。

水滴はほとんど残らず、床を汚すこともなかった。受付を済ませ、エレベーターを待つ間、腕時計を見る。少し早い。こういう余裕だけは、外回りの仕事で身についた。

商談は、可もなく不可もなく終わった。

決定は先送り。よくある結果だった。担当者は丁寧だったが、言葉の端々に慎重さが滲んでいた。こちらも、それ以上踏み込むことはできなかった。

ビルを出ると、雨はさらに強くなっていた。

次の訪問先まで、また歩く。スマートフォンでルートを確認し、傘を開く。

足元に注意しながら歩いていると、不意に思う。

この仕事は、どこまでが自分の責任なのだろうか。

数字が出なければ、努力が足りないと言われる。

だが、努力がそのまま結果に結びつく仕事でもない。相手の事情、タイミング、景気。自分ではどうにもならない要素が、いつも隣にある。

それでも、行かないわけにはいかない。

外に出て、会って、話して、帰る。その繰り返しだ。

交差点で信号を待つ。

横断歩道に、無数の傘が並ぶ。色も形もばらばらで、それぞれが自分の世界を守っているように見えた。誰も、隣の傘を気にしていない。ただ、自分の足元を確保することに集中している。

ふと、父の背中が重なった。

雨の日も、雪の日も、父は変わらず家を出ていった。子どもだった自分は、その理由を深く考えたことがなかった。ただ、そういうものだと思っていた。

父がどんな仕事をしていたのか、詳しくは知らない。

聞けば答えてくれたのかもしれないが、聞かなかった。今となっては、それが少しだけ心に引っかかる。


次の訪問先に着く頃には、靴の中が少し湿っていた。

それでも、傘は問題なく機能している。風に煽られても、布は安定したままだった。

この傘は、派手ではない。

持っていて気分が上がるわけでもない。だが、壊れない。濡れにくい。たたみやすい。外回りという仕事には、それで十分だった。

商談を終え、再び外に出る。

雨はやむ気配を見せない。今日は、まだ終わらない。

歩きながら、胸の奥に小さな疲れが溜まっていくのを感じる。

それでも足を止めないのは、惰性だけではない。理由ははっきりしないが、やめてしまう決定の方が、もっと重く感じられた。

傘を少し傾け、風をやり過ごす。

折れないことが、強さなのかどうかはわからない。

だが、少なくとも今日は、折れずにここまで来ている。

そう思いながら、次の駅へ向かって歩き続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
第二話|雨の中を歩く 外回りのリアルが、驚くほど正確。 努力しても成果は保証されない。 それでも、約束の時間には向かう。 傘は気分を上げてくれるわけではない。 ただ、濡れずに次の場所へ行かせてく…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ