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胸を張って歩ける日まで  作者: 未田
第30章『三月三十一日』
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第81話

 三月も後半に差し掛かり、姫奈はあの日を意識していた。

 そう。三月三十一日――天羽晶の誕生日である。

 姫奈はアルバイトを忙しくこなしながらも、誕生日プレゼントに何を用意しようかと悩んでいた。

 しかし、選択肢すら浮かばないまま時間のみが過ぎていた。


「あの、晶さん……何か欲しいのありますか?」


 ある日のEPITAPH閉店後、ふと晶に訊ねた。


「は? いきなりどうした?」


 晶は答えるよりも、困惑した表情を見せた。

 なにド直球に訊いているんだろう――姫奈は洗い物の手を一度止め、自身の行いを悔いた。きっと何かに縋りたい一心で無意識に言葉が漏れたのだろうが、それでも訊ね方が他にもあったはずだと思った。俯き、両手で顔を隠すジェスチャーを見せた。


「その……もう少しですので……」

「ああ、そういうことか……。お前の気持ちだけで、私は充分嬉しいぞ」


 改めて正直に訊ねると、晶は事情を察したようだった。

 しかし、さらりと――姫奈にとって一番欲しくない回答を告げられた。


「気持ちだけだなんて、よくないですよ! わたしはこんなに立派なもの貰ったんですから!」


 学生服姿の姫奈は左腕を上げ、晶に腕時計を見せた。

 誕生日に晶から贈られたされた、高級ブランドの腕時計だった。


「うーん……。私がハードル上げたのか?」

「はい。半端なく上げましたね」


 このプレゼントが嬉しかったことは確かだが、やはり相応のものを返さなければいけないと思う節はあった。だからこそ、悩んでいたのだ。


「ちなみにだが……それがいくらか調べたのか?」

「いえ。間違いなくヤバい値段でしょうから、怖くて調べられません」

「それはよかった……。いいか? これからも未来永劫、絶対に調べるなよ? わかったな?」

「は、はい……」


 晶から血走った隻眼で念を押され、姫奈は気圧された。


「くれぐれも、その手のブランドものはお前の歳で絶対に手を出すな。そんなものプレゼントされても、私は受け取らないからな。ハードルだなんて思うな」

「それはそうかもしれませんけど……」


 晶なりの気遣いだろうが、姫奈はどうも腑に落ちなかった。以前の一件で諦めたとはいえ、このように露骨に年齢差を感じることが愉快ではなかった。

 特にここ最近は何でも出来るような自信に溢れていたので、素直に頷けなかった。


「それじゃあ、わたしに手の出せる範囲で欲しいやつ教えてくださいよ」


 姫奈はムキになって訊ねた。


「そうは言ってもなぁ……。ああ、そうだ。この前お前から貰った、ジョギング用のアームライト――あれ、超便利で助かってるぞ。すっごい存在アピールできるから、安心して走れる」


 晶は深く悩んだ末、ぱっと表情が明るくなった。

 交際一ヶ月記念でプレゼントしたものを、姫奈は思い出した。大した値段ではなかったが、隻眼である晶の身を案じて選んだものだった。

 晶の表情と言葉から、本当に役立っているのだと理解し、嬉しかった。


「そういうのでいいんだよ。私のことを少しでも想って選んでくれたなら、値段なんて関係なく嬉しい」

「言いたいことは分かりましたけど……余計にハードル上がった気がします」

「お前のセンスを信じてるよ」


 ニヤニヤと悪戯じみた笑みを受けべている晶に、姫奈は半眼の視線を送った。

 結局は自分の欲しい答えが得られず、ふとした拍子に訊ねたことを改めて後悔した。


「ああ、そうだ。明日は終業式で午前中で学校終わりますけど、ちょっと時間ください。三時から四時頃には来ます」

「なんだ? 早速、私のために買い物か?」

「ち、違います! 友達からちょっとした打ち上げに誘われてるんです!」


 晶に見透かされ図星だったので、姫奈は思わず適当に話を作った。

 こういう話の流れになった以上、晶には誕生日当日まで何を贈るのかを隠しておきたかった。

 しかし、晶はこの手の勘が妙に鋭いため、慎重に行動せねばと姫奈は注意した。



   *



 翌日。

 学校の終業式が終わると、姫奈は学生服姿のまま、ひとりで市街地のショッピングモールに向かった。

 まだ午前十一時頃だが、まずはフードコートの一角でオムライスを注文した。

 トレイごと窓際の席まで運ぶと、携帯電話を片手にゆっくりとスプーンを動かした。


 ここに来れば、きっと晶への誕生日プレゼントは見つかるだろう――

 そう思ってはいたものの、いざ到着しても見つかる気がしなかった。いくつかの店を眺めて歩いても、それは変わらないと思った。

 この段階で、何も候補が浮かんでいなかった。何を基準に探せばいいのかすら、分からなかった。

 携帯電話で『誕生日プレゼント 二十代』とインターネット検索して特集記事を読むが、どれも惹かれなかった。


 姫奈の頭の中は、それが半分――もう半分は現在も左腕に着けている腕時計で、モヤモヤしていた。

 昨年の十月に誕生日プレゼントとして受け取り、ようやく馴染んでいた。しかし、昨日の晶の様子が、姫奈にこの腕時計の価値を再度考えさせた。

 値段を調べるなと釘を刺されると、逆に興味が湧くのが人間の性だった。姫奈もそれに漏れず、昨日あれからずっと気になっていた。


「……」


 そうだ。これは自分を落ち着かせるためなんだ。この悩みがあるからこそ、晶の誕生日プレゼント探しに頭が働かないんだ。

 姫奈は自分にそう言い訳すると、オムライスを一旦飲み込み口内を空にした。

 そして、ブランド名と腕時計でインターネットを検索した。ブランドの公式サイトでリストをしばらく眺めると、自分が着けているものが見つかった。


「――え? よん? はち?」


 最初は、見間違いかと思った。冷静に桁数を数えた。

 姫奈が思っていた値段の約五倍だった。アルバイトに多くの時間を使い、同年代では貯金がある方だと思っていたが、その貯金額とほぼ同じだった。

 姫奈は驚きこそしたものの、怖気づかなかった。むしろ、これだけの価値があるものを着けられることが、嬉しかった。


 ――これに相応しい、私の店に相応しい女になってくれ。


 まだ自信が持てなかった頃、晶からその願いと共にプレゼントされた。その期待に応えることが出来たと、現在は胸を張って言えた。

 これだけの期待が込められていたのだと知り、改めて晶に感謝した。これからも大切に扱おうと思った。


 そう。本質は値段や価値では無い。プレゼントに込められた想いだ――姫奈は昨日晶に言われたことを、ようやく理解した。

 では、誕生日に何を想うのだろう? この一年、晶に何を期待するのだろう?

 健康、努力、繁盛、愛情――様々なものが頭に浮かぶが、最も大切なものは明白だった。


 晶さんには、格好良い女性で居て欲しい。


 姫奈の憧れから派生した願いは、それだった。

 晶の格好良さを引き立たせるもの。そして、自分は腕時計を貰ったのだから、腕に装着できるもの。

 その二点で考えれば、誕生日プレゼントに何を贈りたいのかは、およそ想像できた。


 姫奈はオムライスの残りを掻き込むと立ち上がり、トレイごと食器を返却した。

 目的のものを探しながら、モール内の各店を見て回った。

 かつては美容室をはじめ、姫奈は服屋に入ることすら怖かった。しかし現在は、一体何を恐れる必要があるのか分からなかった。どんな店だろうと自分には入る資格があると思っていた。

 躊躇なく入れるようになったお陰で、プレゼント探しは捗った。

 やがて――頭に思い描いていたイメージに限りなく近いものが見つかった。値段はさほど高くはなかったが、晶に似合うものであり、着けて欲しいと願うものだった。

 姫奈は大事そうに手に取ると、レジへと向かった。

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