第70話
昼休み。姫奈は、学校の学生食堂で友人らと昼食を済ませた。
自動販売機で紙カップの温かいミルクティーを購入すると、それを持って教室に戻った。
隣の席のクラスメイトが机にコスメポーチを広げ、もうひとりのクラスメイトから化粧の施しを受けていた。
「何してるの?」
姫奈は自席に座りながら、気になって訊ねた。
「あー、ごめんね。私らの追っかけてるバンドが今度バーでライブやるから、年齢誤魔化す計画立ててんの」
「プラス三歳に見えるメイクだよ!」
隣の生徒は化粧されながら自慢気に言った。特別幼いというわけでもないが、普段は十六の歳相応に見える容姿だった。
プラス三歳したところでまだ未成年じゃないかと姫奈は思ったが、野暮なので黙っておいた。
一方で連れの生徒は、雰囲気も容姿も姫奈の目から大人びたように見えた。手慣れた様子でコスメを使用していた。
「私も澄川さんみたいに女子大生みたいな感じだと、余裕で入れるんだろうなぁ」
「いやー……。わたしもたぶん、年齢確認されるんじゃないかな」
姫奈は年齢制限のあるサービスで身分証の提示を求められたことは、現在まで一度も無かった。
その経験は伏せて、謙遜気味に苦笑した。
「……でもさー。澄川さんって、眼鏡外すと案外可愛い顔してるよね」
連れの生徒がブラシでチークを乗せながら、姫奈を見ること無くぽつりと漏らした。
「マジで!?」
隣の生徒が施しを振り切って勢いよく振り向いたので、姫奈は慌てて両手で眼鏡のテンプルを抑えた。
動くな、と隣の生徒は連れの生徒から怒られていた。
「わたしナチュラルメイクしか知らないから、ガチなメイク出来るのって凄いと思うよ」
姫奈は話題を反らしつつも本音を漏らした。
ミルクティーを飲みながら、化粧の様子をぼんやりと眺めた。
「うーん。つっても、コスメの違いぐらいじゃないかな? こんな色のアイシャドウ、使ったことないっしょ?」
「わぁ……。だいぶ濃いね」
連れの生徒からパレットを見せられ、姫奈は驚いた。
濃いブラウンのアイシャドウだった。確かに、姫奈は使ったことが無かった。それどころか、実際にどんな色なのか想像すら出来なかった。
隣の生徒は目を瞑り、連れの生徒から瞼にアイシャドウを順に塗られた。
連れの生徒は、次にペンシルアイライナーを入れた。上睫毛だけでなく、下瞼までなぞった。
細部まで器用に書くなと、姫奈は関心した。
そのアイラインにさらに暗い色のアイシャドウ、そしてリキッドアイライナーを重ねた。最早、姫奈には出来ない芸当だった。
「ほら。出来た」
「おおっ! いい感じじゃん!」
連れの生徒から鏡を手渡され、隣の生徒は満足気だった。
「あとは付け睫毛と真っ赤な口紅でもありゃ完璧っしょ」
「そだねー。髪も明るく染めれたらいいんだけどなぁ」
髪染めも化粧も本来なら校則違反だが、分からない程度なら許容されていた。
そういう意味では、隣の生徒の現在の顔は明らかに校則違反――化粧していると、ひと目で分かった。
くっきりとした目元は、普段に比べ原型が無かった。付け睫毛までを加えると、より顕著になるだろう。
「どうどう? 澄川さんより年上に見えるかな?」
そう振られ、姫奈は困惑した。
学生服を着ているのでイメージが掴みにくいが、確かに首から上は化粧により別人のように変わっていた。
ただ、素顔を知っている分『背伸び』している感じが伝わり、不本意ながらも笑いを誘った。ここで笑っては本当に失礼なので、姫奈は必死で我慢した。
というか、ケバいな……。
落ち着いたところでふと思ったが、とても言えない感想だった。
「うん。余裕で年上のお姉さんだよ」
「ほんと!? 澄川さんのお墨付きなら安心だね!」
冷静な判断を下せないが、おそらくそうであろうという願望を込めて姫奈は返事をした。
隣の生徒は携帯電話で自分の顔を撮った後、クレンジングシートで顔を拭いた。そして、シートに付着した仮面のような化粧を見て、大笑いした。
「そういうメイク、わたしも勉強してみようかなぁ」
姫奈はふと漏らした。
学校に通う平日は、指輪を自室に置いていた。左手で右手の薬指に触れながら、晶から子供扱いされていることを思い出した。
たとえ化粧でも、外観だけでも、自分もまた背伸びしたい気持ちだった。
「澄川さん。いきなり、どしたん?」
「友達の話なんだけどね……十歳年上の人と付き合ってるらしいんだけど、子供扱いされるのが悩みなんだってさ」
彼女達は晶のことを知らないため、少しでも楽になろうと姫奈は打ち明けた――念のため、他人事として。
「十歳差って、漫画とかドラマとかみたいだね!」
「ふーん。友達の話、ねぇ……」
連れの生徒から半眼の、どこか疑っているような目を向けられた。
誤魔化すように、姫奈は苦笑した。
「やっぱり大人びたメイクすれば、ちょっとは見直してくれるかな?」
「うん! やっぱりそれがいいと思うよ!」
「別の問題のような気がしないことはないけど……試してみるのはいいんじゃない? メイクとか服とか、あとは匂いとか」
「匂い?」
姫奈の考えてもいなかった言葉が飛び出してきた。
「うちらって、コロン使ってもフルーツ系の甘いやつじゃん? 花の落ち着いた香りって、個人的にはなんか大人な感じがするんだよね。そもそも匂いって、印象付けに大事なファクターだと思うしさ」
「なるほど」
普段から香水を使わない姫奈にとっては、とても参考になる話だった。
携帯電話で『フローラル 香水』をひとまずインターネット検索し、メモ代わりとした。
「よし! メイクとコロンで頑張る! ……ように友達に伝えるよ。ありがとう」
晶からひとりの大人として見て貰う。そして、年の差を感じさせないようにする。
まだ努力の余地はあるため、姫奈は今一度頑張ろうと思った。
何せ『あの日』が近いのだから。
「ていうかさ、十歳差って相手の人ロリコンなんじゃないの? 大丈夫?」
「はい?」
隣の生徒の突然の言葉に、姫奈は目を丸くした。
「こーら。そういうこと言わないの。ゴメンね、こいつバカで」
「あいたっ」
隣の生徒は、連れの生徒から頭を軽く叩かれた。
怒ってる様子の隣の生徒を見て、姫奈は無理やり苦笑した。なんとかこの場を合わせた。
「あー、うん……。それは大丈夫なんじゃないかな」
特に根拠は無いが、これまでの付き合いから晶にその気は無いと分かっていた。
むしろ――幼い少女のような女性と付き合っている自分が危ないのではないのかと、姫奈は内心で焦っていた。
好きになった人が偶々そうだったからと、自分自身を説得した。




