表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
胸を張って歩ける日まで  作者: 未田
第25章『これからの思い出作り』【第4部】
84/113

第68話

 姫奈が次に目を覚ましたのは、午前六時半のことだった。

 それまでの間一度も起きることなく、文字通り熟睡していた。そのせいか、理解できない満足感があった。

 しかしながら、上半身を起こして隣の布団の晶の寝顔を見ると、寝てしまった後悔が込み上げた。


「あれ?」


 自分と晶と共に布団を掛けられ、正常に寝ていたことに姫奈は気づいた。部屋の明かりは消え、窓にカーテンが閉められていた。

 うろ覚えだが、布団の上でふたりで寝落ちした記憶があった。

 従業員が部屋に入って正したとは、考え難い。おそらく晶が一度起きたのだと思った。


 朝食は八時。まだ時間があるため――姫奈は大浴場や露天風呂の朝風呂に興味があったが、何時から開始しているのか分からなかった。

 今回の宿泊では諦め、再び部屋の露天風呂に入ることにした。


「……」


 晶の寝顔を改めて見下ろした。

 とても穏やかな寝顔であるため、姫奈は起こさなかった。

 だが、貴重な一夜を無駄にした無念は晴れないため、晶の頬にそっとキスをした。


 姫奈は部屋の露天風呂にひとりで入浴した。

 薄暗い空に徐々に明るみのグラデーションが掛かり、水平線からの日の出を拝んだ。日没とはまた違った趣があり、貴重な体験をしたと思った。

 風呂から上がると、晶はぼんやりとした表情で上半身を起こしていた。


「おはようさん。朝風呂、気持ちよかったか?」

「おはようございます。気持ちよかったですよ。晶さんも、どうですか?」

「私はいい。二日酔いだからな……」


 姫奈は呆れながら湯呑に白湯を淹れ、晶に手渡した。


「すまないな。朝御飯の後に頭痛薬飲んだら、マシになると思う」

「お酒一本全部飲むからですよ!」

「ああ……。あれから一回起きてな、ラウンジで飲み直したんだよ。お前は爆睡してたから、私ひとりで大人の時間をだな」

「まだ飲んだんですか!?」

「それから、屋上の露天風呂にも行ってきた。夜中だから空いていて、良かったぞ」

「めちゃめちゃ満喫してるじゃないですか!」


 自分の知らないところで晶ひとりが楽しんでいたことが、姫奈には衝撃的だった。

 ラウンジは仕方ないとはいえ、露天風呂に行くなら起こしてくれてもいいのにと思った。だが、起こさなかったことが晶なりの優しさであるため、抗議できなかった。


「わたしだって、昨日の夜は……やりたかったのに、晶さん寝落ちしてたんですからね」


 姫奈は晶の正面に屈むと、頬をぷくっと膨らませ、その件の愚痴を漏らした。


「それはすまなかったな。まあ、結構な頻度でやってるじゃないか」

「せっかくここまで来たのに……」

「記念エッチみたいに言うなよ。また今度どこかに連れて行ってやるから、機嫌を直してくれ」

「……約束ですよ?」

「ああ。約束だ」


 まるで指切りでも結ぶように、晶は顔を伸ばして姫奈の唇にキスをした。

 晶の言葉と態度が、姫奈は嬉しかったが――


「晶さん……。お酒臭いです」


 洗面室を指差した。



   *



 浴衣から私服に着替え、帰宅準備が済んだ頃には従業員が朝食を運んできた。品数の多い、豪華なものだった。

 その後、荷物を持ち、土産を見に売店へと降りた。


「麗美と結月にいつ手渡せるか分からんから、日持ちするやつがいい」

「それじゃあ、お饅頭とかお菓子とかは避けた方がいいですね」


 宿泊を譲ってくれた両名には、別の店で考えることにした。姫奈は自宅用と学校用の饅頭を購入した。

 午前九時半頃、受付でチェックアウトした。


「晶さん。せっかくなんで写真撮りませんか?」


 玄関を出たところで、姫奈は提案した。

 入り口の上だけではなく、玄関から少し外れたところにも旅館の看板が置かれていた。

 写真スポットというわけではないが、他の客が従業員に写して貰っているのが見えた。


「ああ。構わないぞ」


 晶は二日酔いのせいで調子の悪そうな表情だったが、頷いた。

 姫奈は従業員に携帯電話を渡し、看板の隣に晶と並んだ。

 そして、晶の手をそっと握り、ピースサインを向けた。


「ありがとうございます」


 従業員から携帯電話を受け取って確認すると、晶が死人のような表情だったので、姫奈は吹き出しそうになった。


「どう見ても、アイドルやってた人の顔じゃないですよ」

「うるさいな。人間、いつでも百パーセントのパフォーマンスが出せるわけじゃないんだよ」


 何にせよ、これが姫奈にとって初めての晶とのツーショット写真だった。

 初めから挫いたが、これもまた良い思い出となった。


 旅館を離れると、周囲を散策した。

 麗美と結月への土産は、海老と金目鯛の干物、そして沢庵を購入した。


「干物って……。確かに、あいつらも干からびた歳だしなぁ」

「えっ。そう捉えられますかね?」

「冗談だ。まあ、私はそれでイジるけどな」


 現在は一歳差とはいえ実質同い年なのになと、姫奈は呆れた。

 ひとしきりの用事は済み、後は新幹線か電車に乗って帰るだけとなった。

 成行きでの旅行とはいえ、名残惜しかった。


「なんか、帰りたくないですね」

「でも、充分リフレッシュ出来ただろ。毎日こんな調子だと、たぶん飽きるぞ? 普段の仕事があるからこそ、こういうバカンスが有り難いんだよ。正月の三が日が過ぎたら、また頑張らないとな」

「そうですね。麗美さんと結月さんにも、改めてお礼を言っておきます」


 足は駅へと向かおうとしていたが、姫奈はふと海が気になった。

 有名な温泉地であると同時に海に面した場所であるのだから、季節外れとはいえ一度は近づいてみたかった。


「晶さん。最後に、ちょっと海辺歩きませんか?」

「いいぞ。軽く散歩して帰るか」


 海水浴場に降り、浜辺をふたりで歩いた。

 やはり人気はほとんど無く、強い潮風がとても冷たかった。

 砂の柔らかい感触が、スニーカー越しに伝わった。


「写真撮りましょうよ。海をバックに」


 姫奈は立ち止まると、携帯電話を取り出した。

 インカメラに切り替え、晶となるべく近寄った。風が強いため、姫奈は髪を抑えながらシャッターを押した。

 晶の表情はさっきより回復していたが、自分の顔が少し見切れていた。

 初めての自撮りは難しかった。


「お前、そんなに写真撮るキャラだったか?」

「はい。これからは、どんどん撮っていきますよ。ケータイに、晶さん専用のアルバムを作ります」


 姫奈は晶と向き合い、微笑んだ。


「これからもっともっと、晶さんといろんな所に行ってみたいです! 晶さんと、楽しい思い出を作っていきたいです!」


 強い潮風の中、大声で叫ぶように言った。


 姫奈はそう願うが、きっと楽しいことばかりでは無いだろう。

 笑って、怒って、泣いて――愛する人との思い出を作りたかった。

 一緒に居て、一緒に歩いて、一緒に生きた証が欲しかった。


「ああ。任せておけ」


 晶もまた、頷いて微笑んだ。

 そして、携帯電話を取り出した。


「おい。寒いけど、右手出してみろ」

「こうですか?」


 姫奈は、コートのポケットで使い捨てカイロを握っていた右手を出した。


「あっちの方に手を向けてみろ」


 晶に言われ、街の方に手を向けた。丁度、宿泊した旅館のある方向だった。

 晶も右手を出し、姫奈のにそっと寄り添った。

 色違いのペアリングが、それぞれの右手に輝いていた。

 晶はそれをカメラで撮り、姫奈に携帯電話の画面を見せた。

 ふたりの右手の写真は、姫奈のセンスでは思いつかないものであり、とても嬉しかった。


「これからいっぱい、私と思い出作っていこうな」

「はい!」


 姫奈は晶と正面から右手を重ね、指を絡めて握った。

 小さな手のひらは力強く、とても温かかった。

次回 第26章『甘くて深い』

姫奈は晶との年齢差を感じ、少しでも大人になりたいと考える。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ