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胸を張って歩ける日まで  作者: 未田
第24章『太陽と月(後)』
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第65話

 二年前。

 一栄愛生の運転する大型ワゴン車で、活動八年目のRAYはロケから帰路についていた。


 夕陽が眩しく、後部座席に座っていた麗美は最寄りの窓のカーテンを閉めた。


「もしも、ですけど――皆さんは、どのタイミングで引退したいですか?」


 ふと、運転席の愛生が訊ねた。


「なんだ? お前はもう、私達とおさらばしたいのか? 確かに、普段からお前に無茶ばっかり言ってるが……」


 突然の言葉に麗美は理解が追いつかない中、助手席の晶が不機嫌そうな声をあげた。


「ち、違いますよ! 人気絶頂のタイミングで退いてレジェンドになるとか、落ち目になってもしがみつくとか、そういうのが気になっただけです!」


 またおかしなことが気になっているんだなと、麗美は呆れた。

 愛生とは付き合いが長いが、何を考えているのか未だによく分からなかった。


「私達の最盛期(ピーク)って、いつなのかしらね? 現在?」

「現在ではないだろ。まだ伸びしろはあると思うし、昇ってる感じもある」

「そうそう。下り坂に差し掛かったら、たぶんその手応えはあるだろうね。何年先か何十年先か、分からないけど」

「あと何十年もアイドルやるのかよ」


 麗美はRAYの人気の衰えを感じたことが、まだ無かった。それどころか、まだ天井が見えなかった。


「もし下り始めたら、そこで綺麗に退きたいな。それが私なりの誇りかな。惨めったらしくしがみつくのは、なんか嫌」


 この手の話はまずはリーダーから意見しようと、麗美は挙げた。


「私も麗美ちゃんに賛成」

「右に同じく。出来るだけ有終の美を飾りたい」


 結月と晶も同じ考えのようで、麗美は嬉しかった。

 きっと長年の付き合いだから意識の方向が似ているんだと思った。グループとしての長所だった。


「まあ、事務所が許してくれるか分かりませんけどね」

「だったら、そういうこと訊かないでよ!」


 面白そうに笑う愛生に、麗美は怒った。


「それじゃあ、皆さんは引退後、何をしたいですか? もう、一生遊んで暮らせるだけの財力はあると思いますが」


 愛生の言葉に、まだこの流れが続くのかと麗美は呆れた。

 解散や引退等、消極的なことはあまり考えないようにしてきたが、全く考えていないわけではなかった。


「私は事務所の経営側に興味あるなぁ。現場でいろいろ見てきたから、生かせる部分はあると思う」

「でもお前、中卒のバカじゃん」

「あんたもね! 晶」

「バリキャリって言うの? スーツ姿の麗美ちゃんは似合うと思うわ」

「そ、そうかな……」

「マネージャーだとそうですけど、役員方はスーツじゃなくてもいいですけどね」


 いちいち話の腰を折るな、と麗美は運転席の愛生を睨んだ。


 恥ずかしくてこの場では言えなかったが、麗美は事務所に感謝し、また今後も発展させたい気持ちがあった。

 確かに学が無いため経営権を渡して貰えるか分からないが、現場で得た経験を役立てると思っていた。


「私はそうね……お嫁さん、かしら」


 結月はそう言い、麗美を一度だけ見た。

 具体性は無いにしろ、なんだか結月らしい答えだと麗美は思った。


「なんだよ、それ。ちっちゃい子供の夢みたいじゃないか」

「うるさいわねぇ。たぶんそれが、私の幸せなのよ」

「確かに、結月さんはセレブなマダムって感じが似合いそうです」

「いい人が見つかるといいね」


 笑う晶と違い、麗美は結月の意思を尊重した。


「私はね、麗美ちゃん。欲しいものは、どんな手を使っても必ず手に入れるの」

「あははは……」


 何か怖いことを言ってるなと、麗美は苦笑した。

 結月の浮いた話は聞かないが――アイドルとして在ってはならないが――狙われた方はご愁傷さまだと思った。


「それで、晶は?」

「私は小さなカフェでもやって、のんびり余生を過ごしたい」


 晶のいたって真面目な回答に、車内は晶以外の全員が大笑いした。


「なによそれ。定年後の隠居みたいじゃない」

「大体、晶ってコーヒー好きだっけ? 自分で淹れてるとこ見たことないけど」

「コーヒーの淹れ方は分からんし、言うほど好きでもないが……なんかこう、そういう雰囲気に憧れるんだよ。一見さんお断り、みたいな。常連客の憩いの場、みたいな」


 麗美は晶の言っていることがおよそ想像できた。結月と同じく、老後の暮らしのようにも思えたが。

 まだ若い内にそのような生活を送るなら、力を持ちながらも俗世から離れた仙人のようだった。

 マイペースな晶らしい選択だと思った。


「いいですね。私も付き合いますよ。コーヒーのこと、勉強しますね」

「ああ。ふたりで、こじんまりやっていこうな」


 愛生は話に乗るが、晶は否定しなかった。

 本人達から直接確かめたわけではないが――ふたりがタレントとマネージャー以上の間柄だと、麗美も、おそらく結月も知っていた。


「愛生さんも引退するの?」

「はい。もしもRAYが解散することがあれば、その時は私も一緒です。これより凄いグループには、今後一生会えませんからね」


 それはマネージャーからの最高の褒め言葉だと、麗美は思った。自然と笑みが漏れた。


 解散や引退はきっと随分先だろうが、いずれ必ず訪れる。だが、それぞれに新たな展望(ゆめ)があり、麗美は安心した。

 自動車のフロントガラスから差し込む夕陽が、とても眩しかった。

 どこかもの寂しい気持ちになりながらも、それぞれの未来がきっと明るいものだと――この時の麗美は信じていた。


 そう。とても幸せで、とても充実している現在のように。

次回 第25章『これからの思い出作り』

姫奈は晶と、温泉旅館へ旅行に出かける。

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