第65話
二年前。
一栄愛生の運転する大型ワゴン車で、活動八年目のRAYはロケから帰路についていた。
夕陽が眩しく、後部座席に座っていた麗美は最寄りの窓のカーテンを閉めた。
「もしも、ですけど――皆さんは、どのタイミングで引退したいですか?」
ふと、運転席の愛生が訊ねた。
「なんだ? お前はもう、私達とおさらばしたいのか? 確かに、普段からお前に無茶ばっかり言ってるが……」
突然の言葉に麗美は理解が追いつかない中、助手席の晶が不機嫌そうな声をあげた。
「ち、違いますよ! 人気絶頂のタイミングで退いてレジェンドになるとか、落ち目になってもしがみつくとか、そういうのが気になっただけです!」
またおかしなことが気になっているんだなと、麗美は呆れた。
愛生とは付き合いが長いが、何を考えているのか未だによく分からなかった。
「私達の最盛期って、いつなのかしらね? 現在?」
「現在ではないだろ。まだ伸びしろはあると思うし、昇ってる感じもある」
「そうそう。下り坂に差し掛かったら、たぶんその手応えはあるだろうね。何年先か何十年先か、分からないけど」
「あと何十年もアイドルやるのかよ」
麗美はRAYの人気の衰えを感じたことが、まだ無かった。それどころか、まだ天井が見えなかった。
「もし下り始めたら、そこで綺麗に退きたいな。それが私なりの誇りかな。惨めったらしくしがみつくのは、なんか嫌」
この手の話はまずはリーダーから意見しようと、麗美は挙げた。
「私も麗美ちゃんに賛成」
「右に同じく。出来るだけ有終の美を飾りたい」
結月と晶も同じ考えのようで、麗美は嬉しかった。
きっと長年の付き合いだから意識の方向が似ているんだと思った。グループとしての長所だった。
「まあ、事務所が許してくれるか分かりませんけどね」
「だったら、そういうこと訊かないでよ!」
面白そうに笑う愛生に、麗美は怒った。
「それじゃあ、皆さんは引退後、何をしたいですか? もう、一生遊んで暮らせるだけの財力はあると思いますが」
愛生の言葉に、まだこの流れが続くのかと麗美は呆れた。
解散や引退等、消極的なことはあまり考えないようにしてきたが、全く考えていないわけではなかった。
「私は事務所の経営側に興味あるなぁ。現場でいろいろ見てきたから、生かせる部分はあると思う」
「でもお前、中卒のバカじゃん」
「あんたもね! 晶」
「バリキャリって言うの? スーツ姿の麗美ちゃんは似合うと思うわ」
「そ、そうかな……」
「マネージャーだとそうですけど、役員方はスーツじゃなくてもいいですけどね」
いちいち話の腰を折るな、と麗美は運転席の愛生を睨んだ。
恥ずかしくてこの場では言えなかったが、麗美は事務所に感謝し、また今後も発展させたい気持ちがあった。
確かに学が無いため経営権を渡して貰えるか分からないが、現場で得た経験を役立てると思っていた。
「私はそうね……お嫁さん、かしら」
結月はそう言い、麗美を一度だけ見た。
具体性は無いにしろ、なんだか結月らしい答えだと麗美は思った。
「なんだよ、それ。ちっちゃい子供の夢みたいじゃないか」
「うるさいわねぇ。たぶんそれが、私の幸せなのよ」
「確かに、結月さんはセレブなマダムって感じが似合いそうです」
「いい人が見つかるといいね」
笑う晶と違い、麗美は結月の意思を尊重した。
「私はね、麗美ちゃん。欲しいものは、どんな手を使っても必ず手に入れるの」
「あははは……」
何か怖いことを言ってるなと、麗美は苦笑した。
結月の浮いた話は聞かないが――アイドルとして在ってはならないが――狙われた方はご愁傷さまだと思った。
「それで、晶は?」
「私は小さなカフェでもやって、のんびり余生を過ごしたい」
晶のいたって真面目な回答に、車内は晶以外の全員が大笑いした。
「なによそれ。定年後の隠居みたいじゃない」
「大体、晶ってコーヒー好きだっけ? 自分で淹れてるとこ見たことないけど」
「コーヒーの淹れ方は分からんし、言うほど好きでもないが……なんかこう、そういう雰囲気に憧れるんだよ。一見さんお断り、みたいな。常連客の憩いの場、みたいな」
麗美は晶の言っていることがおよそ想像できた。結月と同じく、老後の暮らしのようにも思えたが。
まだ若い内にそのような生活を送るなら、力を持ちながらも俗世から離れた仙人のようだった。
マイペースな晶らしい選択だと思った。
「いいですね。私も付き合いますよ。コーヒーのこと、勉強しますね」
「ああ。ふたりで、こじんまりやっていこうな」
愛生は話に乗るが、晶は否定しなかった。
本人達から直接確かめたわけではないが――ふたりがタレントとマネージャー以上の間柄だと、麗美も、おそらく結月も知っていた。
「愛生さんも引退するの?」
「はい。もしもRAYが解散することがあれば、その時は私も一緒です。これより凄いグループには、今後一生会えませんからね」
それはマネージャーからの最高の褒め言葉だと、麗美は思った。自然と笑みが漏れた。
解散や引退はきっと随分先だろうが、いずれ必ず訪れる。だが、それぞれに新たな展望があり、麗美は安心した。
自動車のフロントガラスから差し込む夕陽が、とても眩しかった。
どこかもの寂しい気持ちになりながらも、それぞれの未来がきっと明るいものだと――この時の麗美は信じていた。
そう。とても幸せで、とても充実している現在のように。
次回 第25章『これからの思い出作り』
姫奈は晶と、温泉旅館へ旅行に出かける。




