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胸を張って歩ける日まで  作者: 未田
第24章『太陽と月(後)』
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第63話

 十二月の後半に差し掛かった頃。

 自動車で近くを通りかかったので、麗美は結月を連れてEPITAPHに立ち寄った。


「あれ? 晶ひとり?」


 平日の夕方だが、ちょうど客が居ない他、珍しく店内に澄川姫奈の姿も無かった。

 どこか苛立った様子の天羽晶が、キッチンで黙々と洗い物をしていた。

 その様子を見た麗美は、なんだか嫌な予感がした。


「まさか、姫奈ちゃんとケンカした?」

「ちょ――結月」


 躊躇なく訊ねた結月に、麗美は慌てた。

 麗美もまた、同じ疑問を思っていた。しかし、晶と姫奈はいつも仲が良さそうに見えていたので、もし本当に喧嘩をしたのであれば、信じられなかった。


「ふんっ。あんな奴のこと、知るか」


 晶は返事の代わり、荒々しくマグカップを洗った。

 麗美は結月と顔を合わせると、カウンター席に並んで腰掛けた。


「晶ちゃん。何があったのか、話してみなさいな」

「……愚痴でいいなら聞いてくれ」


 晶は手を動かしながら、姫奈が店に居ない――無断欠勤している経緯を話した。


「店を移転って……。そんな話、初耳だよ。私がEPITAPH(ここ)の契約してるんだから、相談して欲しかったなぁ」

「うるさいな。ちゃんとお前にも話すつもりだった……後で」

「後じゃダメでしょ! 勝手に話を進めておいて、何言ってんの?」


 移転の計画を晶ひとりで進めていたことを知り、麗美は驚くよりも怒りの感情が湧いた。

 晶に代わりこの店のテナント契約を行っている身として、少なくとも部外者ではなかったのだ。


「この件は、どう考えても晶ちゃんが悪いわね」

「そんなわけあるか!」

「ていうか、サプライズ下手すぎ」

「やかましい!」


 結月からの言葉に、晶は荒れた。

 麗美も結月と同意見なので、隣で頷いた。


「姫奈ちゃんとふたりでここまでやってきたんだから……晶ちゃんが決めたものを後から見せるんじゃなくて、どうして一緒に見て回らなかったの?」

「その方が、あいつが驚くと思ったから……」

「確かに驚いてるわね。悪い方に」

「晶は――それで、契約はしたの?」

「いや、まだだ。一旦保留にして貰ってる」

「うん。思い留まったのはまだ偉い」


 晶の返事を聞き、麗美はひとまず落ち着いた。

 もしも晶が独断で契約していたなら、姫奈を抜きにしても、この場で激しく怒っていただろう。


「状況は分かったけど……。晶ちゃんねぇ、子供相手にマジギレしてシカト決め込んでるのは、大人げないとは思わないの?」

「お前らな、さっきからどっちの味方だよ!?」

「姫奈ちゃんの味方に決まってるでしょ。晶は、まさか自分に一切の非が無いと思ってないよね?」

「そりゃ、多少はあると思ってるが……」


 晶は洗い物の手を止めた。


「まあ……確かに、ちょっと言い過ぎた気がしないことはない」


 そして、ばつが悪そうに言った。

 麗美は結月と顔を合わせ、大きく溜め息を漏らした。


「ケータイでいいからさ、さっさと謝んなよ」

「バカ! そんなこと出来るか!」


 そういえば昔からこうだったと、麗美は晶と喧嘩した過去を思い出した。

 晶から頭を下げないのは、人間としての誇りではなく、単なる頑固な性格だった。

 この歳になっても相変わらずだと、麗美はただ呆れた。


「晶さ……姫奈ちゃんは、愛生さんじゃないんだよ? 上下じゃなくて、なるべく対等に見ないとダメじゃん」

「……」

「もう知らない! 結月、行こ」


 投げやり気味になりながら、席を立った。結月もそれに続いた。


「もうちょっとでクリスマスなんだし、プレゼント用意しておきなさいよ? 姫奈ちゃんの欲しいもの、知ってるんでしょ?」


 店を立ち去る際、結月がその言葉を残した。

 晶は釈然としない表情だった。



   *



 麗美は自動車に乗り込むや否や、頭の中を整理しながらエンジンをかけた。


 少し立ち寄っただけだが、驚いたことがいくつかあり、理解が追いつかない。

 まず、晶が怒りながらも店のキッチンに立っていたこと。本来なら、寝込んでいてもおかしくないはずだった。

 精神面が随分強くなったと、関心した。


 そして、それよりも驚いたことが――


「姫奈ちゃんが店に来ない理由って、移転を拒んだ理由って……つまり、そういうことだよね?」

「晶ちゃんが下手くそなサプライズを用意したのも、そういうことよ」


 麗美は、自身が恋愛面に鈍いという自覚があった。

 それでも、晶と姫奈の揉め事は理解できた。それぐらい、わかりやすかった。


「前からそんな予感はしてたけど……ビックリしたなぁ」


 麗美は落ち着いたところで、自動車を走らせた。


「ていうか、このしょーもないすれ違いがすっごい歯がゆい。安っぽいメロドラマ観せられてるような感じが、たまらなくイライラするね」

「仕方ないでしょ。相手は高校生(こども)なんだから。晶ちゃんも、愛生さんからしてみれば年下だったんだし……。自分が年下相手に大人になれないのよ」


 結月の言葉に、麗美は納得した。

 かつての晶と一栄愛生のことは詳しくは知らないが、晶のことだから甘えていたのだと思った。


「児童淫行罪」


 隣の助手席で、結月がぽつりと漏らした。

 その言葉に、麗美は思わずハンドルを大きく切りそうになった。


「結月サン! お願いだからやめて! 怖いこと言わないで! 淫らな行為やったのか、分からないから!」

「どう考えてもやってるでしょ」

「そうだとしても、互いの同意があれば、たぶんセーフだから!」

「よくわからないけど、それってちゃんと付き合っていれば、の話でしょ? 現在もし姫奈ちゃんが訴えでもしたら、晶ちゃんどうなるのかしらね」


 元RAYの天羽晶、女子高生への淫行で逮捕。

 晶が生存していたことが発覚する以上のニュースになり、また事務所への打撃も計り知れないと麗美は恐れた。

 とても笑えない話だが、現在のままでは起こり得る可能性がゼロでは無かった。


「仕方ない……。明日にでも、姫奈ちゃんの方もあたってみるよ」


 晶が子供のように意地を張っている以上、姫奈には可愛そうだが――姫奈の方から動いて貰おうと、麗美は考えた。


「結月も……店出る時のアシスト、ありがとうね」


 助手席の結月を、一度だけチラリと見た。

 相変わらず、眠たげな瞳で前方を眺めていた。


「何のことかしら。私はね、麗美ちゃん……あなたがどんなクリスマスのお祝いをしてくれるのか、現在から楽しみなのよ?」

「ううっ」

「言っておくけど、忙しいのは言い訳にはならないからね?」

「承知致しました……」


 こちらもまた、無事にクリスマスを――いや、仕事を含め無事に年を越せるのか、麗美は不安だった。

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