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胸を張って歩ける日まで  作者: 未田
第23章『橙色』
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第60話

 携帯電話に林藤麗美から着信があったのは、ちょうど下校のホームルームが終了した時だった。

 時間を狙ったのか、もしくはただの偶然なのかは分からない。

 冬休みを目前に控えた騒がしい教室から、姫奈はコートと学校鞄を持って廊下に出た。


「もしもし」

『あっ、姫奈ちゃん? ちょっと今からお姉さんとお茶しない?』

「はい。構いませんけど……」

『そんじゃ、学校前で待っといて』


 通話を切ると、ここ最近の暗い気持ちにさらに拍車をかけ、姫奈は憂鬱になった。

 どこかヘラヘラした麗美の声だったが、間違いなく晶の件で呼び出されたと理解していた。

 説教されるんだろうなと思いながら、コートを羽織り学校を出た。


 校門付近で待っていると、しばらくして黒色のSUV車がやってきた。


「やあ。お待たせ」


 運転席の窓が開き、サングラスを外した麗美がニカッと笑った。

 だが、それ以上に隠しきれない疲労が顔に表れているため、姫奈はとても弱々しく見えた。

 助手席に柳瀬結月の姿は無く、自動車には麗美ひとりが乗っていた。

 姫奈が後部座席に座ると、自動車は走り出した。


「実はさ……昼食(おひる)まだで、死ぬほど腹ペコなんだよね。どこか適当なファミレスに入っていい?」


 時刻は午後五時前だった。橙色の夕陽が眩しかった。

 麗美の表情と実情から、姫奈はおよその状況を察した。


「わたしはどこでもいいですよ。ていうか、そんなに忙しいんですか?」

「そりゃ現在は、クリスマスというより師走だからねぇ。あっ、大晦日のあの歌番組、結月が出るから観てよ? 裏のお笑い番組の方が面白いのは分かるけどさ、そっちのオファーは断っちゃって」


 麗美は弱々しくも、朗らかな口調で喋った。

 高速道路まで連れ去られた過去があるので再びそれを想定していたが、姫奈はなんだか調子が狂った。


「ねえねえ、イタリアンだって。姫奈ちゃんは行ったことある?」

「はい。何度かは……。最低限の食事は出来る感じですけど……麗美さんはそこでいいんですか?」

「もうこの際、お腹に入るんだったら何だっていいよ。贅沢言ってられないぐらいヤバい」


 全国へチェーン展開している緑色の看板のファミリーレストランが見え、自動車はその店へと入った。

 時間帯のせいか、店内は学生客が多かった。その中を、パンツスーツ姿の麗美と対面席に通された。


「うわぁ。ピザもパスタも、写真は美味しそうじゃん。ていうか、ワイン安すぎでしょ。これ本当にワインなの?」


 テーブルに置かれたメニューを広げ、麗美は舞い上がっていた。

 実物がどうであれ、本格的なイタリアンメニューと手頃な値段には、姫奈も初めて見た時は素直に驚いた。

 麗美は人気メニューとして推されていたドリアを、姫奈はティラミスを、そしてドリンクバーをふたつ注文した。


「わたし、飲み物取ってきます」


 姫奈はドリンクバーからホットコーヒーとアイスティーを持ってくると、アイスティーの入ったグラスを麗美に差し出した。


「あの……晶さん大丈夫ですか? また寝込んだりしてませんか?」


 注文した食べ物はまだ届かないが、ようやく腰を下ろして落ち着いたため、姫奈から話を切り出した。

 まずは、それから――どうしても現状を知っておきたかった。


「ううん。昨日店に行った時は、忙しそうにしながらも晶ひとりで回してたよ。いろんな意味でイライラしてたけど」


 おかしそうに麗美は笑った。

 その現状を聞き、姫奈はひとまず胸を撫で下ろした。


「不思議だよね。晶から大体の事情は聞いたけど、普通ならダウンしてるところだもんね。いつの間にか強くなったんだなって、びっくりしたよ」

「それは、わたしも思いました。もう薬も飲んでないみたいです」


 姫奈は、晶が寝込んで再び薬を飲んでいるかもしれないと思っていた。だが、麗美の話を聞く限りは、おそらく現在も薬に頼っていないだろう。


「ここで姫奈ちゃんの名前を出すのは卑怯かもしれないけど……。晶はたぶん、姫奈ちゃんのためを思って変わったんだと思うよ。なんやかんやで、あれでも経営者だしね。姫奈ちゃんは大事な、守るべき従業員だからね」


 最近の、店にマスコミが来た時のことを思い出した。

 姫奈は晶を守ろうとしたが、晶がわざわざ表に立って追い払ったのだった。

 現在思えば、あの小さな背中が逞しかった。守ってくれていた。


「だから、店の移転も姫奈ちゃんのためを思って――晶は良かれと思って進めてた。ひとりで勝手に進めたのは、確かに晶が悪いよ? でも、そこは分かってあげて欲しいな」


 空きテナントに連れて行かれた時、晶は無邪気に笑って見せた。

 全ては、喜ばせたいがための行動だった。晶なりのサプライズだった。


「麗美さんは、わたしに怒ってないんですか?」

「え? なんで?」

「いえ、その……。正直、晶さんのことで、もっと怒られると思ってたんで」


 さっきからの麗美の物柔らかな雰囲気に、姫奈は拍子抜けしていた。

 疲れ気味だからかもしれないが、怒るなら早く怒って欲しかった。早く本題に移って欲しかった。

 しかし、身構えた姫奈に対し一度首を傾げた後、麗美は大笑いした。


「いやー、私はあくまで仲裁役だよ。私も晶も姫奈ちゃんも、人間だもん……。怒ることだって、誰かと意見が衝突することだって、あって当然でしょ? それに、私だって昔は晶とよくケンカしたからねぇ」


 懐かしむように麗美は言うが、晶からあそこまで怒鳴られたことはあるのだろうかと、姫奈は疑問だった。

 いや、意外とお互いマジギレでケンカしていそうだなと、姫奈は思った。


「むしろ、姫奈ちゃんこそ怒ってないの? 晶に」

「え、いや――そんなことはないです」


 首を横に振って否定した。そんな権利は自分には無いと思った。


「今回の件、晶にも悪いところはあるし――姫奈ちゃんにだって、悪いところはあるよね?」

「……はい」


 姫奈は頷いた。

 移転の件を、理由を言わずに拒んだこと。それに関しては、こちらに非があると自覚していた。


 注文していたドリアとティラミスが運ばれてきた。麗美はドリアをスプーンで一口取り、湯気の上るそれに息を吹きかけ冷ました。


「姫奈ちゃんが拒否った理由は、なんとなく分かるよ」

「えっ? マジですか?」


 姫奈は、口に入れようとしていたティラミスを思わず吹き出しそうになった。

 その様子を見て、麗美は笑った。


「言っとくけど、外野から見てる分には、だいぶ分かりやすいからね? ……晶はどうなのか、知らないけどさ」


 麗美の勘違いかと思いきや、やはり自身の晶への気持ちが本当に悟られているのだと姫奈は理解した。

 どのあたりで特定されたのだろうと焦るが、思い返す内に恥ずかしさが加速した。

 姫奈は一度、フォークを置いた。


「やっぱり、その……晶さんに言わないと、ダメでしょうか?」

「うん。ここまできたら、それしか無いんじゃない?」


 麗美は実に美味しそうな表情でドリアを食べていた。

 なんだか適当に返事をされているようで、姫奈は少し腹立たしかった。


 やはり、気持ちを伝えるしか道は無い――分かってはいたが、他者からも言われると、その現実が改めて圧し掛かった。


「それだけで納得してもらえるような気もするけど……大人の世界は、更に代替案を用意しておくもんだよ?」

「だいたい?」

「代わりの案ってこと。何にしても、店の移転はどの道必要だと思うよ。それを一方的に棄却するんじゃなくて、姫奈ちゃんは店を今後どうしていきたいのか、意見を言った方がいいね。その方が、より納得して貰える」

「なるほど」


 姫奈は確かにあの時、店を移転しないであのまま続けようと言った。

 現状維持だけを申し出たのも晶を怒らせた原因のひとつかもしれないと、納得した。


「これ、めちゃめちゃ安い割には案外いけるね。空きっ腹にチーズはちょっとキツイけど、美味しいよ」


 ドリアを食べる麗美は、なんとも満足げだった。

 麗美が食べ終えたタイミングで、姫奈はドリンクバーからホットコーヒーを運んできた。


「もうちょっとだけ、そのへん考えてごらん。許すことも謝ることも――姫奈ちゃんには、さらにもう一個あるか――その三つが大事だね。お姉さんから言えるのは、ここまでかな」


 麗美はコーヒーを飲みながら、スーツの内ポケットから携帯電話を取り出した。画面を確認すると、すぐに仕舞った。


「あとは……なるべく早くね。現在はまだ笑っていられるけど、このまま放っておいたら、取り返しのつかないことになるよ?」


 姫奈は麗美から視線を向けられた。

 今までの物柔らかな雰囲気から打って変わり、とても冷ややかなものだった。

 麗美は怒ってないと言っていたが、少なからずそれに近いものを感じた。


「現在でも全然笑えないんですけどね……」


 しかし、姫奈は怖じけずに苦笑した。

 もしも晶との間が完全に壊れたなら、麗美はおそらく干渉してくるだろう。

 それでも、これはあくまで自分と晶の問題であると姫奈は思っていた。仲裁は有り難いが、外野はどうでもよかった。


 ふたりは席を立ち、麗美がレジで会計を済ませた。


「ごちそうさまでした。それと、わざわざありがとうございました」

「どういたしまして。頑張んなよ、姫奈ちゃん」

「はい……」


 店を出ると、陽は沈んでいた。薄暗い中、冷たい風が頬に触れた。

 麗美とこうして話し、暗い気持ちが晴れたわけではない。しかし、幾分は楽になった気がした。

 姫奈は麗美に自宅まで送って貰うことになった。


「後悔だけは無いようにね」


 走る自動車の中で――後部座席に座っていた姫奈は、運転席の麗美からの言葉を、静かに受け止めた。

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