第53話
十一月の半ば。
陽は早く暮れ、寒さも感じるようになった。徐々に冬の訪れを感じさせた。
その日の放課後、姫奈は市街地まで晶と買い物に出かけていた。
EPITAPHの店前に置く花――ピンク色と赤色のシクラメンの鉢花を購入した。
「すいません。せっかく来たんで、冬用コート見に行ってもいいですか?」
その後、姫奈は晶を連れてショッピングモールに向かった。
「なんだ。コート持ってないのか?」
「あるにはあるんですけど……。中学の時に使ってたダッフルコートが」
「ダッフルコートでいいじゃないか。可愛いし」
「えー。なんか子供っぽくないですか?」
「子供が何言ってるんだ。ダッフルコートなんて着れるのも、現在だけだぞ?」
晶さんなら充分、現在でも着こなせそうだな。
姫奈はそう思ったが、黙っておいた。
「チェスターコートが欲しいんですよ」
雑誌を見て、大人びたイメージに憧れた。冬用の衣服は他にも欲しいものがあったが、まずはこれからだと思った。
「ませてんなぁ。チェスターコートなら、私が使ってないやつあるが――」
モール内を歩きながら、晶は姫奈の全身を見上げ、言いかけた口を閉じた。
姫奈も、晶が何を言おうとしたのか察した。もしサイズが合うのなら、晶の古着が欲しかったが。
「晶さんはどんなアウター着るんですか?」
「私はダウンジャケットだな」
「え――ゴミ袋みたいなやつですか? ハムみたいなやつですか?」
「おい、バカにするな。防寒具としてはな、あれが最強なんだよ」
今日の晶は、フード付きの大きめのパーカーとワイドパンツを着ていた。
こうして街まで出かけているのに、いつも通りのラフな格好だった。この延長で考えれば、どこへ行くにもダウンジャケットを着ていそうだと姫奈は思った。
「もう少しオシャレしたらどうですか?」
「そういうのはもう疲れた。私は寒がりだから、防寒性が最優先だ」
晶はぶっきらぼうに言うが、どんな衣服でも着こなしてしまうことを姫奈は知っている。どんなラフな格好も、現に似合っている。
素材が良いから着飾る必要が無いのだと、姫奈は改めて思った。その余裕が羨ましかった。
そんな晶を横目に、適当な衣類店に入った。適当なチェスターコートを試着した。
「わぁ。良い感じじゃないですか」
学生服の上からでも充分に様になっていると思った。丈が長い分、暖かくもあった。
「もう、それ着て学校に通えよ」
「そうしたいのは山々なんですが、コートは学校指定なんですよ」
「それは残念だな」
学生服として、丈の短いピーコートが用意されていた。確かに他の学生服と似合うものだが、姫奈はそこまで指定されたことが不満だった。
マフラーや手袋の小物は自由なのが幸いだった。
「なんだ? 買わないのか?」
チェスターコートを脱いで戻したところに、晶が不思議そうに訊ねた。
「はい。もう少し悩んでから、決めたいんで」
「よくわからないが、早くしないと売り切れるんじゃないのか?」
「わたしのサイズはそう簡単に売り切れませんよ。それに、こういう買い物って一期一会ですから」
「そうなのか……」
こういう会話を交わしている内、こうして晶と衣服の買い物に来たのは初めてだと姫奈は気づいた。
これも立派なデートだと思い、嬉しかった。
「晶さんはこういうマフラー似合いそうですね」
冬用小物コーナーに置かれていた、標準品より長いマフラーを取り、晶の首元に巻きつけた。
口元まで巻かれるほどに存在感のある大判マフラーは、ちんまりとした晶に似合っていた。
しかし、晶は不満そうな表情だった。
「おい、早く外せ。素材のせいか、チクチクする。これだから安物はダメだ」
「そこは高級志向なんですね」
姫奈は苦笑しながら、マフラーを外した。
そして、マフラーの近くにあったニット帽が目に入った。
「晶さんの髪型だと、似合いそうですね」
ニット帽を晶に被せると、頭部の丸いシルエットとラフな格好には、思った通り似合っていた。
「まあ、悪くないな」
晶は棚の隅に飾られていた鏡を見ながら、位置を正した。
珍しく気に入っているように、姫奈には見えた。
「買わないんですか?」
「もう少し悩んでから決める」
そっくりそのままの言葉を返され、ふたりで顔を合わせて笑った。
結局、衣類は何も購入しなかった。それでも、姫奈は楽しい時間を過ごせた。
用事が済んだので帰ろうとしたところ、下着の専門店が見えた。
可愛い下着を持っていないこと――そして、以前から購入を考えているが中々行けずにいたことを思い出した。
「あの……。あそこも見に行きませんか?」
「ん? ……ああいう店はひとりで行ってこい」
店を指差すが、晶から露骨に嫌な表情をされた。
「店員さんに絡まれて身体のことあれこれ言われたり、測られたりするのが嫌なんですよ。断り難いですし……」
行きたいのに行けない理由がそれだった。
かつてはあれほど苦手だった衣服の店に入れるようになり、店員とのやり取りも苦ではなくなっていた。しかし、下着に関してのみ未だに抵抗があった。
「私《つれ》が居ようが絡まれると思うけどな。大体、インナーなんてフィットしてないと意味無いんだから、ちゃんと測って貰えよ」
「そう思うなら、晶さんが測ってください」
「なんで私が……。まあ、お前の場合は分からなくもないが」
姫奈は、晶から胸元を見上げられた。
「まったく、面倒な奴だな。私が付いてればいいのか?」
「はい!」
晶に渋々付き合って貰い、下着の専門店に入った。
退屈そうに待っている晶を他所に、店員に胸のサイズを測って貰った。姫奈が思っていたカップサイズより、実際は大きいものが必要だと分かった。
大人びた格好を好む姫奈だが、下着に関してはセクシーなものを敬遠していた。とはいえ、姫奈のサイズで可愛いデザインのものは、ある程度限られていた。
その中で、フリルの付いた上下セットの――白色のものとピンク色のものを手に取った。
「晶さんはどっちが好きですか?」
「は?」
姫奈は晶にふたつを見せるも、ポカンとした表情をされた。
「どっちが可愛いと思いますか?」
「いやいや。意味は似たようなものだろ……。強いて言えばそっちかなぁ」
晶はピンク色の方を指差した。
適当に選んだ様子だったが、これも確かな晶の『好み』だった。
姫奈は会計を済ませると、受け取った商品を鞄に大切に仕舞った。自分の手持ちの中では、間違いなく一番可愛いものだった。
「付き合ってくれて、ありがとうございます!」
「別にいいが、次からはひとりで行けよ?」
この予定は無かったが、今日一番の思わぬ収穫だった。
そう。たとえ些細なものでも、晶の好みの下着を持っておきたかった。
いつか訪れるかもしれない、晶との性交の時のために――
*
その日の夜。
姫奈は就寝前、ベッドで携帯電話を触っていた。
インターネットで性行為について調べていた。願望こそあるものの、具体的な方法は知らなかった。
検索すると性欲を満たすためのアダルトサイトが出てきたが、それの閲覧は気が引けた。
保健体育の教科書のような簡単な図解を、ぼんやりと眺めていた。
内容を理解すると同時――晶との行為を想像していた。
晶の全裸姿を見ている。晶を抱きしめた感触をはっきりと覚えている。
それらの情報があれば、頭の中でのシミュレーションは安易だった。
思い描いていると、全身が火照るような感覚に襲われた。携帯電話を枕元に置いた。
特に、身体の芯が、まるで頭から熱した串を通されたように熱かった。
この疼きを、ひとりで慰めることも可能だった。その知識は持っていた。
しかし、十六の少女はそれに抵抗があった。
晶のことを想いながら――決して届かない気持ちをどうすることも出来ず、長い秋の夜は更けた。




