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胸を張って歩ける日まで  作者: 未田
第21章『たったひとつの手段』
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第53話

 十一月の半ば。

 陽は早く暮れ、寒さも感じるようになった。徐々に冬の訪れを感じさせた。


 その日の放課後、姫奈は市街地まで晶と買い物に出かけていた。

 EPITAPHの店前に置く花――ピンク色と赤色のシクラメンの鉢花を購入した。


「すいません。せっかく来たんで、冬用コート見に行ってもいいですか?」


 その後、姫奈は晶を連れてショッピングモールに向かった。


「なんだ。コート持ってないのか?」

「あるにはあるんですけど……。中学の時に使ってたダッフルコートが」

「ダッフルコートでいいじゃないか。可愛いし」

「えー。なんか子供っぽくないですか?」

「子供が何言ってるんだ。ダッフルコートなんて着れるのも、現在だけだぞ?」


 晶さんなら充分、現在でも着こなせそうだな。

 姫奈はそう思ったが、黙っておいた。


「チェスターコートが欲しいんですよ」


 雑誌を見て、大人びたイメージに憧れた。冬用の衣服は他にも欲しいものがあったが、まずはこれからだと思った。


「ませてんなぁ。チェスターコートなら、私が使ってないやつあるが――」


 モール内を歩きながら、晶は姫奈の全身を見上げ、言いかけた口を閉じた。

 姫奈も、晶が何を言おうとしたのか察した。もしサイズが合うのなら、晶の古着が欲しかったが。


「晶さんはどんなアウター着るんですか?」

「私はダウンジャケットだな」

「え――ゴミ袋みたいなやつですか? ハムみたいなやつですか?」

「おい、バカにするな。防寒具としてはな、あれが最強なんだよ」


 今日の晶は、フード付きの大きめのパーカーとワイドパンツを着ていた。

 こうして街まで出かけているのに、いつも通りのラフな格好だった。この延長で考えれば、どこへ行くにもダウンジャケットを着ていそうだと姫奈は思った。


「もう少しオシャレしたらどうですか?」

「そういうのはもう疲れた。私は寒がりだから、防寒性が最優先だ」


 晶はぶっきらぼうに言うが、どんな衣服でも着こなしてしまうことを姫奈は知っている。どんなラフな格好も、現に似合っている。

 素材が良いから着飾る必要が無いのだと、姫奈は改めて思った。その余裕が羨ましかった。

 そんな晶を横目に、適当な衣類店に入った。適当なチェスターコートを試着した。


「わぁ。良い感じじゃないですか」


 学生服の上からでも充分に様になっていると思った。丈が長い分、暖かくもあった。


「もう、それ着て学校に通えよ」

「そうしたいのは山々なんですが、コートは学校指定なんですよ」

「それは残念だな」


 学生服として、丈の短いピーコートが用意されていた。確かに他の学生服と似合うものだが、姫奈はそこまで指定されたことが不満だった。

 マフラーや手袋の小物は自由なのが幸いだった。


「なんだ? 買わないのか?」


 チェスターコートを脱いで戻したところに、晶が不思議そうに訊ねた。


「はい。もう少し悩んでから、決めたいんで」

「よくわからないが、早くしないと売り切れるんじゃないのか?」

「わたしのサイズはそう簡単に売り切れませんよ。それに、こういう買い物って一期一会ですから」

「そうなのか……」


 こういう会話を交わしている内、こうして晶と衣服の買い物に来たのは初めてだと姫奈は気づいた。

 これも立派なデートだと思い、嬉しかった。


「晶さんはこういうマフラー似合いそうですね」


 冬用小物コーナーに置かれていた、標準品より長いマフラーを取り、晶の首元に巻きつけた。

 口元まで巻かれるほどに存在感のある大判マフラーは、ちんまりとした晶に似合っていた。

 しかし、晶は不満そうな表情だった。


「おい、早く外せ。素材のせいか、チクチクする。これだから安物はダメだ」

「そこは高級志向なんですね」


 姫奈は苦笑しながら、マフラーを外した。

 そして、マフラーの近くにあったニット帽が目に入った。


「晶さんの髪型だと、似合いそうですね」


 ニット帽を晶に被せると、頭部の丸いシルエットとラフな格好には、思った通り似合っていた。


「まあ、悪くないな」


 晶は棚の隅に飾られていた鏡を見ながら、位置を正した。

 珍しく気に入っているように、姫奈には見えた。


「買わないんですか?」

「もう少し悩んでから決める」


 そっくりそのままの言葉を返され、ふたりで顔を合わせて笑った。

 結局、衣類は何も購入しなかった。それでも、姫奈は楽しい時間を過ごせた。

 用事が済んだので帰ろうとしたところ、下着の専門店が見えた。

 可愛い下着を持っていないこと――そして、以前から購入を考えているが中々行けずにいたことを思い出した。


「あの……。あそこも見に行きませんか?」

「ん? ……ああいう店はひとりで行ってこい」


 店を指差すが、晶から露骨に嫌な表情をされた。


「店員さんに絡まれて身体のことあれこれ言われたり、測られたりするのが嫌なんですよ。断り難いですし……」


 行きたいのに行けない理由がそれだった。

 かつてはあれほど苦手だった衣服の店に入れるようになり、店員とのやり取りも苦ではなくなっていた。しかし、下着に関してのみ未だに抵抗があった。


「私《つれ》が居ようが絡まれると思うけどな。大体、インナーなんてフィットしてないと意味無いんだから、ちゃんと測って貰えよ」

「そう思うなら、晶さんが測ってください」

「なんで私が……。まあ、お前の場合は分からなくもないが」


 姫奈は、晶から胸元を見上げられた。


「まったく、面倒な奴だな。私が付いてればいいのか?」

「はい!」


 晶に渋々付き合って貰い、下着の専門店に入った。

 退屈そうに待っている晶を他所に、店員に胸のサイズを測って貰った。姫奈が思っていたカップサイズより、実際は大きいものが必要だと分かった。

 大人びた格好を好む姫奈だが、下着に関してはセクシーなものを敬遠していた。とはいえ、姫奈のサイズで可愛いデザインのものは、ある程度限られていた。

 その中で、フリルの付いた上下セットの――白色のものとピンク色のものを手に取った。


「晶さんはどっちが好きですか?」

「は?」


 姫奈は晶にふたつを見せるも、ポカンとした表情をされた。


「どっちが可愛いと思いますか?」

「いやいや。意味は似たようなものだろ……。強いて言えばそっちかなぁ」


 晶はピンク色の方を指差した。

 適当に選んだ様子だったが、これも確かな晶の『好み』だった。

 姫奈は会計を済ませると、受け取った商品を鞄に大切に仕舞った。自分の手持ちの中では、間違いなく一番可愛いものだった。


「付き合ってくれて、ありがとうございます!」

「別にいいが、次からはひとりで行けよ?」


 この予定は無かったが、今日一番の思わぬ収穫だった。

 そう。たとえ些細なものでも、晶の好みの下着を持っておきたかった。

 いつか訪れるかもしれない、晶との性交の時のために――



   *



 その日の夜。

 姫奈は就寝前、ベッドで携帯電話を触っていた。

 インターネットで性行為について調べていた。願望こそあるものの、具体的な方法は知らなかった。

 検索すると性欲を満たすためのアダルトサイトが出てきたが、それの閲覧は気が引けた。

 保健体育の教科書のような簡単な図解を、ぼんやりと眺めていた。


 内容を理解すると同時――晶との行為を想像していた。

 晶の全裸姿を見ている。晶を抱きしめた感触をはっきりと覚えている。

 それらの情報があれば、頭の中でのシミュレーションは安易だった。

 思い描いていると、全身が火照るような感覚に襲われた。携帯電話を枕元に置いた。

 特に、身体の芯が、まるで頭から熱した串を通されたように熱かった。


 この疼きを、ひとりで慰めることも可能だった。その知識は持っていた。

 しかし、十六の少女はそれに抵抗があった。

 晶のことを想いながら――決して届かない気持ちをどうすることも出来ず、長い秋の夜は更けた。

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