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胸を張って歩ける日まで  作者: 未田
第20章『メイド服とネコ耳』
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第52話(後)

 最上階の踊り場を超え、校舎の屋上へと出た。

 自分達以外の他に誰も居ないことを確認すると、姫奈は外側から扉の鍵をかけた。


「何か勘違いしてません? うちの文化祭はコスプレ会場でもないんですけど……」


 怒鳴りたいところだったが、気疲れがひどかった。重い頭痛に襲われたかのように、頭を抱えた。


「その格好で言っても、説得力無いよ」

「これは仕方ないんです! わたしだって、好きで着てるわけじゃないですよ!」

「眼鏡のせいかしら。コスプレ感が強いわよね」

「いや、単純に衣装が安っぽすぎる」


 嫌々着ている身でありながら駄目出しをされ、姫奈は自身の死体を蹴られているような感覚に陥った。


「大体、結月さんのその格好は何ですか!? 変装のつもりでも、適当すぎでしょ!」

「……一周回って、逆にアリかなって」

「何周回っても絶対にナシです!」


 割烹着姿の結月に対し――三人の中で一番指摘したかったことを言え、姫奈は少しだけスッキリした。


「騒ぎだけは起こしたくなかったのに……逆に目立ってどうするんですか」


 呆れるように言いながら、麗美を見た。

 三人の中で一番の常識人だと思っていた。しかし、ヘラヘラとした様子は、ふたりと同様に楽しんでいる様子だった。


「まあまあ。これでもガラッとイメージ変えたつもりだから。案外バレないよ」

「それにね……私達、高校というところに一度来てみたかったのよ」


 晶と同じことを言っているなと、姫奈は思った。

 通っていない身だと、その歳で憧れるのだろうか? 現役高校生の姫奈には、理解出来なかった。


「晶ちゃんみたいに制服コスの方がよかったかしら?」

「たぶん全然着れると思いますが、それだけは本当に勘弁してください」


 制服姿の三人組だと、間違いなく大騒ぎになっていた。これでも最悪の事態だけは回避したのだと思った。


「こうして四人で高校に通っていたなら、それはそれで楽しかっただろうな……」


 晶は微笑みながら、ぽつりと漏らした。

 ふたりも同意見なのか、笑って見せた。

 姫奈にしてみれば、三人とは十も歳が離れているので、それは絶対にあり得ない話だった。

 しかし、もしもこんな先輩達が居ると学校生活がより楽しいだろうなと、想像できた。そういうカタチも悪くないと思った。


「まあ、文化祭のワイワイした感じも伝わったし、私と結月はこれでおさらばするよ。晶はひとりで帰れるね?」

「ああ。わざわざすまなかったな」


 麗美と結月は手を振り、この場を去った。

 姫奈は屋上で、晶とふたりきりになった。

 少し肌寒いが遠くからの日差しは届き、清々しく晴れた秋空が広がっていた。


「どうして午後から来たんですか?」

「ん? お前が午後から来いって言ったろ?」

「ああ、そうでした……。信じてたんですね」


 決して疑わない純真無垢な人間だったと、思い出した。

 信じて貰えたことが嬉しい反面、騙したことに今更ながら罪悪感が芽生えた。


「すいません。これを見られたくなかったんで、嘘つきました。せっかく来てくれたのに、そろそろ戻らなくちゃいけません」


 持ち場を離れて、しばらく経つ。クラスメイトが怒っている頃だろうと思った。


「うちのクラスに来てくださいよ。コーヒーでよければご馳走しますよ」

「待て――」


 姫奈は扉に向かおうとしたところ、晶から腕を掴まれた。


「その……可愛いぞ」


 振り返ると、晶はぼんやりとした隻眼で見上げていた。

 少しだけ照れているのだと、姫奈は思った。

 滅多に見ることのない格好でもあることから、その仕草から胸を撃ち抜かれたような衝撃に襲われた。

 思わず、正面から晶を抱きしめた。


「晶さんこそ、すっごく可愛いです……」


 腕の中の小柄な身体を――確かな温もりを、全身で感じていた。

 ただ、可愛くて愛おしかった。

 だから、それを求めることは自然な衝動だった。


「晶さん……」


 姫奈は晶の唇に自分のをそっと重ね、キスをした。

 晶は何も言わずに応えてくれた。

 以前は、キスの練習だと嘘をついた。これはどう言い訳をしようかと思ったが――ぼんやりとした頭では、もし晶から何か言われたら考えようと、投げやりだった。


「……」


 唇と共に晶を離した。

 晶は頬を赤らめながら、黙って俯いていた。

 パーカーのフードに付いた猫耳が、なんだか垂れ下がっているように姫奈には見えた。


「い、行きましょうか」

「そうだな……」


 姫奈は晶の腕を引き、屋上から自分の教室へと向かった。



   *



「ねえ。あの人、澄川さんの知り合い?」


 姫奈は教室のキッチンスペースでコーヒーを淹れていると、クラスメイトから小声で訊ねられた。

 彼女の視線の先――窓際の席で、晶が脚を組んで座っていた。

 どこか物憂げな雰囲気は、それだけで絵になっていた。


「うん。中学の時の先輩」


 姫奈は晶を、アルバイト先の店主だとは紹介したくなかった。

 とても二十五歳には見えないので、晶には悪いが同年代として扱った。


「へー。でも、このへんの制服じゃないよね?」

「遠くの学校だからね」

「てかさ、私のこと紹介してよ」

「それはダメ」


 どこか興奮気味のクラスメイトを、姫奈はふたつ返事で片付けた。

 そして、袋からチョコレートを三つ取り出すと、ソーサーに添えた。


「ごめん。これ、わたしが持っていくね」


 接客班のクラスメイトを差し置き、姫奈はトレイに乗せたコーヒーを晶の席まで運んだ。


「ご注文のコーヒーでございます、お嬢様」


 自分らしくないなと思いつつも、芝居がかった言動でコーヒーを差し出した。

 テーブルまでソーサーを運んだ左腕――袖に隠していた腕時計が見えたのか、晶に袖をめくられた。

 手首に着けていた腕時計を確認すると、晶は顔を上げて一度だけ微笑んだ。


「ああ。ご苦労」


 とても些細なやり取りだった。

 しかし、このくだらない催し物をやってよかったと、姫奈はこの瞬間(とき)に初めて思った。


「ところで……この百円のオプションメニューは何だ?」


 メニューを持った晶から訊ねられた。

 姫奈は黙って逃げたが、すぐに晶からオプションメニューの注文が入ったので、クラスメイト達から無理やり連れて行かれた。

次回 第21章『たったひとつの手段』

姫奈は、晶がひとりで実生活を送れていることに気づく。その変化が嬉しい反面、戸惑いもあった。

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