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胸を張って歩ける日まで  作者: 未田
第20章『メイド服とネコ耳』
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第52話(前)

 文化祭当日。

 朝、開場前から学校は賑わっていた。

 姫奈のクラスは教室の内装が済み、午前中の当番全員がメイド服を着た。

 彼女達は笑顔で嬉しそうに、互いを携帯電話のカメラでメイド服姿を写真撮影していた。姫奈には到底理解できないが、喜んでいる者が大半のようだった。


「それじゃあ、何かあればすぐに連絡して」

「かしこまりました! お嬢様!」


 姫奈は裏方の責任者として準備を確認した後、教室を去った。クラスメイトの浮かれた気分に白け、少しだけ不安が残った。


 やがて一般客の入場が始まり、校内はさらに賑わった。

 そんな中を、姫奈はひとりで歩いていた。

 私服姿の、校外の知り合いであろう一般客と一緒に居る生徒を見ると、なんだか羨ましかった。

 姫奈はブレザーの内ポケットから携帯電話を取り出した。

 メッセージアプリには、今朝から晶とのやり取りが無い。店を開けているのか、寝過ごしているのか――それとも学校に向かっているのか、状況がわからない。

 先日の理由から、やはり来て欲しくないと思う。しかし、せっかく一般人が校内に入れる機会なのだと実感し、晶の姿が無いことに寂しいと思う一面もあった。

 学生服の左袖を捲り、銀色の腕時計にそっと触れた。


「おっ、澄川さんじゃん。一緒にたこ焼き食べに行かない?」

「うん。いいね」


 ふと、見知った顔のクラスメイト達に廊下で声をかけられ、以降は彼女達と行動を共にした。

 学校中の催し物を見て回り、高校生活初めての文化祭を姫奈なりに楽しんだ。

 合間を見ては携帯電話を確認したが、晶からの連絡は何も無いまま午前の自由行動を終えた。


 この一週間、メイド服の着用回避策を姫奈は考えていたが、結局は浮かばなかった。

 姫奈専用のサイズである新品の状態の服を手渡され、更衣室で仕方なく着替えた。


「いいね、澄川さん。めっちゃ似合ってるよ。――だから、ジャージ脱ごう?」

「だめ! わたし、これで行く!」


 姫奈はエプロンドレスの下に体操着のボトムスを履いていた。

 そのまま更衣室を出ていこうとしたが、クラスメイト数人から力づくで引き止められた。


「ほら。せっかく可愛いんだから観念しなよ」

「脱がすから、そっち抑えておいて。せーの」

「いやー!」


 姫奈の悲鳴は虚しく、強引に体操着を剥ぎ取られた。


「おーい。そろそろ交代よ?」


 更衣室の扉が開き、クラス委員が顔を出した。


「……」

「なんで撮ってんの!?」


 姫奈はクラス委員から無言で携帯電話を向けられ、連続するシャッター音を聞いた。

 XLサイズ――おそらく市販の中では一番大きいものだろうが、それでも身長百七十五センチの姫奈には小さかった。

 スカート丈が短く、何かの拍子で下着が見えそうだった。普段より濃い目の八十デニールのタイツを履いていてよかったと、姫奈は思った。

 胸元もやや苦しく、心なしかボディーラインが浮いているような気がした。


「みんなも撮らないでよ!」


 携帯電話を向けられたクラスメイト達に囲まれ、姫奈は涙目で訴えた。思わず、スカートの裾を抑えながら腕で胸元を隠した。


「ごめんなさい。なんだか妙に興奮して……。さあ、行くわよ」


 クラス委員を筆頭とした集団から、逃げられないよう厳重に教室まで連行された。

 廊下を歩くメイド一向は目立ち、周囲の視線を集めた。この時点で、姫奈は死にたいぐらい恥ずかしかった。

 自分達の教室は、廊下に客の列が出来るほどに賑わっていた。客には失礼だが、他に行くところが無いのかと、姫奈は問い詰めたかった。


「よし! それじゃあ、午後組よろしく!」


 午前組と交代し、午後組のそれぞれが持ち場についた。

 姫奈はひたすらコーヒーを淹れ続けた。

 教室隅のキッチンフロアから出ることは無かったが、客席からの視線を常に集めていた。この不快感には、いつまで経っても慣れなかった。


 当番を交代して一時間ほど過ぎた頃であった。

 ふと、廊下のざわつきが教室まで伝わった。


「どうしたの? 何かあった?」


 ひとりのクラスメイトが廊下まで出て確認してきたので、姫奈は訊ねた。


「なんかね、変わった三人組が歩いてた。モーゼの海割りみたいに、通行人が引くぐらいヤバいよ」

「……ごめん。ちょっとだけ離れるね」


 三人組。そして、開ける通行人。

 少しだけ嫌な予感がして、姫奈はそれを確かめるべく持ち場を離れた。


 クラスメイトの言葉通り、ある三人がこの教室へと向かっていた。なんともおかしな三人だった。

 ひとり目は、スタジアムジャンパーとデニムパンツを着た高身長の女性だった。ストレートロングの黒髪にキャップを乗せ、サングラスをかけていた。姫奈の目には、これでも三人の中で一番まともに見えた。

 ふたり目は、着物と割烹着を着た女性だった。一見『お母さん』の雰囲気だが、マスクと眼鏡で方向性を見失っているように姫奈には見えた。何より、三角巾を巻いたアッシュピンクの柔らかな髪が、明らかに格好から浮いていた。


 そして三人目の女性が、小柄ながらに一番存在感が強かった。

 赤と黒のチェック柄のスカートに、だらしなく緩めた赤いネクタイ。どこかの学生服のようだが、ブラウスの上に黒色のパーカーを羽織っていた。

 プラチナベージュのショートボブヘアーは、パーカーのフードを被っていた。フードには、猫の耳を模した装飾がされていた。

 それに加え、医療用眼帯と――傷跡を隠すためであろう黒色のニーソックスが、どこかパンクな雰囲気を醸し出していた。

 こんな奇抜な衣装を、この小柄な女性は違和感無く完璧に着こなしていた。まるで本物の学生のように姫奈には見えた。


 晶の護衛のつもりだろう。まさかRAYの三人で――挙げ句、勘違いした変装で来るとは思わなかったので、姫奈は目眩がした。


「あの子、可愛すぎない? どこの学校の子だろ?」

「ていうか、あの人達、どこかで見たことない? 思い出せないんだけど……」


 周囲のざわつきから、このような声が聞こえた。

 姫奈はいっそ気絶して倒れてしまいたかったが、この騒ぎに対する責任を負った。収拾しなければいけないと思った。


「メイド喫茶? ここかしら」

「あいつ、普通のカフェだって念を押してたが……こういうことだったのか」

「でもさ、姫奈ちゃんの当番って午前なんでしょ? まだここに居るかな?」


 教室までやって来た三人の前に、姫奈は立ちはだかった。


「皆さん、何してるんですか!?」

「……お前こそ、何してるんだよ」


 姫奈を見た三人は絶句したが、少しの間を置いて大笑いした。

 確かに自身の姿がこの三人に何かを言えた義理では無いので、姫奈は顔を真っ赤にして俯いた。

 現在もなお、多くの人達の視線を四人で集めている。混乱した頭の中、ひとまず場所を移さなければいけないと思った。


「とにかく! こっちに来てください!」


 姫奈は晶の腕を掴むと、この場を離れた。

 校舎の周辺はきっと誰かが居る。文化祭での空き教室の状況は分からない。

 消去法で考えながら、足は自然と階段を上っていた。

 ――姫奈は後日聞くことになるが『メイドさんがネコ耳少女の腕を引いて歩いていた』という目撃情報が多数寄せられていた。

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