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胸を張って歩ける日まで  作者: 未田
第19章『誕生日プレゼント』
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第49話(後)

 マシンを含む店の片付けを済ませ、ふたりで晶のマンションへと向かった。


「あれ? テーブル買ったんですか?」


 姫奈が部屋を訪れたのはRAYの女子会以来だが、ダイニングスペースにテーブルが置かれていた。

 椅子は向き合うふたつしかない。スペースの広さに対し、とても小さかった。


「結月に説教されたからな……。あれからすぐに取り寄せた。まあ、無いよりは良いって感じだ」


 以前までの殺風景なリビングダイニングの印象が強かった。こうしてテレビやソファー、そしてテーブルまで置かれたことに姫奈はまだ慣れなかった。

 しかし、こうして生活感と温もりを感じる現在の方が好きだった。


「あっちで待ってろ。今温める」


 晶に言われ、姫奈はリビングのソファーに腰掛けた。

 テレビを観ていると、やがていい匂いが漂ってきた。それまで空腹感は無かったが、湧き上がらせた。


「ほら。お望みのビーフシチューだぞ」


 キッチンから呼ばれ、姫奈はダイニングに向かった。


「わぁ……」


 テーブルにふたつのビーフシチューが置かれていた。

 まだ食べていないのにまるでレストランの逸品のように見えたのは、ランチョンマットと豪華な皿のせいだと気づいた。姫奈の知る限り、どちらも現在までこの部屋に無いものだった。テーブルと一緒に購入したものだろうか。

 晶はテーブルの中央にオレンジ色のキャンドルを灯した。

 本当にレストランのような雰囲気だと思いながら、姫奈は椅子に座った。


「え、飲むんですか?」

「ビーフシチューには赤ワインが合うんだよ。それに、めでたい席では飲むもんだ」


 晶はパンに続き、ワインボトルとひとつのグラスを持ってきた。

 スープ状の食べ物と一緒に酒を飲むことが、姫奈には理解できなかった。


「わたしのために、わざわざありがとうございます」


 晶がコルクを抜いたボトルを、姫奈は取った。

 そして、晶の傾けたグラスにワインを注いだ。姫奈なりの感謝だった。


「お酒に付き合いますんで、あと四年待ってください」

「その時、私は二十九か三十か……。いずれ訪れるとはいえ、三十路は考えたくないな」


 ワインを注がれながら、晶の隻眼は遠くを見ているようだった。


「三十になっても、あんまり変わってないと思いますけど」

「どういう意味だよ、それ」


 見た目の若さだけでなく、子供っぽい仕草も変わらないだろうと姫奈は思った。

 それが晶に伝わったのか、不貞腐れるような表情を見せた。

 姫奈は宥めると、自身はウーロン茶を用意し、晶と乾杯した。


「なんですか、これ! めちゃめちゃ柔らかいですけど!」


 ビーフシチューを一口食べると、肉の柔らかさに驚いた。まるで、噛まずとも口内で溶けるかのようだった。


「牛の頬肉だよ。圧縮鍋で煮込むとな、ここまでトロトロになるんだ」

「へー。ていうか、圧縮鍋なんてありましたっけ?」

「これのためにわざわざ用意した」

「マジですか? ありがとうございます」

「一回使ってこれっきりにしたくないから、次は豚の角煮と煮玉子でも作ってみるか」

「わぁ。それも美味しそうですね」

「バカ。お前が作るんだよ」

「えー」


 そんな会話を交わしながら、食事を楽しんだ。

 食卓の雰囲気も料理の味も、まるで高級店で外食をしているかのようだった。


「ていうか、どうしてビーフシチューなんだ? お前の好物か?」

「んー。別に、好物というわけでもないんですけど……」

「は?」

「わたしの中の高級料理は、お肉……ほんと言うと、ステーキなんですよね。でも、それだと手作り料理感が無いんで」

「つまり、お前の中の手作りな肉料理がこれだったと?」

「はい。そういうことです」


 あの時訊ねられて、咄嗟にビーフシチューと答えた経緯を説明した。

 晶は呆れたような瞳を向けてくるが、姫奈は単純に、晶の手料理が食べたかったのだ。


「でもでも、すっごく美味しいですよ! ありがとうございます!」

「それはよかった……」


 姫奈はカロリーのことを忘れ、おかわりまでした。

 晶は満足そうに微笑んだ。


 食後、リビングのソファーでケーキを食べた。

 姫奈のリクエスト通り――四号ほどの大きさだが、白いクリームに包まれたホールケーキの上に、たっぷりの苺が乗っていた。


「これも晶さんの手作りですか!? 余裕でお店で出せるじゃないですか!」


 綺麗に均されたクリームと苺の飾り付け方は、まるで市販のものだった。


「バカ言うな。こんなの毎日作れないし……大体、店で食べ物を売るなら何か届け出が必要なんだよ。たぶん」

「それなら、売るんじゃなくて、友達に差し出すという体ならどうですかね?」

「……お前、歳とって悪どいこと考えるようになったな。行く末がなんか怖くなってきたぞ」


 以前に麗美から訊かれたことを、姫奈なりにぼんやりと考えてのことだった。もっとも、一時的には通じるかもしれないが、長期的には無理だろう。

 ケーキは見た目だけではなく、味も市販のように美味しかった。既に満腹気味だったが、ホールの半分を食べた。


 美味しいもの――晶の手料理を食べ、これだけで姫奈は満足だった。

 ケーキを食べ終えたタイミングで、晶はテーブルの引き出しからひとつの封筒を出した。可愛いデザインのものだった。


「これ、麗美と結月からだ。今日は来れないから預かってる。後でいいから、礼だけ言っておけ」


 姫奈は受け取り、封を開けた。

 中には、携帯電話で使用できる電子通貨のプリペイドカードが入っていた。


「わぁ。普通に嬉しいです」


 あまり使用する機会は無いが、持っているに越したことはなかった。

 ふとカードの裏面を見ると、結月の字だろうか――『次の新曲買ってね。できたらCDで』と書かれていた。このカードでCDを買えないことを分かっていて言ってるなと、姫奈は苦笑した。


「そして、これが私からだ」


 晶は別室から、小さなショップバッグを取ってきた。

 白地で黒縁のショップバッグには、シンプルにブランド名が書かれていた。姫奈でも知っている高級ブランドだった。

 なんだか嫌な予感がした。


「何ですか? それ」

「私からの誕生日プレゼントだ。開けてみろ」


 念のため確かめるが、やはり誕生日プレゼントだった。嬉しいというよりも、既に価値があまりにも重すぎた。

 バッグの中には小さな箱が入っていた。怖気付けながらも開けてみると、中には腕時計が入っていた。

 銀色のチェーンブレスレットが付いた、小さな縦長の八角形のものだった。

 長針と短針で時計としての最低限の役割は果たしているが、文字盤に数字が無かった。その代わり、ブランド名が掘られていた。


「……ちょっと待ってください」


 姫奈は、理解が追いつかなかった。

 誕生日プレゼント――つまり、この高級であろう腕時計が自分の所有物になる。


「こんなの着けてるJKなんて居ませんよ! 大体、時計なのに数字が無いじゃないですか!」

「ああ、それな。時計というよりアクセサリーだから、要らないんだよ」


 そう言われ、姫奈は納得した。時間を確かめるのでもなく、腕元を飾るのでもなく、ブランドを誇示するための道具なのだと。


「お前、たまに安っぽいアクセサリー着けてるだろ? あまりにもみずほらしくて、見るに見かねたんだよ」

「あれは歳相応なんです! それに、これだと段階をすっ飛ばしすぎなんで、程度というのを考えてください!」

「そうは言ってもなぁ……。学生でも使えるように、腕時計を選んだんだぞ?」


 それならせめて時計として機能しているものが欲しかったと、姫奈は思った。

 晶は姫奈の左隣に座ると、姫奈から箱を取り上げ、腕時計を出した。

 そして姫奈の右腕を掴み、腕時計を巻いた。


「ほら。似合ってるじゃないか」

「……左じゃなくて、右腕に着けるんですね」

「アクセサリーとして使う場合は利き腕だ。制服での普段使いなら、利き腕と逆だと周りからの違和感は無いと思う」


 姫奈は右腕を掲げてみた。

 とても美しいものだが、派手ではなくシンプルなデザインなのが幸いだった。これがブランドの商品だと予め知っている、もしくは至近距離でブランド名を確認しない限りは、周りから気づかれないだろう。

 それに、腕を下げると長袖ブラウスの袖に隠れる。

 普段でもかろうじて使えそうだと思った。


「なあ、姫奈。お前はもっと自信を持て。持っていいんだ……。これに相応しい――私の店に相応しい女になってくれ。もう少しだ。お前なら出来る」


 晶は姫奈にもたれ掛かるように肩に腕を回し、その腕で姫奈の右手を掴んだ。


「お前がそんな大人になれるように――それが私の願いだよ」

「が、がんばります……」


 晶の意図を汲み、姫奈は頷いた。

 こうして期待されていること。認めてくれている部分があること。そのどちらも、姫奈は嬉しかった。

 晶からの気持ちが込められた腕時計を、怖じ気ずに着けようと思った。

 自信を持とうと思った。


「腕時計も持ってないですけど、どうせなら持ってないアクセサリーがよかったです」

「例えば?」

「そうですね……指輪とか」

「バカ。それこそJKが着けないだろ」


 おかしそうに晶は笑いながら、姫奈の右手の薬指に触れた。

 身体が触れることは現在まで何度もあったが、こうして手の指を触られたのは初めてだった。姫奈はドキドキした。


「今日はありがとうございました。美味しい料理だけでも嬉しかったのに、こんなものまで頂いて……。晶さんのお陰で、最高の誕生日でした」


 言葉を紡ぎながら、溢れ出す気持ちを抑えていた。


「最後に、ひとつだけ……誕生日なんで、ワガママを聞いて貰ってもいいですか?」


 それは静かに、しかし大きな波のように押し寄せていた。


「ん? どうした?」


 もう、自分の中で抑えることが出来なかった――


「……わたしにキスしてくれませんか?」


 晶の顔をじっと見つめ、姫奈はぽつりと漏らした。


「は? いきなり、どうしたんだよ」


 晶は困ったような表情を見せた。何の脈絡も無い突然の要求にこうなるのは当然だと、姫奈は思った。


「わたしぐらいの歳だと、キスというものに興味があるんですよ。どういうものなのか、一度経験してみたくて……」


 姫奈は冷静に言葉を選んだ。

 衝動のままに動いてしまったものの、気持ちを伝えることだけは何とか阻止した。

 もし伝えて、届かなければ――この場で終わっていた。


「……私なんかでいいのか?」

「こういうの頼めるの、晶さんしか居ません」


 その確認に姫奈は頷くと、すぐに晶は顔を伸ばした。

 互いにソファーに腰掛けているが、晶の重心移動で姫奈は体勢を崩し、ソファーに仰向けに倒れ込んだ。

 結果――晶から覆いかぶされるように、キスをされた。

 ほんの数秒だったが、唇同士が触れた。


「どうだった?」


 晶は身体を離すと、姫奈を起こした。

 晶の照れた表情を知っているからこそ、姫奈は分かった。

 まるで、作業をこなした後のような――晶はいたって素面の表情だった。


 それでも、姫奈にしてみれば互いに意識がある中での、初めてのキスだった。

 晶の気持ちは分からない。

 しかし、これこそが一番嬉しい誕生日プレゼントだった。


「気持ちよかったです……」


 全身を満たされる温もりを、幸せな感情を、姫奈はその言葉で表現した。

 好きな人とのキスは、文字通り快楽だった。現在まで味わったことが無いぐらいに――


「そうか。これでお前も、ちょっとは大人だな」


 晶から、笑顔で頭を撫でられた。


「ありがとうございました……」


 大人になりたい。この先の行為も経験したい。晶さんに、大人にして欲しい。

 嬉しさと切なさが入り混じり、姫奈は涙が溢れそうになった。

 だが、ここで泣いては勘付かれてしまう。

 ぐっと我慢し、そろそろ立ち去ろうと思うと同時、話題を変えた。


「そういえば、晶さんの誕生日はいつなんですか? 次は私がお祝いしますよ」


 RAYの公式プロフィールは、誕生日もおそらく嘘偽り無い情報だろう。

 調べれば分かることだが、敢えて訊ねた。


「私の誕生日か? 三月三十一日だよ」

次回 第20章『メイド服とネコ耳』

姫奈の学校の文化祭に、おかしな三人組が現れる。

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