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胸を張って歩ける日まで  作者: 未田
第15章『太陽と月(中)』
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第38話

 ――三人で、愛生の墓参りに行こう。


 麗美が天羽晶からその提案を受けたのは、八月の半ば、お盆と呼ばれる時期だった。

 世間の長期休暇とは関係なく、麗美は働き詰めだった。

 しかし晶からの折角の提案であるため、結月の休日に重ね、強引に休みを取った。


「えー。折角のオフなんだから、オシャレしなさいよ」


 朝。麗美は無意識にスーツを着ようとしたところ、結月に止められた。

 結月はハイウェストの黄色いワンピースに身を包んでいた。実にラフな格好だった。


「ていうか、こういうのって喪服じゃなくてもいいのかな?」

「さあ? 法事とか年忌とかでもないんだし、いいんじゃない?」


 麗美は事務所の役員として冠婚葬祭に出席する機会が増えたが、こういう知識にはまだ乏しかった。


「大体、かしこまる相手でもないでしょ。どんなカッコで行っても、きっと怒られないわ」

「それもそっか」


 結月の言葉に納得し、麗美は私服を選んだ。

 白色のカットソーに、赤色のペンシルスカート。スーツ以外の衣服を――というより、スカート自体を久々に履いた気がした。


「なーんかOLくさいわね」


 不満そうな眺めていた結月が、別室からツバの広がったベージュの帽子を持ってきた。


「ほら。これでゴージャスな感じだわ」

「ありがとう」


 麗美は帽子を頭に乗せ、愛用のサングラスをかけた。

 OLのような雰囲気はまだ残るが、麗美にとってのプライベート向けの格好だった。


「それじゃ、行こうか」


 日焼け止めを塗った後、黒色のSUV車にふたりで乗り込んだ。ペンシルスカートだと運転し難いことに現在になって気づき、麗美はスカートの丈をたくし上げた。そして、パンプスでアクセルを踏んだ。

 助手席の結月は携帯電話とカーオーディオを無線通信で接続し、海外の軽快な音楽を流した。浜辺に居るかのような曲だった。

 時期のせいか道は混んでいた。しかし、ふたりで歌を口ずさみながらのんびりドライブをしていると、麗美は心地よかった。

 強い日差しの下――服装といい、まるで今からバカンスにでも出かけるような調子だった。久々に、ゆっくりとした時間を感じていた。


「うーん。思ってるより混んでるなぁ。ちょっと遅れそうだから、晶に連絡しておいて」


 通常では一時間ほどで着く距離だった。時期故の混雑を見越してさらに三十分の余裕を加えたが、まだ着く気配は無かった。


「晶ちゃんも一緒に乗って行けばいいのに……難儀ねぇ」

「仕方ないよ。私だって、もし同じ状況だったら、まだ怖いと思うな」


 携帯電話で晶にメッセージを送っている結月に、麗美はぽつりと言った。

 晶は事故での心的外傷から、未だに自動車に乗ることが出来なかった。墓地には、ひとり電車で向かっていた。


「ていうか、電車に乗れるなんて晶凄くない? 私たぶん無理だわ」


 麗美が最後に電車に乗ったのは中学生だった頃――十年以上過去だった。

 あの狭く混雑した密室に入ると、落ち着かないどころか気が狂いそうだと思った。


「私はそもそも切符が買えないと思う」

「あー、それ。めっちゃ難易度高いよね。乗り換えもさ」


 入り組んだ、迷路のような路線図を思い出した。目的地を探す時点で詰みそうだった。


 やがて、都心から離れた街――一栄愛生(いちえあい)の地元に差し掛かった。

 途中、コンビニで仏花と缶ビールを購入した。

 結局、自動車を運転すること一時間四十分。山の麓にある墓地に着いた。

 杉林に囲まれた墓地は緑が映え、蝉の鳴き声がいたるところから聞こえた。

 麗美は自動車から降りると、むわっとした熱気と強い日差しから、すぐに汗が浮かんだ。結月から借りた帽子を被った。

 日傘を広げた結月と並び、駐車場から入り口へと歩いた。


「遅いぞ」


 入り口で、天羽晶はふたりを待っていた。黒いレースの日傘をさし――真っ黒なゴシックドレス姿で。

 この暑空の下、ただでさえ暑苦しい格好だと麗美は一瞬思った。しかし、晶は汗ひとつ流していなかった。

 そして何より、違和感なく完璧に着こなしていた。仮装衣装のような雰囲気は一切無かった。

 その挙げ句、プラチナベージュのショートボブヘアーと医療用眼帯が絶妙に似合っていた。

 小柄な身体と整った顔つきでもあることから、まるで精巧なゴシック人形のようだった。

 眩しい世界の中、暗く冷たい佇まいは何とも奇妙な光景だった。

 かつてのトップアイドルとしての風貌はまだ健在だった。

 過去と見劣りしていない仕上がりに驚くと同時、それが『アイドル天羽晶』としての喪服姿なのだと麗美は理解した。


「晶ちゃん、その格好で電車乗ってきたの?」


 え、それに触れていいの?

 自分だと絶対に訊けないであろうことを、隣の結月がさらっと漏らし、麗美は内心焦った。


「私もよく分からんが、盆休みはなんか許されるらしい。コスプレみたいな格好の奴、他にも居たぞ」

「へー。何かそういう行事でもあるのかしらね」

「どうなんだろうな。世間事情にはまだ全然疎い」


 晶は苛立っている様子も無く淡々と答えたため、麗美は安心した。

 入り口でバケツと柄杓を取り、水を汲んだ。


「いやー。今日も暑いね。四十度近くまで上がるんじゃないかな」

「暑いといえば……この前、姫奈の奴がナイトプール行ってきたぞ」

「ナイトプールかぁ……。いいね。また三人で行っちゃう? 貸し切りで」

「……最近は庶民派になってきたから、お前のそういうところ引くわ」

「そうよ、麗美ちゃん。庶民の皆さんが困るんだからね」

「ええっ!? 私悪いの?」


 他愛ない会話を交わしながら、三人で墓地を歩いた。時期として混んでいたが、変装をしているため気づかれないだろうと麗美は思った。

 やがて、愛生の墓にたどり着いた。


「あら。意外と綺麗ね」


 墓石の汚れや周りの雑草は無く、仏花もまだ枯れていなかった。今日ではないにしろ、自分達の他にも誰かが参っていた。

 晶はバケツの水でタオルを濡らし、墓石を優しく拭いた。

 結月は仏花を替え、麗美は線香に火をつけた。

 最後に缶ビールを開け、供えた。


 三人でここに訪れたのは、一回忌の法要の時以来だった。

 あの時は晶が泣き崩れ、しばらく寝込んでいた。まだ晶の心には耐えられなかった。

 その出来事があったため、晶から墓参りの提案があったのは、麗美にとっては意外だった。

 晶はいつもの毅然とした態度ではないが――何かを悟った様子だった。格好といい、ようやくここまで持ち直したのだと、麗美は安心した。


「愛生さん……。私ら三人、なんとか元気でやってるよ」


 麗美は帽子を脱ぎサングラスを外すと、墓石に両手を合わせた。

 四人で過ごした九年間を、ぼんやりと思い出す。

 お盆の墓参りは先祖を敬うイメージが麗美にはあった。そういう意味では、愛生は母親のような存在だったと思った。

 晶のこと、見守ってあげてください――麗美は心中でそう願った。


「……バカだよ、本当に」


 晶は墓石に触れ、立ち上る線香の煙を見上げながら、ぽつりと漏らした。

 照りつける日差しの下、蝉の鳴き声がとてもうるさかった。

 晶の横顔は、呆れたように苦笑していた。

 ――それは誰に対しての言葉なのか、麗美は分からなかった。


 バケツと柄杓を返却した後、駐車場で塩を撒き、三人で踏んだ。


「結月と、愛生さんの実家に行ってくるね」


 墓参りの後、実家の仏壇にも手を合わせ、愛生の親に挨拶をするつもりだった。


「私の分も――桃かゼリーの詰め合わせ、もしくは菓子折りでも持って行ってくれ」

「わかったわ。晶ちゃんは気をつけて帰ってね」

「ああ。すまないな」


 駐車場で晶と別れた。

 まだ自動車に乗れないにしろ、墓参り中の様子から、精神面を崩すことは無さそうだと麗美は思った。


 自動車に乗り、エンジンをかけた。エアコンの冷風を浴び、生き返ったような気がした。


「晶ちゃん、大丈夫かしら」


 自動車を運転していると、助手席の結月がふと漏らした。


「今日見た感じ、大丈夫でしょ。ゆっくりだけど、着実に良くなってるよ」

「だといいんだけど……」


 結月の含みのある言い回しが気になったが、麗美は自身の見た姿を信じる他に無かった。


「やっぱり、大切な人を失うって……辛いわね。行き場の無い気持ちは、どうすればいいのかしら……」


 結月のその言葉に、麗美はなぜかEPITAPHでの光景を思い出した。

 ――澄川姫奈の膝を借りて泣いていた、晶の姿を。

 あの晶が泣き顔を見せられる、涙を預けられる存在が居たのだ。

 麗美の知る限り、一栄愛生にもそんな真似はしていなかった。


「……」


 あの光景を見た時は何も思わなかったのに、現在になって引っかかった。

 ある予感がした。

 思考がそれに引っ張られそうになったが――麗美は運転に集中した。

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