第38話
――三人で、愛生の墓参りに行こう。
麗美が天羽晶からその提案を受けたのは、八月の半ば、お盆と呼ばれる時期だった。
世間の長期休暇とは関係なく、麗美は働き詰めだった。
しかし晶からの折角の提案であるため、結月の休日に重ね、強引に休みを取った。
「えー。折角のオフなんだから、オシャレしなさいよ」
朝。麗美は無意識にスーツを着ようとしたところ、結月に止められた。
結月はハイウェストの黄色いワンピースに身を包んでいた。実にラフな格好だった。
「ていうか、こういうのって喪服じゃなくてもいいのかな?」
「さあ? 法事とか年忌とかでもないんだし、いいんじゃない?」
麗美は事務所の役員として冠婚葬祭に出席する機会が増えたが、こういう知識にはまだ乏しかった。
「大体、かしこまる相手でもないでしょ。どんなカッコで行っても、きっと怒られないわ」
「それもそっか」
結月の言葉に納得し、麗美は私服を選んだ。
白色のカットソーに、赤色のペンシルスカート。スーツ以外の衣服を――というより、スカート自体を久々に履いた気がした。
「なーんかOLくさいわね」
不満そうな眺めていた結月が、別室からツバの広がったベージュの帽子を持ってきた。
「ほら。これでゴージャスな感じだわ」
「ありがとう」
麗美は帽子を頭に乗せ、愛用のサングラスをかけた。
OLのような雰囲気はまだ残るが、麗美にとってのプライベート向けの格好だった。
「それじゃ、行こうか」
日焼け止めを塗った後、黒色のSUV車にふたりで乗り込んだ。ペンシルスカートだと運転し難いことに現在になって気づき、麗美はスカートの丈をたくし上げた。そして、パンプスでアクセルを踏んだ。
助手席の結月は携帯電話とカーオーディオを無線通信で接続し、海外の軽快な音楽を流した。浜辺に居るかのような曲だった。
時期のせいか道は混んでいた。しかし、ふたりで歌を口ずさみながらのんびりドライブをしていると、麗美は心地よかった。
強い日差しの下――服装といい、まるで今からバカンスにでも出かけるような調子だった。久々に、ゆっくりとした時間を感じていた。
「うーん。思ってるより混んでるなぁ。ちょっと遅れそうだから、晶に連絡しておいて」
通常では一時間ほどで着く距離だった。時期故の混雑を見越してさらに三十分の余裕を加えたが、まだ着く気配は無かった。
「晶ちゃんも一緒に乗って行けばいいのに……難儀ねぇ」
「仕方ないよ。私だって、もし同じ状況だったら、まだ怖いと思うな」
携帯電話で晶にメッセージを送っている結月に、麗美はぽつりと言った。
晶は事故での心的外傷から、未だに自動車に乗ることが出来なかった。墓地には、ひとり電車で向かっていた。
「ていうか、電車に乗れるなんて晶凄くない? 私たぶん無理だわ」
麗美が最後に電車に乗ったのは中学生だった頃――十年以上過去だった。
あの狭く混雑した密室に入ると、落ち着かないどころか気が狂いそうだと思った。
「私はそもそも切符が買えないと思う」
「あー、それ。めっちゃ難易度高いよね。乗り換えもさ」
入り組んだ、迷路のような路線図を思い出した。目的地を探す時点で詰みそうだった。
やがて、都心から離れた街――一栄愛生の地元に差し掛かった。
途中、コンビニで仏花と缶ビールを購入した。
結局、自動車を運転すること一時間四十分。山の麓にある墓地に着いた。
杉林に囲まれた墓地は緑が映え、蝉の鳴き声がいたるところから聞こえた。
麗美は自動車から降りると、むわっとした熱気と強い日差しから、すぐに汗が浮かんだ。結月から借りた帽子を被った。
日傘を広げた結月と並び、駐車場から入り口へと歩いた。
「遅いぞ」
入り口で、天羽晶はふたりを待っていた。黒いレースの日傘をさし――真っ黒なゴシックドレス姿で。
この暑空の下、ただでさえ暑苦しい格好だと麗美は一瞬思った。しかし、晶は汗ひとつ流していなかった。
そして何より、違和感なく完璧に着こなしていた。仮装衣装のような雰囲気は一切無かった。
その挙げ句、プラチナベージュのショートボブヘアーと医療用眼帯が絶妙に似合っていた。
小柄な身体と整った顔つきでもあることから、まるで精巧なゴシック人形のようだった。
眩しい世界の中、暗く冷たい佇まいは何とも奇妙な光景だった。
かつてのトップアイドルとしての風貌はまだ健在だった。
過去と見劣りしていない仕上がりに驚くと同時、それが『アイドル天羽晶』としての喪服姿なのだと麗美は理解した。
「晶ちゃん、その格好で電車乗ってきたの?」
え、それに触れていいの?
自分だと絶対に訊けないであろうことを、隣の結月がさらっと漏らし、麗美は内心焦った。
「私もよく分からんが、盆休みはなんか許されるらしい。コスプレみたいな格好の奴、他にも居たぞ」
「へー。何かそういう行事でもあるのかしらね」
「どうなんだろうな。世間事情にはまだ全然疎い」
晶は苛立っている様子も無く淡々と答えたため、麗美は安心した。
入り口でバケツと柄杓を取り、水を汲んだ。
「いやー。今日も暑いね。四十度近くまで上がるんじゃないかな」
「暑いといえば……この前、姫奈の奴がナイトプール行ってきたぞ」
「ナイトプールかぁ……。いいね。また三人で行っちゃう? 貸し切りで」
「……最近は庶民派になってきたから、お前のそういうところ引くわ」
「そうよ、麗美ちゃん。庶民の皆さんが困るんだからね」
「ええっ!? 私悪いの?」
他愛ない会話を交わしながら、三人で墓地を歩いた。時期として混んでいたが、変装をしているため気づかれないだろうと麗美は思った。
やがて、愛生の墓にたどり着いた。
「あら。意外と綺麗ね」
墓石の汚れや周りの雑草は無く、仏花もまだ枯れていなかった。今日ではないにしろ、自分達の他にも誰かが参っていた。
晶はバケツの水でタオルを濡らし、墓石を優しく拭いた。
結月は仏花を替え、麗美は線香に火をつけた。
最後に缶ビールを開け、供えた。
三人でここに訪れたのは、一回忌の法要の時以来だった。
あの時は晶が泣き崩れ、しばらく寝込んでいた。まだ晶の心には耐えられなかった。
その出来事があったため、晶から墓参りの提案があったのは、麗美にとっては意外だった。
晶はいつもの毅然とした態度ではないが――何かを悟った様子だった。格好といい、ようやくここまで持ち直したのだと、麗美は安心した。
「愛生さん……。私ら三人、なんとか元気でやってるよ」
麗美は帽子を脱ぎサングラスを外すと、墓石に両手を合わせた。
四人で過ごした九年間を、ぼんやりと思い出す。
お盆の墓参りは先祖を敬うイメージが麗美にはあった。そういう意味では、愛生は母親のような存在だったと思った。
晶のこと、見守ってあげてください――麗美は心中でそう願った。
「……バカだよ、本当に」
晶は墓石に触れ、立ち上る線香の煙を見上げながら、ぽつりと漏らした。
照りつける日差しの下、蝉の鳴き声がとてもうるさかった。
晶の横顔は、呆れたように苦笑していた。
――それは誰に対しての言葉なのか、麗美は分からなかった。
バケツと柄杓を返却した後、駐車場で塩を撒き、三人で踏んだ。
「結月と、愛生さんの実家に行ってくるね」
墓参りの後、実家の仏壇にも手を合わせ、愛生の親に挨拶をするつもりだった。
「私の分も――桃かゼリーの詰め合わせ、もしくは菓子折りでも持って行ってくれ」
「わかったわ。晶ちゃんは気をつけて帰ってね」
「ああ。すまないな」
駐車場で晶と別れた。
まだ自動車に乗れないにしろ、墓参り中の様子から、精神面を崩すことは無さそうだと麗美は思った。
自動車に乗り、エンジンをかけた。エアコンの冷風を浴び、生き返ったような気がした。
「晶ちゃん、大丈夫かしら」
自動車を運転していると、助手席の結月がふと漏らした。
「今日見た感じ、大丈夫でしょ。ゆっくりだけど、着実に良くなってるよ」
「だといいんだけど……」
結月の含みのある言い回しが気になったが、麗美は自身の見た姿を信じる他に無かった。
「やっぱり、大切な人を失うって……辛いわね。行き場の無い気持ちは、どうすればいいのかしら……」
結月のその言葉に、麗美はなぜかEPITAPHでの光景を思い出した。
――澄川姫奈の膝を借りて泣いていた、晶の姿を。
あの晶が泣き顔を見せられる、涙を預けられる存在が居たのだ。
麗美の知る限り、一栄愛生にもそんな真似はしていなかった。
「……」
あの光景を見た時は何も思わなかったのに、現在になって引っかかった。
ある予感がした。
思考がそれに引っ張られそうになったが――麗美は運転に集中した。




